第一話
夢幻妖女第二弾です。
お楽しみ頂けると本望です。
暇ってのは、ぼ〜っとしてるだけなんだけど、意外と疲れてくるんだよなぁ。
テレビってのも一日中見てると、逆に退屈を誘うもんだ。ってか、身体を動かすことが好きなあたしとしては、じっとして画面を見つめてると眠くなっていけない。
まぁ、人間界の勉強だと思って見てる分には、あ〜、こんなことがあるんだとか、こんな場所があるんだとか、物の名前や道具を覚えたりするのには役立ったんだけど、ある程度の知識をもらっちゃうと、意外につまんなくなっちゃうもんなんだなぁ。
あたしは、マミ。
一応、性別は女ね。口調が男っぽいんで、たまに男に間違われるけど、出るとこは出てる立派な女だかんな。
人間界とは別の世界から、母さんの策略によって落っことされて来たんだ。
まったく、ひどい話でさ。親同士であたしの見合いなんてセッティングしといてさ、こっちは親の顔潰すってのも何だろ。だからと思って会ってやったら、突然襲い掛かってきやがって『いいでしょ、マミさん!』だって。ふざけんなっての!
思いっ切りぶんなぐってやったんだけど、思いのほか弱っちぃ奴でさ、結構な怪我人になっちまった。
お蔭で人間界に追放なんて辛酸を舐めてるってわけ。
そうそう、世界の話だったけ。
この人間界とは別に、あたしの居た『神聖魔界』、それ以外に『鬼神界』『精霊界』『天上真界』ってのがあって、現在確認されてるのは、この五つの世界なんだ。それぞれが紙一枚程度の境目で区切られているんだけど、それを越えて他世界に行くには、専用の出入り口を通らないと無理っていう変な条件もあったりして、それなりの秩序的なものもあるんだな。
詳しい世界の話はしないけど、この人間界だけは別格で、数千年前にソロモンっていう王様が四大元素っていわれる世界の根源を支配するものを解明し、その力を駆使し他世界と断絶してしまったが為に、今じゃ行き来も無い孤立した世界になってるんだな。
んで、そのソロモン王、驚いたことにまだ生きてやがんの。まぁ、じいさんになってはいたけど、二千年以上も生きるなんて、化け物って言ってもいいかもね。
そのじいさんのお蔭で、これまた危ない目に遭ったんだけど、それは前回を読んでもらおうかな?
あたしが今いるのは、慎一郎っていう男の家で、あたしは現在、ここに居候しながら『神聖魔界』に帰る出口を探してるってわけ。ああ〜、説明文。
すでに一ヶ月にもなろうってのに、一向に出口は見つからないし、慎一郎は仕事を手伝えって言うしで、それなりに忙しくはあるんだけど、慎一郎って売れない探偵らしくて、ひとつ仕事をかたずけると、こうして暇になっちまうんだよねぇ。
あたしは、ボロっちい机に足を乗せて、さっきから外を流れる人並みと車の群れを眺めていたんだけど、付けっ放しのテレビから変なニュースが流れてきて、そっちに気を取られた。
『今日、午後一時頃、千葉県柏市の中学校で、毒殺事件が発生しました。被害者は、現在確認されているだけで二十六名を数え、病院に搬送された被害者も四十名以上に上っており、その中の意識不明者が次々に亡くなっている模様です。現在、警察が早急に毒物の解明をしていますが、その特定はできておらず、犠牲者が増えるのは確実となっております。毒物の解明に、各種専門部所や大学、シンクタンクなどにも協力を仰いでいますが、複雑な混合毒物ということで、その解明には時間が掛りそうです』
くっだらない事件ばっかりが、ニュースで流れる毎日なんだよな。
自然と生きることを捨てた人間界は、その内面すらも侵食されてるのか、殺戮の毎日だ。親が子供を殺したり、その逆に子供が親を殺したり、信じる神様が違うだけで民族同士が殺し合ったり…。
まったく、どうかしてるよ。自然の摂理は、弱肉強食だけど、自分の命に係わる事でなきゃ、他の生命を奪うなんてあっちゃいけないってもんだ。
ま、あたしには関係ないけど、嘆かわしいってもんだよね。
それにしても腹が減ったなぁ。
慎一郎の奴、どこまで昼飯買いに行ったんだか。もう一時間にもなるっちゅうの。
帰ってきたらおしおきだかんな。
ふふ、逆さ釣りで鞭打ちじゃ。いや、手足縛ってモップ代わりにしてやろうかな。
なんてサディスティックなこと考えていたら、ドアから入ってきた人間にも気付かなかった。
「暇そうじゃの。仕事も無いのでは、この世知辛い世の中では暮らして行けまいに」
急に声がしたんで、驚いたのと油断してたのとで、座ってた椅子から転げ落ちちまった。くっそ、受身もできやしない。しこたま尻を床に打ち付けたろうが。
まぁ、声で誰かはわかってるから、怒っても仕方ない。
「ソロモンじいさん。出来ればノックのひとつもするもんだけどねぇ」
痛い尻を撫でながら立ち上がってみれば、この人間界じゃ目立つローブを頭まで被った老人がいた。老人ってなぜわかるかって? わざとらしく腰を曲げてるんだから、それらしく見えるっての。
「それに、そんな無理して腰曲げて歩いてたら、そのうち本当に折り畳まさるぜ」
椅子に座り直して、すっくと腰を伸ばした老人を見据えて言ってやった。嫌味に聞こえりゃいいんだけど、すっとぼけたこの王様には、無意味なんだろうね。はぁ。
「この方が、外では親切にしてもらえるでの。それより、わしとて客じゃぞ。椅子のひとつ、茶のひとつも勧めてはどうじゃ?」
頭のローブを剥ぐって白髪の頭を見せたソロモン王は、それなりの皺を蓄えてはいるが、齢二千年とは想像すらできない。肩にかかるほどの白髪に、いかつい四角形の輪郭が不似合いだけど、目鼻のパーツは意外にに可愛い印象を受ける。なんか憎めない顔してやがる。人徳ってのは、こういうもんかね。
「バカバカしい。あたしにとっちゃ、じいさんは、客じゃなくて詐欺師だよ。結局、出口も見つからないままじゃないか」
「そう言うでない。諦めずに探すことじゃ。地道にすることで、外れることなどありはせん」
言ってくれるじゃないの。大体にして、開く時間も場所もわからない出口を、地道に探すなんてこと、どんな確率なんだよ。
ぼやいても仕方ないんだけどね。
「んで? 今日は、どんな用なんだ?」
思いっ切り不機嫌な声になったけど、仕方ないだろ。
「そうじゃった。あの若者は、どこじゃ? ちと、頼みごとがあっての」
けっ、白々しい。またぞろ厄介事なんだろ。
「今、あたしの昼飯、買いに行ってるよ。変わりにあたしが聞いておこうか?」
聞くだけだけどな。変に化け物退治なんて頼まれても、もう知らないからな。死ぬ目に遭うなんて、一生のうちで一回あればいいよ。
「いやいや、お嬢さんでは、ちょっと荷が重い。いや、軽過ぎる方かの。地道な調査になるでの」
ああ〜、そいつは無理だ。あたし向きじゃないな。暴れろとか、やっつけろてのじゃなきゃ。
んなこと言ってるうちに、勢いよくドアを開けて慎一郎が帰ってきた。
姿勢だけなのか、両手に荷物抱えて、はぁはぁ肩で息してるけど、額に汗のひとつも滲んでないようじゃ、あからさまに嘘だろうが。
「遅くなってすいません。そこで知り合いに会ったものですから。あれ? おじいさん。また、依頼ですか?ってマミさん、お茶くらい出して差し上げないと失礼じゃないですか。老人に立ち話までさせて。こちらにどうぞ。お掛けになって下さい」
たっく、帰ってくるなりうるさい奴だ。ソロモン王だぞ、相手は。立ち話くらいで威厳は損なわれねぇっての。
「お前に頼み事だとよ。あたしの出る幕じゃないそうだ。買ってきた昼飯、出しな」
変に一緒に話聞いて、こっちにまで頼まれ事されちゃたまらない。ここは、姿を消すに限る。
あたしは、さっさと慎一郎が持ってきた荷物のひとつをかっさらって部屋を出た。
昼過ぎの日差しが気持ちいい。空気はマズイの一言だけど、部屋の中にいたんじゃ澱んだ空気が、なお悪い。
近くの公園にでも行って、木々の呼吸を感じながら昼飯でも食おう。
ただ、その行動が、後の悲惨な出来事の発端になるなんて、このあたしですら気付かなかったんだけどね。
公園ってところは、子供連れの母親が多い。
自動車だの変質者だのが往来する街中より安全には違いないが、無条件に子供を遊ばせるっていうのもどうなんでしょね。
井戸端会議っての? あちこちで母親の輪が出来てる中、子供達は、思い思いに遊んでるんだろうけど、ほら、砂場のガキなんて砂食ってんじゃん。水場の子供は、どろだんご作って、服も顔も真っ黒だぞ。あっちじゃ、猫の子のシッポ持って振り回してるし。あ〜、ちゅーしてるぞ、あそこの二人。
無法地帯だな。
あたしは、なるべく被害を受けないように、離れたベンチに陣取った。道路に面して木々が一列に植えられ、その影にベンチが数台置かれている。その端から二番目だ。
端の、子供達の声も聞こえないようなところが良かったんだけど、そこには先客がいて無理だった。
子供っていうより、大人に成りかけって感じかな。人間界でいうなら、ちゅうがくせいだっけ? そんな感じの男の子が、うなだれているように座っていた。
がっくり落ちた頭が、何やら悲壮さを醸し出すほどの空気をまとってる。陰気な雰囲気に、こっちまで暗くなりそう。この間、ボクシングのアニメを見たんだけど、そのラストシーンにも似てるな。
「立つんだ、ジョー!」
いっけねぇ。思わず言っちゃった。馬鹿じゃないの、あたし。
ほら見ろ。とんでもない一言で男の子が頭を上げた。廻りを見渡して、あたしを見つけるとキョトンとしてるじゃないか。
あははは、なんて感じで愛想笑い。ごまかせたかな? 無理か。
とりあえずは、無視するに限るな。
持って来た紙袋を開けて、遅まきながらの昼食にしよう。
おおぉ、テリヤキバーガーが五個か。慎一郎にしては、頑張った方かな? 昨日なんて、ビッグバーガー一個だったからな。もういっぺん買いに行かせたよ。育ち盛りのあたしに、一個なんてこと有り得ないっての。
まぁ、ただ、気を利かすんなら、これにデザートでアップルパイの三つもあれば完璧なんだけどね。もう少し、教育が必要かな?
一つ目にかぶりついたところで、変な音が聞こえてきた。
聞き覚えのある、ってか、なんかせつない身近な音。
たぶんだけど、隣の男の子から聞こえてきたんだろうな。かぶりついたままで、首だけ横を向けて見てみれば、さっきと同じがっくりな格好に戻っているんだけど、何故か顔は真っ赤っかでやんの。
そのままで、もう一口、かぶりついたら。
きゅるるる〜。
あはははっ。腹の虫が鳴ってやんの。そう言えば、こっちが風上か? あれれ、がっくりが、もっとがっくりになっちまった。耳まで赤いよ。あははは〜。
って、笑っちゃ失礼だよな。あたしだって、空腹の時は、情けないくらいがっくりだったもんな。
よ〜し。
「おい、男の子。どう? 一緒に食わない? 腹、減ってんだろ?」
もったりした動作で顔を上げた男の子は、かなり端整な顔立ちであった。
短髪気味な頭に、面長の輪郭。鼻筋がキリッとしていて、薄めの唇。でも、一番の印象は、くっきりとした二重の丸い眼だろう。可愛いとカッコイイの中間位のバランスを絶妙に保ってる。慎一郎の童顔気味な優男なんかじゃないよ。男の色気ってのが、どことなく滲んだ顔だ。
でも、そのままに受け取れない違和感もある。
どこがってわけじゃない。変な違和感みたいなもんだろうか? 考え過ぎか?
あたしは、テリヤキバーガーを二つ持って、男の子の傍まで行って手渡した。
「え?」とか「あの…」とか、もごもごしてたけど、この際、無視。だって、腹減るのって自然なことだろ。そこに無条件で食い物がきたら、食うってのも自然なこと。
「いいから食えよ。腹減った奴の横で、こっちだけが美味しく頂けないだろ? 求めよ、されば、与えられん。って、違うか?」
「……きっと、違うよ。分け与えよ、されば、祝福されん」
「なるほどね。祝福か。ふふ、まぁ、食おうぜ。あたしも限界なんだ。おっそい昼飯なんだけどな」
「……ありがとう……。腹ペコだったんだ」
そう言って男の子は、包みを破くのももどかしく、テリヤキバーガーに噛み付いた。あたしも負けてらんない。手に残ってた食い欠けを一気に口に放り込んだ。
でも、何だろう。近くに来て、もっとはっきりとした違和感がある。
男の子の発するオーラみたいなもんだろうかと思ったが、なんとなく違う。まとった雰囲気みたいな、微かな臭いみたいなもので、空気の中に溶け込んでいて明確には感じられない。そんな感じ。
袋の中に、あたし用なんだろう、オレンジジュースが入っていた。男の子と半分コして、やっとひとごこち吐いた。
あ〜、幸せ。
「そうだ、名前、聞いてなかったね。あたし、マミ。あっちのヘボ探偵事務所に住んでんだ。あんたは?」
「ぼくは、鵬矢。住んでるとこは、ここじゃないんだ。千葉の方」
ホウヤは、そう言ってはにかんだ笑いを浮かべた。かっわいいねぇ。って、ヤバ。ショタか、あたし?
「千葉って、結構遠いじゃないか。どうしたんだ? こんなとこまで」
電車で一時間は掛るぞ。千葉のどこかにもよるけど、それほど違わないだろ。
「……ちょっとね。……嫌なことあって、電車乗ったら、こんなとこまで来ちゃった」
「ちゅうがくせいくらいだろ? ホウヤ。学校さぼったのか?」
「どうせ、行っても休校になってるよ。今日はね……」
そう言ったホウヤの顔には、嫌な陰があった。邪悪と呼べそうな、口元に浮き出た皺に。
その表情に、ほんの少し見とれた間に
「そろそろ、帰るよ」
と、ベンチを立ったホウヤは、子供達が遊ぶ賑やかな砂場とは反対の出口へと歩き出していた。
その途中に振り返り
「ハンバーガー、ありがとう。親切にされたのなんて久しぶりだったよ。マミお姉さんみたいな、人間じゃない人でもね。うれしかった」
と言い残して。
つづく