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今日も輝く夢を見る~どんな色が好き~

作者: 小々野秋紀

 これから話すは異界の話。聞きたくなければそれでもよし。耳をふさげばそれで充分。

 さてさてそれではよろしいかしら。私が話すは異界の話。それを知れるワケはお訊きになっちゃあいけません。はいはい、どうぞご静聴。



 空の黒は下まで降りてくる事はない。細い路の両端は敷き詰められた数々の店店店、金色に輝く提灯提灯提灯。四字で記せば豪華絢爛。そこここに黄金が散りばめられている。

 その路真っすぐ行くと、つきあたり。そのつきあたりの店こそ目的地。他とは違って扉だけ。緋色の壁に木製の趣向を凝らした扉があるばかり。それを開けることはない。進めば中に。

 ただし黙って入れば、あら失礼。よく見てよく見て上の方。錆びた小さな鐘が一つ。くぐもった音を鳴らして、さあ中へ。ガンガラゴロリン。

 曲を描いたカウンターと天井まで延びた棚しかない、これまた小さな空間。棚にずらりと透明な玉が並ぶ。暗澹たる室内は丸いステンドガラスの放つ彩が目を奪う。

「いらっしゃい。お久しぶりです、五丁目の旦那。相変わらず派手な格好ですね」

 来店したのは五丁目の旦那。どうやらこれが名前らしい。

「やあどうも。私は虹の色が好きなのさ。ふむふむ、だいぶ板に付いてきたんじゃないのかい、つきあたりの小さな店主」

 カウンターの内で椅子に腰掛け、金の細工を色の無い玉の上下に施しているのがこの店の主、つきあたりの小さな店主。

「いえいえそんな、まだまだ百と五十の年月ばかり。先代の愚痴も減りません」

「そうかい、それなら先代の親父さんもお元気そうで、それは何より」

 言ってから、小さな店主の小さな手にぽとりと渡したのは、ずらりと並ぶ棚のものと同じ。

「今日の用事はそれ一つ。世間話はまた今度。どうぞ買い取っておくれ。面白いものがとれました」

「確かに面白いもののようです。いえ、珍しいとも言えますね」

 小さな店主は白い手袋をつけて、右から左からまじまじと眺める。

「この人間、どうやら現実と同じ夢を見ている様子。気が付いていないのですか。思いの儘に世界がなっていませんね。これは本当に珍しい。長持ちしますよ」

「そうでしょそうでしょ。思いがけない事でした。望みを叶えてあげると言ったのに、拒んだのですよ。欲と自由を、なくなる灯のために蹴ったのです。まあ、私にはそれが都合が良いわけで」

「おや、そういえば五丁目の旦那、もうこれはお止めになったはずではなかったですか」

「どうにもこうにも止められないねぇ。妻にも小言を言われるが、人間を眺めるためならば、それは苦にもなりはしません」

 そう言って口角をくくと上げて笑う様は、何とも不気味で身の毛がよだつ。

「では、私はこれでお暇します」

「またおこし下さい。今度の時はごゆるりと」

 五丁目の旦那が去った後、小さな店主は梯子を持って棚に掛け、手に入れた新しい品をそぉっとそぉっと空いた所へ。置けて安心したのもつかの間、ほっとして引っ込める手が隣の玉をこつんと弾けば、ごろりと音をたてたきり、一直線に落ちていく。星の形に砕け散ると、さぁさ困った。玉の世界が広がった。



 花が辺り一面に見事なまでに咲き乱れ、風になびく。空は流れが速く、それに引っ張られるように花も色を変えていく。白、青、紫、黒、赤、黄。顔を横へ向けると遠くの方に四角い建物が蜃気楼のようにそびえ立つ。そんな所で一人ぽつねんと小さな店主は溜め息をもらす。

「またずいぶんとドジなことをしてしまったものです。どうしましょうか」

 腕を組んで思案していると、どこということもなく若者らしき声が小さな店主に問うてきた。

「あんた誰。知らない子。何でいるの。つくった覚え無いんだけど」

「ぼくは、つきあたりの小さな店主。すみません、手違いで勝手に入ってしまいました。出口をつくって頂けたら直ぐにでも出て行きます」

 すると背後に簡素なドアが現れた。ノブを回して中に入れば、同じ場所。ドアが消えて今度は目の前に足場だけの階段が現れる。足を交互に出して上っていけば、また同じ場所。障子を開けても、トンネルを通っても、布団の中に入っても、何故だか気が付くと元の位置。

 どうしたことかと眉をよせれば、姿のわからぬ声が笑い出す。

 刻は宵で止まり、風が全ての花弁を薙ぎ払い、周りは天の川が流れる空と緑の野となった。

「ねぇ、ここにいなよ」

「それはまた可笑しな話ですね。キミはひとりがいいのでしょう」

 声の主は何も答えない。草を撫でる風が段々と強くなってくる。小さな店主の髪をあっちこっちと弄ぶ。

「ひとりを望んでこの世界の主となったのでしょう」

「……遊ぼうよ」

 深みがかった赤色の枯葉が荒い風に絡み付き、雨のように打ち付ける。遥か彼方にあった四角い建物がじわりじわりと近づいて来るように、数を増やしては侵蝕してくる。

「ぼくは此処にはいられません。店が開けっ放しです」

「そんなの放っておいてここにいなって。気が済んだら返してあげるよ。ね、そうしなよ。何が好き。何でも好きなものをつくってあげるよ」

 それを聞いた小さな店主、顔を背け、組んだ腕の一本を立てて手を口元へと添える。傍から見れば考え込むこの様子、実は笑いを堪えているだけ。くつくつと笑うその中に自嘲じみたものが混じっているのは同じ異界のモノなら至極共感。

 本来、欲するものは異界のモノが人間に訊くのだが。まさかまさかのこの台詞。お笑い種にもなりかねない。

「なら、ぼくを帰して下さい」

「それはダメ。気に入っちゃった。あんたおもしろそうだもん」

 四角い建物はどんどん迫って最早目の前。地を見れば、植物も土も見えやしない。空を見れば、黒の宵も瞬く星も見えやしない。真ん中に白く照らすものはあるがお天道様ではない光。

「人間に好かれるというのも奇妙な気持ちですね。しかしそれには応えられませんし、ふたりになるとキミの望みに反します。なにより価値が変わってしまう事が、ぼくは嫌ですね」

 いつの間にやら風も無く。声もしばらく聞こえることも無く。小さな店主はぽつんと四角い建物に取り囲まれている。それの上を眺めると首が痛くなるほど反り返える。周りの場景はひどく色が乏しい。灰色の地面には橋のように白い縞が架かり、同じく灰色の棒は互いに黒い線で結ばれ、そびえ立つ建物と建物の間は細い道が網羅し、鈍い色で人間の背丈程の四角や台形のものはそこに列をなしている。白、銀、黒。

「ひとりの方が楽で好きさ。あぁそうだよ、ひとりになりたかったさ。うるさいんだよ。みんな、みんな。煩わしいったらありゃしない」

 思えばこの世界に一片たりとも音は無い。音にならない音が耳をつんざくばかり。

「あんたが現れたせいで、ひとりでいたいのに、ひとりが嫌になってしまった。ひとりでいたい。けどひとりは嫌なんだ」

 声の矛盾に小さな店主は眉をよせる。

「ひとりは嫌だ」

 も一つ繰り返すその言葉。ひとりとひとり、その違いはどこにあろうか。ふたりがあるから、ひとりがある。みんながあるから、ひとりがある。それとも、ひとりとは、ただそれひとつ、唯一のものであるのか。

 声の真意はとんとわからぬ小さな店主。下らない我が儘と心のなかで吐き捨てる。

 交渉が上手く進まない言葉の掛け合いは、小さな店主に苛つきをしんしんと積もらせてゆく。

「ぼくを帰す気は少しでもありますか。無いのなら、ぼくは無理矢理にでも出なくてはならなくなります」

「そうすればいいじゃん」

「いえいえ、それも避けたいこと。この品もなかなか珍しいので壊してしまいたくはないのです」

「どうしてさ」

「キミはこの世界の仕組みを他者よりも熟知し、それ自体を楽しんでいますから。故に品種が違ってくる、そういう事です。」

 人間に店の商品の価値を話してはいけないとの先代の親父の教えも、すっかり忘れてしまっているのもまだまだ小さな店主の由縁。帰って先代に知られればまた大目玉。

「あぁ、やっぱりね。他にもあるんだこんな夢は。自分だけとは思ってはいなかったけど、確かになった。で、他のってどんなのがあるの。例えば」

「例えば、ですか。そうですね、大半は金、異性、幸福といったものでしょうか。まあしかし数も多いし、こういった一種の欲望だけでは飽きや虚無感、生の一回性によって終わりが早いですから、値は低いですね」

「終わりが早いって何」

「個人差はありますけれども」

「終わりが来るとどうなるの」

「さあ、それは口にはできません」

「なら書いて」

「つまらない屁理屈はよして下さい」

 その後はどちらも黙ったまんま。いたずらに音の無いまま時間だけが過ぎてゆく。強情なこの世界の主のこと、小さな店主を帰す気配はさらさらない様子。真ん丸いシャボン玉がプカポカ飛んできてはパチンと割れて牡丹雪を置いていく。

 小さな店主もついには眉間にしわ寄せ、恐い顔。腕を組み、人差し指をとんとんと打つ。やはりいっそ壊してしまおうか、ここから出ることがまず優先、と思っていたら、そこではたと気が付いた。瞬間、頭を抱えてしゃがみ込む。自分の不甲斐無さ、間抜けさにもんどりうって転げ回りたく思ったが、次にはすくと立ち上がる。顔に浮かぶは得意顔。

「どうやらぼくもキミも根本的な事を忘れてしまっていたようです。キミはこの世界の主ですよ。ぼくの事が気に入ったのなら、ぼくをつくったらどうですか。思いの儘にならない本物よりも余程良いでしょう」

 小さな店主が言い終わるかどうかのうちに、周りの建物は箱庭のように小さくなり、透明で鮮やかな新緑色の海が満ちる。波が光の帯を揺らし、水泡が踊る。すると、絵に描いたような鯨がぱくりと小さな店主を飲み込んだ。



 ふう、と一息ついたのは小さな店主。馴染みの雰囲気に包まれた小さな空間。めまぐるしい変化もなく、心地よい店の容相と静寂。曲を描いたカウンターに腰掛けて、小さな店主はにやにや、透明な玉を手にとって見やる。その玉、砕けたはずなのにそんな後は微塵も無い。どうしてと考えるのは無駄なこと。異界のモノしかわからぬゆえに。

「少し変わってしまいましたが、まぁいいでしょう」

 ひとりごちて棚の元の空いた場所に戻すその顔は、どこか満足げであったとか。



 そうそう、一つ言い忘れちゃあいけないことが。もしものもしも、その店に訪れることがあったのなら、気をつけて。入り口あっても出口は無し。勝手にすぅっと消えて出て行く他に手段はない。不用意に入ったら最後になるかもしれないねぇ。だってこれは異界の話。そんな異界の話。それだけ。

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