トラウマ克服⁉︎
初級のコントロールは案外簡単だった。一週間かけてコントロールの練習をしていたが、ほとんどの初級攻撃魔法をコントロールすることが出来た。そう、水の攻撃魔法以外は…
水の攻撃魔法のコントロールとなると、なぜか威力が強くなったり、大きくなったりと上手くできないのだ。
おそらく、前世の俺の死因が原因だろう。
もう俺は平気なつもりだったが、あのことを頭は覚えており本能的に避けているのだろう。
まず、そのトラウマをどうにかしない限り次のステップには進むことが出来ない。どのように克服するか悩んでいると、レイが声をかけてきた。
「ルイ 釣りに行かないか?」
案外この問題は早く解決出来そうだ。
「ん?釣りじゃなくて泳ぎ方を教えて欲しいのか?」
レイは少し不思議そうにしていたが、快く了承してくれた。俺に頼られて少し嬉しいようだ。
「よし、じゃあ森の中にある沼に行くぞ。魔物もいるから一応気をつけておけよ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は逃げ出そうとした……が、腕を掴まれてしまった。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、絶対に嫌だーー」
精神年齢 39歳のおっさんが何を怖がっているのかと笑われるかもしれないが、俺はプライドを捨てる‼︎
昔、それは前世で俺が5歳だった頃の話だ……ある日、俺は森の中ではしゃいでいた。初めて来た森だったのでテンションをMAXにしてはしゃいでいたら、口の中にミノムシが入ってしまい、ピーしてしまったのだ。ああ、今でもあのサクサク感と中のクリーミーで生臭い味が………
ピーの部分はご想像に任せるとしよう。
その日はすぐに帰路についたのだが、偶然家の前で友達と会い、小さい虫カゴの中で食物連鎖など関係なく敷き詰められた虫たちを見せられた。気持ち悪くなり、家の中に入ろうとすると、追いかけようと思ったのか、こっちに向かって走って来て、案の定こけて、俺に虫カゴの中身をブチまけたのだ。
服の下敷きになった虫たちや服の中に入ってくる虫の姿を見て、俺は完全に虫が嫌い……いや、トラウマの域まで達してしまったのだ。
それ以来、俺は虫がいる森の中に入ったことすらない……
だか、そんな事情など知らないレイは、俺が魔物を怖いと思っていると勘違いしているらしい。
「剣神の俺が付いているから大丈夫だ」
と間違った解釈をしていた。
俺は駄々をこねていたが、最終的にはレイに担がれ、馬で森に連れて行かれるのであった……
この恨みは絶対に忘れない………
「嫌だ、もうマジ無理」
「大丈夫、大丈夫」
森に到着し、俺は今 沼に向かって歩いている。ああ……虫だ、虫がいっぱいいるよ……
俺は嫌悪感から倒れそうになるのを我慢しながら、虫が出るたびに火の初級攻撃魔法 ファイヤーバレットで燃やしていった。
「おいおい、無闇やたらと生き物を殺すなよな」
レイが苦笑いしながら言葉を続けた。
「小さい生物でも家族がいるかもしれないんだ。理不尽に殺されるなんてたまったもんじゃねぇぞ」
まあ、襲いかかって来たら別だけど、と付け加えていた。
まあ、レイの言う通りだな。まだこいつらは何もしていない。無闇やたらと殺さないようにしよう。まだな……
そんなことを考えながら歩いていると、俺は視界の隅に光るものを見たような気がした。
少し気になったので見に行ってみる。
「危ない」
そう言ってレイが俺を抱きかかえたのと、地面から魔物が出てくるのはほとんど同時だった。
「フラッシュプラントか…面倒だな」
そう言った瞬間、レイの手がぶれ、前方の魔物二体が真っ二つになっていた。
そのことにフラッシュプラントが気付き行動を開始……する前に残りの三体は絶命していた。
「フラッシュプラントは名前の通り、光で目くらましをしてくるから、それをされる前に倒すのがコツだ」
いやいや、コツだって言われても五体を一瞬で倒すなんて無理ですって。
そんな考えとは別に、俺は疑問を聞いてみることにした。
「フラッシュプラントを二体倒した時と三体倒した時の間に一秒ほどのタイムラグがありましたが、それぞれ違う技だったのですか?」
「ほう……見えたのか?」
「動きは見えませんでしたけど」
「その年が違う技で五体を倒したということを見抜いた時点で上出来だ。よし、教えてやる」
そしてレイは語り出した。
「最初の二体を倒したのは龍神流の炎斬という技だ。炎を切り裂く姿からつけられた名前だ。俺ほどの使い手になると炎を剣身に纏わせることも出来る。この技は斬撃を飛ばすことができ、遠距離からの攻撃を可能とするんだ。それを放った後、距離を詰めて 天神流一の型"疾風の太刀"という速さを突き詰めた技で三体を仕留めた。」
「人神流は使わないのですか?」
「あの流派は基本的に強い相手に対して使う技が多い。だからその辺の雑魚相手なら使わない」
つまり、レイが人神流を使う時は、一目散に逃げなければいけないというわけか……
覚えておこう。
「それじゃあ先に進もう」
「はい、父様」
俺はいつの間にか虫へのトラウマを克服していたのだった。
魔物に比べたら虫なんて可愛いもんだ。
それから三十分後、俺達は魔物に会うことなく沼に着いていた。
「それじゃあ特訓を始めるから服を脱げ。そのあと、まずは水に足をつけてみろ」
「はい、父様」
レイの言うことに従って服を脱ぎ、足を水につけようとした時、俺の体は固まった。
俺の本能が水に入ることを拒否しているのだ。
「どうかしたか?」
レイが心配して近寄ってくるが、俺は動くことが出来なかった。
「……ルイ?」
「父様、入りたくありません。無理です」
体が震える。水に浸かることすら拒否するのだ。どうしようもない、諦めるしか無いのだ。
「ルイ…お前は自分の大切な人が溺れていてもそんなことを言ってられるのか?」
「……無理です。その時は魔術を使って助けます」
「じゃあ使ってみろ」
そう言うとレイは俺を抱きかかえ、沼へと放り投げ……ってちょっと待って ダメだって
「父様やめてください」
レイは俺の言うことは聞かず、そのまま俺を沼へと放り投げた。
俺は溺れないように必死に手足をバタつかせるが、どんどん沈んでいく。魔術を使うなどパニックになり、すっかり忘れていた。
(ああ……俺はもうダメだ)
そう思ったがら足が地面についた。
「……あれ?足が着く」
「剣術においてもプレッシャーにより相手を惑わす技がある。人神流"カゲロウ"って言ってな、相手にこれ以上近づいたら死ぬ と思い込ませることで相手の動きだって止めることが出来るんだ」
「ルイ、お前は溺れると思い込んでいた。そして、もうダメだと諦めた時にようやく足が地面に着くことに気づいた。」
そこまで言われて俺はやっと気がついた。
「今だって水に浸かっているのに大丈夫だろ?水が怖いと思い込んでいただけで本当は怖く無いんだ」
「すいませんでした父様。改めて泳ぎ方を教えてくれませんか?」
「よし、頑張れよ、泳げるかどうかはお前次第だ」
「はい」
俺は剣神を、レイを、父を俺に様々な顔を見せている人物のことを、本当に尊敬できる人物だと思った。
この世界では犬かきとクロールが主流らしい。
犬かきは荷物を運ぶため、クロールは移動や救助のために使われている。
「よーし いいぞ、いいぞ」
俺は二時間後には完璧に泳げるようになっていた。この体は身体能力が高いのだろう。前世から受け継いだ頭の回転の早さがなければ、ただの脳筋バカになっていたかもしれない。まあ、それはどうでもいいか……
そんなことより、初めて泳ぐが結構楽しいものだ。
「ルイ、そろそろ帰るぞ」
「わかりました。父様」
もう少し泳いでいたかったが、俺はレイ……父様の言うことを聞くことにした。
だが、俺が沼から出ようと岸辺に向かっている途中、俺の体が水中へ引き摺り込まれていく。俺の真下には大きな魚影が写しだされていた。
父様が異変に気付き、水の上を走ってくるが間に合わない。
しかし、俺はそんな状況でも何故か冷静だった。
昨日やったことを思い出す。意識を集中させ魔力を足元に集め、一気に開放した。
そして、辺り一面氷の世界へと変貌を遂げた。
水攻撃上級魔法「砕氷」
トラウマがある状態で発動するかどうか一度詠唱したことがあったので、今回使うことが出来たのだ。まあ、その時は使えなかったのだが……
それに、コントロールをすることも出来ている。その証拠にレイは凍っていないし、俺の周りの水も凍っていない。
俺を食べようとした魚と沼だけが凍っている。
その光景にレイが驚いているのを横目に見ながら言った。
「さあ、父様帰りましょう」と
帰り道俺は膝の上で寝ている息子を見ていた。この子がどれくらいの力を秘めているのかわからないが、将来俺達を超えるだろう。
それほどの才能をルイは持っている。
「体捌きと重心移動くらいは教えておこうかな…」
そんなことを考えながら、俺達は帰路についた。