揉め事
光が見える。この2年間ずっと洞窟にいたせいで太陽の光など見る事は無かった。
風が頬を撫でる。風など天ちゃんの魔法でしか味わえなかった。それも致死性の風だったのでこんなに気持ちのいい風を感じたのは久しぶりだった。
そしてなにより空気が美味い。洞窟内の澱んだ空気とは違い、全く澱みのない空気が俺の体の中に染み渡る。
改めて修行が終わり、外に出てきた事を実感する。
だが、ゆっくり感傷に浸る事は出来ない。創造神と話したように俺には色々としなければならない事がある。
俺は瞬動を使い森を駆け抜ける。その目的地はラールだ。ラールでは忙しくて買い物などは出来なかったが大きな城下町がある。そこで今後の旅の準備をしなければならない。
何よりラールにある王宮にいるラミアやレイラン、アメリア、料理長。あとついでに王様にも挨拶をしなければならないしな。
流石にラミアには伝えられないが、他の人には黙って去るわけにはいかない。まあ一応の礼儀というものだ。
そう考えながら俺は更にスピードを上げた。
その後、道中に魔物の群れに出くわす事が数回あったが、相手にしている時間が勿体無かったのでスピードを上げて魔物達を振り切り俺はラール城下町に着いた。
「……変わってないな」
市場は2年前と何ら変わらず活気が溢れていた。どうやらこの賑わいからして2年間の間に問題が発生するような事はなく、平和な日々が続いていたようだ。
俺は「おう、にいちゃんウチの店に寄っていかないか?いい娘がいっぱいいるぜ」や「ウチの武器は品質が良いから見ていきなよ」など声をかけられるが全て無視して目的の冒険者ギルドへと足を運んだ。
ギルドに入り依頼ボードには目もくれず真っ直ぐと受付へと向かおうとする。しかしその足は受付へと向かうことは無かった。
「おいおいにいちゃん、依頼も見ずに何処に行くんだぁ?受付で恵んで貰おうとしても恵んで貰えねーぞ」
机に座り酒を飲んでいる男達が、それを聞いてギャハハハハと品の無い笑い声で笑い出す。
そう言われ自分の服装を見ると、ボロボロになったシャツとズボンだけである事に気がつく。防具を付けていないのは、修行なのに防具を付けて天ちゃんと闘っていたのでは修行にならないからなのだが、そんな事情を知らない男達は、Fランクの冒険者がルールも知らないで受付に向かったかのように見えたのだろう。
まあ別に気にはしていないのだが、売られた喧嘩は買わなければ男として情けない。
まあそれは建前で、本当は1つ試してみたい事があったので丁度いいと思ったのだからなのだが、わざわざ言う必要は無いだろう。
「わざわざ忠告ありがとよ先輩。だけど昼間っから酒を飲んでる雑魚に心配される程俺は落ちぶれちゃいねーよ」
「なっ!てめぇ、このソボラ様に楯突いて無事でいられると思ってんのか⁉︎」
「うわー、真っ先にやられるモブのセリフだよ。あんたフラグ立てるの上手いね」
俺の背後ではギルドの役員が俺たちを止めようと慌ただしく動いている。また、その場にいる他の冒険者達は、俺たちのやり取りを見て完全に冷やかしていた。はたから見ればどちらが勝つのかは明らかに相手だと思っているだろうな。
そんな事を考えているとソボラ様という奴が「死ね」と言って殴りかかってきた。
その場にいた人は皆俺が殴られ倒れるのを幻視しただろう。だが、そんな事は起きるはずが無かった。
生意気な少年がBランクである俺に楯突いてきやがった。普段なら心の広い俺様は、たとえFランクの少年が生意気な口を聞いてきてもちょっとの代償を払えば許してやっていただろう。
だが、今回ばかりは許すことが出来なかった。自分の方が圧倒的に強いという驕りが少年の態度に隠す事なく出ていたからだ。
(少しだけ痛い目にあわせてわらなければな)
そう思い、俺は渾身の右ストレートを叩き込む……つもりだった。
突如少年から発せられたもの、殺気に俺はその拳を本能的に止めた。
止めただけでは無い。俺は立っていられなくなり膝をつき、その少年を見上げていた。
この感覚は生涯で1度だけ味わった事があった。Bランクに上がり暫く経ち依頼である魔物に出会った時に感じたそれと同じだった。
いや、それよりも遙かに強い圧力だ。
「龍………」
俺は死を覚悟した。決して喧嘩を売ってはいけない人物に手を出してしまったのだと理解し、後悔した。
だが、その少年は俺を一瞥して何もせずに受付へと向かった。
(実験は成功だな)
殺気と魔力を相手に向ける事で圧力を与える威圧。天ちゃんとやった時に教えて貰ってはいないが、体で体感した事を再現して見たのだが上手くいった。
目の前の男にだけに威圧を使う。それも膝をつかせる程度に調整して放つという実験は見事に成功したという事だ。
周りの人達は今行われた事が全く理解出来ず、ただ男が跪いた様に見えたのだろう。先程からザワザワと話し合い、こちらをチラチラとみている。
俺はそんな事を気にせずに受付へと向かった。
「お姉さん」
「あ、はい。何の御用でしょうか」
先程の光景を見たにもかかわらずしっかりと対応をした。流石プロだなと内心賞賛しながら話をする。
「俺はルイス=グラジオスって者なんだけど、パーティを解散したいんだ」
「ル、ルイス=グラジオス様ですか⁉︎」
受付嬢が驚き慌てる。だが、俺は慌てられる心当たりが全く無く首を傾げた。
その様子を見て受付嬢は慌ててギルドマスターらしき人を呼んで来た。
「ルイス=グラジオス様ですか⁉︎」
「そうだが?何か」
「此処では話し辛いので奥に来てもらえますか?」
「ああ」
取り敢えず思い当たる節が無いので、俺はその言葉に従って奥に行く事にした。
「いきなりすみません。私はギルド支部長のサハラ=マラソンと言います」
「そんな事はどうでもいいから連れて来させた理由を教えてくれ」
「わ、わかりました。グラジオス様は王様からの褒美としてBランクへと昇格となりました。その手続きをして貰いたいのと、王様からの伝言で、先ずは王宮に戻って来い。あとそれと、Bランク以上に引き上げようとしたのだが反対されたので出来なかったとの事です」
「チッ、余計な事をするなよクソジジイ……いや、何でもない。それだけか?」
「は、はい。それだけです」
「じゃあ次は俺の用件だ。俺のパーティを解散してくれ。少し事情があってな、パーティを解散したいんだ」
「えーっとラグナロクですね。わかりました。それでは手続きをしますので此処に記入をして下さい」
そう言って出してきた書類に目を通して俺はサインをした。
その後、無事に目的を果たす事が出来た俺は、ギルド内にいる人全員から注目を浴びながらその場を後にして王宮に戻った。
ちなみに俺に喧嘩を売ってきた男はまだ床に座り込んでおり、俺が横を通り過ぎる時に「ひっ」という悲鳴を漏らし、物凄く怯えていた。
いかつい男が怯えている姿は何ともシュールな光景で、少しやり過ぎたかなと思ったが、自業自得だったので気にしない事にしよう。
うーん。ギルドでの話はもっと簡潔に終わらせるつもりだったのですが、思った以上にルイスの新しい言葉遣いが書きやすかったのでついつい長く書いてしまって王宮編が書くことが出来ませんでした。
もうすぐ年末年始なので、本編は2話ほど番外編を挟んでからになりそうです。
これからもよろしくお願いします。
コメントが来るのを切実に待っていますので、コメントよろしくお願いします。