旅立ち
俺は目を覚ますと屋敷の庭で倒れていた。
そしてすぐそばには、この世界に生を受けて五年間、馬小屋で拾った俺を本当の息子のように育ててくれた両親が横たわっていた。
「くっそぉぉぉぉぉ」
俺は溢れ出る涙を止めることが出来なかった。昨日まで普通、だが俺にとってはその普通こそが幸せだった。このまま永遠に続くとさえ思われた日常はあえなく壊されてしまった。母様の書斎にある大量の本にすら乗っていなかった者……破壊神によって壊されてしまった。
「絶対……絶対に許さねぇ」
俺は父様の「神殺し」母様の「創造神の涙」を握りしめ、必ず殺すと誓った。
俺は木魔法で棺桶を二つ作り、父様と母様を入れて火葬する。
燃やした際に発生した煙はやがて一つになり空高く昇っていった。
その後墓を作り、骨壷を納骨する。
それが終わった頃には、もう日が暮れようとしていた。
俺は二人の武器を、それと家にあった全財産を持つ。そして二人への手紙を書き、アランさんの家に向かった。
全財産は充分にあり、旅の資金としては申し分ないだろう。二人の武器は二人の意志を継ぐために俺が使っていこうと思う。
旅か……明日になれば、俺はアランさんとルーシェに別れを告げなければならない。
それが一時の別れとなるか、永遠の別れとなるかわからない。しかし、もう二度と会えない覚悟はしておいた方が良いだろう。
そんなとを考えながら、足取り重く歩いていると、いつの間にか家に着いていた。
「ルイっ よかった無事だったのね」
ルーシェが抱きついてくる。目は赤く腫れ、その腫れた目から再び涙が流れる。それに、手が氷のように冷たい。俺が帰るのを外でずっと泣きながら待っていたのだろう。
「ごめんなルー。心配かけた」
「もう二度とこんなことをしないでね。ルイと離ればなれなんかになりたくないよ」
「……………」
その言葉に俺の胸が痛んだ。明日、俺達は旅に立つ。そうしたら永遠に離ればなれになってしまうかもしれないのだ。気安く返事は出来ない。
「ルイ?」
「ああ、なんでもない。さあ、寒かっただろ?早く家に入ろう」
「う、うん」
俺はとりあえずそれを誤魔化し家に入った。
家ではアランさんが椅子に座って頭を抱えており、ラミアは泣き疲れたのか目を真っ赤にしてソファーの上で寝ていた。
「おお、ルイス 無事だったのか。こんな時間まで何をしていたんだ?」
「目を覚ました後、父様と母様の埋葬をしていました」
「………そうか。 あの男はどうしたんだ?」
「あの男のことはわかりません。俺が気絶した後、殺さずに去っていきました」
あの男が破壊神だとは言わない。ヘタに言って墓穴を掘る訳にはいかないからな。
「まあルイスが無事で何よりだ。疲れているだろう?もう寝た方がいい」
「いえ、少しだけやることがあるのでそれが終わってからにします」
「あまり遅くなるなよ」
「わかっています」
アランさんは止めなかった。いや、両親を失った俺を止めることが出来なかったのだろう。俺はルーシェの元へと向かった。
「ルーシェ入っていいか?」
ルーシェから入っていいという返事をもらい、扉を開けた。
明るい所でルーシェの顔を見た瞬間、俺は我慢することが出来なくなり、俺はルーシェを抱きしめた。
「ル…ルイ?いきなりどうしーーー」
俺はルーシェの唇に俺の唇を強く押し当てる。
「プハッ…はぁ…はぁ ちょっ、ちょっとルーー」
何度も何度もキスをする。初めは何事かと抵抗していたルーシェも次第に力を抜き俺に体を委ねた。
時間にしておよそ五分くらいだったが、俺にとっては永遠にも感じられる幸せな時間だった。
「はぁ はぁ はぁ ルイ、一体どうしたの?」
「いきなりキスをしてごめん。でも確かめたかったんだ ルーがここにいるってことを」
「なんで?私はずっとここにいるよ」
「わかってる。けど、これは俺の夢で本当はルーがいないんじゃないかって嫌な想像ばかりしてしまうんだ」
嘘だ。本当はルーシェのことを忘れないように自分の中に刻んでおきたかっただけだ。
しかし、ルーシェはそんな意図には気付かずにニコッと笑った。
「そんなとないよ。私はずっとここにいるから」
そう言ってルーシェは優しく俺を抱きしめた。
「……ルー」
俺はルーシェの体温に包まれながら胸に中で眠りについた。
午前四時、俺はプニプニする感触を手のひらに感じた。
ふむ……今まで触れたことの無い未知の感触だ‼︎
……あれ?じゃあ一体これは何だ?
俺が目を開けるとルーシェの可愛い寝顔があり、そして俺の手は、ルーシェのつつましい胸の上でワキワキと動いていた。
「〜〜〜〜〜〜」
俺は声をあげそうになるのを必死に我慢し、慌てて手を離した。
………柔らかかったなぁ、ってそうじゃない
ルーシェは?
ルーシェを見て起きていない事に安堵しつつ、ベッドからそろりと降り、部屋の扉を開けた。
「ルイ、どこ行くの?」
ビクッとなり、後ろを振り返る。まずい、ばれたか?そう思うが、それは杞憂だった。
ルーシェは上体を起こしていたが、舟を漕いでいる。
「トイレだよ。すぐに戻ってくるから寝ておいて」
「ん〜わかった」
そう言ってルーシェは再び眠りについた。
先ほどのことでバクバクいっている心臓を抑えながら俺はルーシェの部屋を後にした。
扉をを開けると、そこには部屋の電気が消えている真っ暗なリビングなどではなく、明るい部屋にアランさんが椅子に座っていた。
「…ルイス こんな時間にどうしたんだ?」
「ちょっとトイレに……」
「誤魔化すな。何を企んでいる」
アランさんの眼は鋭く光っており、嘘をついてもすぐにバレるだろう。俺は全てを話すことにした。
〜説明中〜
「…そうか、覚悟はきまっているんだな?」
「はい」
「じゃあ何も言えないな」
少し寂しそうにアランさんが笑う。
しかし、ふと何かを思い出したかのように引き出しを漁り始めた。
「確かこの辺に……あった」
アランさんの手には指輪が握られていた。
「それ何ですか?」
「かつて龍神から、貰い受けたものだ」
アランさんは龍の刻印の入った指輪を俺に渡した。
「もし 龍族に会ったらそれを見せろ。大抵のことは協力してくれるはずだ」
「ありがとうございます」
「だが、異世界には行くな。絶対にだ」
矛盾している。だが、アランさんの鬼気迫る顔に俺は頷くことしか出来なかった。
「アランさん、この手紙をルーシェに渡しておいてください」
「もう戻ってこないのか?」
「いいえ、お父さん。いずれ戻ってきてルーシェと結婚したいと思っています」
アランさんはその言葉を聞き、フッと微笑んだ。
「ルイス、行ってこい」
「はい。行ってきます」
そう言ってまだ眠っているラミアをおぶり、二つの武器と資金を手に家を後にした。
午前六時
まだ日は昇っておらず辺りは暗いが、草原に着くとあの光の柱があった。
「これか……」
光の柱に足を踏み入れるのと同時に俺は奇妙な浮遊感を覚え、目の前が真っ白になった。