最悪の日
今日の父様はいつもとどこか違った。何だかソワソワしているようだ。
まあ理由らわかってるんだけどね。
おそらく午後二時頃に来る俺の恋人と父様の懐かしい人のことを気にしているのだろう。
そのせいか、稽古中にいつもは全然無いはずの隙が今日はある。
「父様、集中してくれませんか?修行になりません」
「すまん」そう言うと父様の隙が無くなった。いつもの父様に戻ったのだ。俺は疾風の太刀や流水を使うが父にはダメージを与えられない。そうして今日も父様に一太刀も浴びせることが出来ぬまま修行が終わった。
昼ごはんを食べ俺はいつも通り炎斬の特訓をする。一度父様にどういう原理で斬撃を飛ばしているのか聞いてみたがそれは感覚らしい。
取り敢えず型から技までの動きを反復練習するしかないようなので俺は一日千回を二セットしている。
「1978……1979」
二セット目が終わりに近づいて来た時、視界に二人が近づいて来るのが見えた。
どうやら修行をしている間に二時になっていたようだ。
「ルイス、やっているな」
「はい、あと十回程でおわるので少し待ってください」
ふと隣を見ると、ルーシェが俺の練習している姿を見て顔を赤くしていた。
「……ふぅ。すいませんアランさん、迎えに行こうと思っていたのですが」
「いや、気にしなくていい。それよりレイナルドの所へ案内してもらえるかな?」
「わかりました」
俺が二人を父様の元へと案内しようとした時、後ろから微かな衝撃が襲った。
ルーシェが後ろから抱きついて来たのだ。
「ルー、汗をかいているから離れてくれ」
「別に気にしないもん」
むしろいい匂いだよと俺の匂いを嗅ぐ。
ちょっとちょっとルーシェさん、恥ずかしいからやめてくれ。
「ほ、ほらアランさんからもなんとか言ってくださいよ」
「……ルイス、アランさんじゃ無くてお父さんだろ」
「アランさん⁉︎」
アランさんは動揺している俺を見てニヤニヤとしている。おそらく言わない限りは助けてくれないだろう。
「……お父さん助けてください」
「ふむ、ルイスからお父さんと呼ばれるのも意外と悪くないな」
そう言った後ルーシェに離れるように言ってくれる。ルーシェも渋々離れてくれた。
俺はこれ以上二人に何かを言うのを諦め、父様と母様の所へ案内するのだった。
「父様、母様紹介します。僕の恋人のルーシェとルーシェの父のアランさんです」
「久しぶりだな レイナルド」
父様はアランさんの顔を見ながら驚いた顔をしている。どうやらルーシェよりもアランさんの方が父様にとってはインパクトが強かったようだ。
そして次の父様の発言は俺をビックリさせる発言だった。
「…師匠、なんでここに?」
「え?」
「ああ、ルイスには言ってなかったな。俺は龍神国の元将軍でレイナルドの龍人流の師匠だ」
「ええっ⁉︎マジで?」
「ああ、六年前に人界に来た時に、今の妻と恋に落ちてな 将軍を辞めて二人で結婚し、人界に住むことにしたんだ」
父様がアランさんの話を聞いてニヤニヤしている。アランさんは恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをした。
「そんなことより、俺はレイナルドが結婚していると聞いて驚いたぞ。それも賢帝と」
「初めましてアランさん。ミリアナと言います」
「ああ、初めまして………で、どっちから告白したんだ?」
「もちろんミリーー」
「レイからです」
「ちょっ ミリア⁉︎」
「俺と結婚してくれ。一生大切にすると言ってくれました。」
「わーわー 言うな言うな」
父様が顔を真っ赤にしながら必死に言葉を遮ろうとしたが無駄だった。
「へぇ あのレイナルドがそんなことを」
ニヤニヤとしながらアランさんがそう言い、父様も負けじと言い返した。
「あの頭が固くて仕事第一だった師匠が人間と恋をしてここまでふ抜けるとは……」
「ああ?ふ抜けただと?やんのかてめぇ」
「やろうじゃねぇか」
そう言い、父様が屋敷へと歩いていく。
「おいおい逃げんのか?」
「ちげーよ 剣を取りにいくだけだ」
「治癒魔法を使うために杖を取りに行ってくるわ」
そう言って父様と母様が屋敷へと戻っていった。
アランさんもまた、体を動かしてくると言って走りに行った。
残された俺とルーシェ、そして一言も喋っていないラミアが残された。
「父様とアランさんって仲悪かったのか?」
「わからない。けど……」
「ガキだな」
俺の言った言葉に二人が頷いた。
二人が戻ってくるのと、アランさんが戻ってくるのはほぼ同時だった。
「さあやろうか。勝負のルールはあの頃と同じでいいな?」
「いいぜ。弟子に負けて喚くなよ」
「ぬかせ、師匠の偉大さを思いしれ」
二人が構え、辺り一面に静寂がおとずれる。
二人とも一切動かないが、ピリピリとした空気が伝わってきて、俺たちは一歩も動くことが出来ない。
強い風が吹き、砂が巻き上げられ、俺たちの視界を奪った時 ジャリっという微かな音がした。その音がした瞬間、俺の脳裏に嫌な予感がよぎった。
動いたのか?そう思うけれど、砂埃で二人の姿は見えない。ようやく風が収まり砂埃が収まってきた。
俺が見た光景は信じられないものだった。
膝をつく父様、左腕を失ったアランさん、そしてアランさんの腕を持った謎の男がそのにいた。
「ーーーお父さん」
「ルーシェ行くな」
俺はルーシェを必死に止め下がらせる。
二人が謎の男から距離をとり、俺たちの所へ戻ってくる。
「母様は父様をお願いします。僕はアランさんを治療します」
「わかったわ」
父様はたいした傷を負っておらず一瞬で回復するが、アランさんの腕を再生させるのは時間がかかるだろう。
「レイ、なんなのアイツ。とても嫌な感じがする」
「わからない。おそらく俺たち二人が全力でやっても勝てないだろう。」
「子供達だけは助けないと」
「ああ、そうだな。師匠、子供達を連れて逃げてくれ。時間は俺たちが稼ぐ」
「任せろ」
アランさんも俺たちを逃がすことが最優先だと思ったのか異論を挟まなかった。
「ルイス、行くぞ」
「あと、十五秒で終わりますから待ってください」
俺はアランさんを治療しながら謎の男に立ち向かう両親の姿を見ていた。
「身体能力解放」
「天神流 奥義 "終の太刀"」
身体能力を底上げされた父様が放った奥義を俺は全く見ることが出来なかった。
俺はこれで決まった、そう思ったが、謎の男は上半身を仰け反らせ、瞬時に反撃に出た。
「チッ」
父様は心臓を狙って放たれた抜き手を体をねじりなんとか攻撃をかわすが、完全に体制が崩れてしまった。
「炎帝」
謎の男が父様に向かって追い打ちをかけようとするところを巨大な炎の球で妨害する。
だが、謎の男は左腕で目障りな虫を払いのけるかのように炎帝を弾いた。
「これでも無理なの⁉︎」
だが無駄ではなかった。母様がつくった一瞬の隙に父様は体制を立て直し、構えの体制になっていた。
「人神流 奥義 "死の乱舞"」
以前父様が言っていた。人神流の奥義は相手の動きを読み切り放つので、不可避の技だと。
だから信じられなかった。謎の男がそれを避けて父様の胸を右手で貫いたということに。
父様の体から力が抜け、腕が垂れ下がる。謎の男が右手を抜き、父様が地面に叩きつけられたが、父様はピクリともしなかった。
母様が父様に駆け寄り治癒魔法をかける……が、回復することはなかった。
「レイ……レイ。よくもレイをーー」
母様が魔術を発動させようとした瞬間、謎の男の右手が母様を貫いた。
「………ッ」
母様はこちらを向き口をパクパクさせた。
逃げて、と。
それを伝えた後、母様も息を引き取った。
母様が死ぬと同時にアランさんの腕が完全に再生する。
十五秒だ。たった十五秒で魔神とさえ渡り合った父様と母様が死んだのだ。ただ逃げるだけでは逃げ切れやしない。誰かが足止めしなければ……
「ルイス、何をしている。早く逃げるぞ」
アランさんは俺の手を掴むが、俺は即座にその手を振りほどきアランさんを突き飛ばした。
「アランさん、俺が命に代えても逃げる時間を稼ぎます。だから二人を連れて安全な所に避難してください。」
アランさんは俺の目を見る。そして無駄だと察したのか二人を抱きかかえた。
「嫌っ、離してよ、ルイ ルイ…」
「やめてよ。お兄ちゃん行かないで」
「ルイス、絶対に生きて帰れ。じゃなきゃ許さないからな」
そう言って泣き叫ぶ二人を抱きかかえながら、アランさんは走り去って行った。
「……ごめんな 俺はここで死ぬことになりそうだーーーだけどお前だけは足止めさせてもらう」
「Vietato entrare spazio development……"結界"」
俺と男を取り囲む結界が発生する。
「……よくも、よくも父様と母様を殺してくれたな」
俺は怒りに身を任せ、今持てる全魔力を解放する。創造神にかけられた封印も何故か解除されていた。
男を黙って立っている。俺をいつでも殺せるという余裕の現れだろうか……
舐めているなら好都合だ。
俺は解放した全魔力を結界の強化に注ぎ込んだ。流石にコレを壊すのは時間がかかるはずだ。
「……父様と母様が勝てない相手に勝てるわけねーだろ。俺は足止めだ、三人さえ助かればこの命いくらでもくれてやる。……ざまあみろ」
そう言って俺は魔力切れで気絶した。




