(競作)プレゼント ~Telephone call from sister~
というわけで遂に始動しました『競作第3弾』!
前回はホラー色を強くしたので、今回は少しファンタジックな要素を意識して書いてみました。
今回のテーマは「携帯電話」
それではゆっくりとお楽しみ下さい!
最初に恭介の目に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。
目覚めたばかりでぼんやりとした意識のまま、恭介は辺りを見回す。
白い壁、白いベッド……見渡す限りの白の世界。
「ここは……」
ふわふわとしていた思考が徐々に回り始め、五感が働きだしてくる。
鼻をつく消毒液の匂い、自分の右手と繋がっている点滴。
「……病、院?」
恭介はようやく自分が病院のベッドで寝ているという事実に気付く。
そしてそれが脳の起動スイッチとなり、恭介の頭は一気に覚醒する。
「なんで俺、病院なんかに……?」
恭介は上半身を起こす。すると後頭部に鋭い痛みが走り、恭介は顔を歪める。
「いててっ! なんだ?」
恭介は自分の後頭部を触ってみる。すると手に柔らかい布のような感触。
「これ……包帯? 俺、頭に怪我したのか?」
恭介は何故自分は怪我をし、病院で寝ているのかを必死に思いだしてみる。
だが、記憶はもやがかかったように霞み、どうしても思い出すことができない。
「……とりあえず看護師さん呼ぶか」
恭介はナースコールに手を伸ばした……。
………………。
「つ、疲れた……」
恭介は疲れ果て、病院のベッドにドサッと倒れこむ。
目覚めた恭介を見て医者と両親が駆けつけすぐに精密検査、その後医者の説明と両親の話を聞き、気付けばナースコールを押してから五時間が過ぎていた。
「事故……か」
ゴロンと仰向けになり、恭介は医者と両親の話を思い出していた。
両親の話は、恭介は事故に巻き込まれ、ほぼ一日眠っていたという話だった。
そして事故の際、転んで後頭部をぶつけ、頭に怪我をした。
記憶が思い出せないのは、その時のショックのせいで、一時的なものだと医者は話していた。
「でもなぁ……」
恭介には一つ気になることがあった。
「俺は一体、なんの事故に巻き込まれたんだ?」
何故か両親は、事故についての詳しい話を聞こうとしたら「今は疲れてるだろうし、今日は止めよう」という言葉で濁した。
そしてその時の両親の顔には……とても色濃い悲しみが滲みでていた。
「なんだってんだよ……」
ゴロンと寝返りをうち、恭介はうつ伏せになり枕に顔を埋める。
いろいろあって疲れたせいもあり、恭介はそのまま淡い眠りの中に沈んでいった。
………………
…………
……。
『ヴゥゥ! ヴゥゥ!』
「うおっ!?」
深いまどろみの中にいた恭介を、バイブレーターの振動音が叩き起こす。
「携……帯? あっそうか!」
本来、病院内は携帯電話禁止なのだが、ないと不便だろうということで、帰る間際に母親がこっそり携帯電話を恭介に渡していたのだ。
病室の時計を見ると、既に真夜中と呼ばれる時間だった。
「こんな時間に一体誰だ?」
病室の床頭台に隠した携帯電話を取り出し、ディスプレイを確認する。
「えっ、環?」
ディスプレイに映し出されていたのは妹の名前だった。
(こんな真夜中に一体なんだ? あれ? そういえば今日、環来てなかったよなぁ?)
意外な時間に意外な人物からの着信と、少々の疑問に戸惑いつつ、恭介は通話ボタンを押す。
「もしもし……」
一応病院内なので、恭介は小声で電話に応答する。
「お……ちゃん? ……った……無事……んだ」
「えっ? もしもし環?」
ノイズによる途切れがひどく、環の会話が全く聞き取れない。
「ごめ……ね、私が誕……日プレゼント……欲しい……言った……らこん……とに……」
「もしもしっ? プレゼン……ト? っ!?」
ひどいノイズの中で唯一聞き取れたプレゼントという単語に、恭介は記憶の一部を思い出す。
その日は環の14歳の誕生日だった。
誕生日プレゼントを前々からねだられていた恭介は、誕生日プレゼントの買い物に行こうと、環に町まで連れだされたのだ。
そして、町に向かう途中で……。
(駄目だ、ここから先が思い出せない……)
恭介は小さな溜息を漏らす。
「……いちゃんに会え……うちに……んだ」
「もしもし? ごめん、よく聞こえないんだ! クソッ」
恭介は苛立ちながら携帯電話をブンブンと振る。
ディスプレイを見ると、表示されているアンテナはMAX。
「こっちの電波が悪いわけじゃないのか……。もしもし環? もっと電波のいいところに……」
「丁度……ま、にいちゃ……の病室……前」
途切れる会話の中から聞こえた病室という単語に、恭介はまさか……と病室のドアを見る。
「もしもし!? もしかして扉の前にいるのか?」
「……ちゃ、……いごに、……て」
恭介がそう叫ぶが、スピーカーの環の声はもうほとんど聞きとれないほどになっていた。
「環? 環? くそっ!」
病み上がりの身体を引きずるように歩き、恭介は扉の取っ手に手をかける。
「ありがとう、おにいちゃん……」
一瞬、すべてのノイズが消え、はっきりと環の声が聞こえた。
「環!?」
恭介は慌てて扉を開ける。
「た、まき……?」
視界に広がる病院の白い長い廊下。
扉を開けた真正面の廊下に環は……いた。
「あ……あ……!」
環のその『姿』を見て恭介は全てを思いだす。
あの日の事故のこと、プレゼントのこと、そして……環のことを。
身体が重力に抗えなくなり、恭介はドサッと膝をつく。
「環……環……!」
這うようにして恭介は環に近寄り、頭をそっと抱きしめると、携帯を握りしめている右手に自分の手を重ねる。
「ははっ……、つい今まで電話で喋ってたくせに……。お前なんで……こんなっ!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、恭介は環の頭を優しく撫でる。
すると恭介の指に冷たく固い何かが触れる。
「これ……!」
見ると、環の髪にはあの日渡すはずだったプレゼント……環を驚かせようと密かに準備していたガラスのイルカの髪留めがちょこんと、環の髪を装飾していた。
「ったくお前は……! 俺の上着のポケットに隠しておいたプレゼント、勝手に持ってきちまいやがって……」
恭介は理解する。
環が最後に電話で言っていた意味を……。
環が『こんな姿』になってまでここに来た理由を……。
「誕生日おめでとう、環」
恭介は再び環の頭を優しく撫でた……。
「はい……はい……。では、失礼します」
人の良さそうな、恰幅のいい若い刑事が受話器を静かに置く。
「滝川さん。例の人身事故の件、今ご家族に見つかりましたって伝えました」
すると奥の給湯室から、滝川と呼ばれた初老の刑事が、だるそうな顔をしながらのそのそと歩いてくる。
「おう畠山、ご苦労さん」
二つ持っていたコーヒーを片方、滝川は畠山に渡す。
「あっ、ありがとうございます。それにしても……」
「うん? どした?」
何かを言いかける畠山の脇をすり抜け、滝川は近くの椅子に座りコーヒーに口をつける。
「いえその……環さん、でしたっけ。いくらお兄さんを庇ったとはいえ、電車の人身事故なんて……。痛いとか、そんなこと思う間もなく亡くなったのかなと思ったら、なんだかやりきれなくて……」
畠山の言葉を聞きながら、滝川は無言でコーヒーをすする。
「まあ、そのおかげでお兄さんのほうは突き飛ばされたとき打った、頭の怪我だけで済んだみたいですけど……」
「……らしいな」
畠山もコーヒーを一口すすり、ホゥッと一息つく。
「それに何より不思議なのは……なんで現場であれほど探しても出てこなかった、遺体の『頭部』と『右手首』が、5キロも離れたお兄さんのいる病院で発見されたんでしょう……」
畠山が神妙な顔で滝川を見る。
すると滝川はゆっくりと席を立ち、取調室の方へ足を向ける。
「あの日なぁ、仏さん誕生日だったらしい……」
「はっ?」
滝川の言葉が理解できず、畠山は呆けた顔をする。
「畠山、俺はもう一回寝なおすわ。課長が会議から帰ってきたら起こしてくれ」
「えっ? あっ、はい」
?顔の畠山を残し、のそのそと取調室に向かう滝川。
滝川にはわかっていた。畠山の疑問の答えが。
(きっと、言いたかったんだろう)
滝川は血まみれの小さなプレゼント箱のことを思い出す。
事故現場に落ちていた……空っぽだったプレゼント箱のことを。
取調室のドアを開け中に入る直前、滝川はフッと足を止め、ポツリと呟いた。
「大好きな兄貴に、誕生日プレゼントの礼をよ……」
バタンと、取調室の扉が静かに閉まった……。
如何でしたでしょうか?
今回は泣ける話×ホラーでボク的『ファンタジックホラー』とさせていただくことにしました。
怖さの中に感動と、悲しさを感じていただけていれば幸いです。