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雨の日の過ごし方 第三話 雨上がり

 熱を出して寝込んでいるときは人間誰しも多かれ少なかれ不安になるものなんだよ、ウィスタリア。

 と、確か先週講義を休んだ師匠がウィスタリアに言っていた。

(――果たして……。目の前にいるこの俺様で不良っぽい医者にもその言葉は当てはまるのだろうか?)


 私の主治医のフレデリックが風邪をひいて診療所を閉めている。

 シアが何気なく言ったそんな一言が、ウィスタリアの心に火をつけた――というかなんと言うか。なんだかえらい急な展開で、じゃあ二人で見舞いに行ってあげましょうという話になった。

「……医者の不養生?」

「ま、そんなとこだろうな」

 荷物持ちをやらされていたシアはウィスタリアの隣で重々しくうなずく。

 シア・セーリナとウィスタリアは、賢者の学院生で同じ班なので仲が良い。シアは口調は男っぽいがれっきとした女性で、黙って座っていればミステリアスな佳人で通るのにと言われている。黙って、動かなければ。

「……お前ら人の部屋で何やっているのかなあ……?」

 目の前にいる俺様主義で不良っぽい医者が何事かつぶやいた。

「とりあえずご飯よね」

 それをさらりと無視してウィスタリアはうなずく。

「人間生活の基本だな」

 シアも同意した。

「食糧庫どこかしら」

「怪しいのは居間から見えていたあの扉だな」

「よし、では、私はそこに突入してまいりますので、シアは氷枕の作成お願い」

「任せろ。工作は得意だ」

「わざわざ作らんでも診察室の棚に入ってるだろ」

 ベッドの上でへたばりながらフレデリックが突っ込みを入れる。

「……つまらん。せっかく学級委員殿に私の有能さをアピールしようと思っていたのに」

 シアは本気で言っている。

「大丈夫よ、シア。私、君の有能さはちゃんと把握してるから」

「そうか。ありがとうウィスタリア。私もお前の期待に応えられるようがんばるぞ」

 シアは微笑みながらウィスタリアの両肩に手を置いた。

「だーっ! てめぇら人の部屋来てピンクな世界を形成してんじゃねえ! 鳥肌立っちまったろうが!」

 ウィスタリアもシアもわざとやっているし、フレデリックもそれはわかっているのだが我慢できなかったらしい。怒鳴られた。

「熱のせいですよ、フレディさん」

 しかし、そんなやり取りにとっくに慣れているウィスタリアは動じない。シアは学校でもいつもこんな感じだ。シアの主治医はフレデリックなので、それなりに気心も知れているから安心してふざけられる。

「その略称ヤメロ! せめてフレッドって言え!」

「そんなに興奮すると熱が上がるぞ、ドクター・ディル・グリア。安心しろ、私も学級委員殿も賢者の学院お墨付きの有能な院生なのだからな。病人の看護もおそらくばっちりだ」

 シアはどこか遠くの空へ視線を飛ばしながら言ってのけた。

「じゃあ私は食事作ってくるから、シアはそこの不養生な医者についててやって」

「うむ、任せろ」

「……胃を刺激しないもの作って来いよ」

「はいはい」

 あくまでもえらそうな医者に投げやりに返事を返して、ウィスタリアは台所のある一角へ消えた。


「……で?」

 ウィスタリアがドアの外に消えたのを確認してから、シアはいやあな感じに笑みを浮かべてみせた。

「……で? って何だよ」

 フレデリックは若干逃げ腰で聞き返す。

「すまんがもうネタは上がっているのだ」

「……ネタ?」

 シアは嬉しそうな笑顔でうなずいた。

「お前が昨日の夜雨の中ふらふら街を歩いていたとの目撃証言が」

「……ああ、あれか。あれは雨の日にしか咲かない薬草を探しに行った帰りでだな。ってか、寝かせろ。風邪引きには睡眠が第一だろうが」

 シアがつまらなさそうに身を引いたとき、遠慮のない音を立てて扉が開いた。

「コラ、不養生。君ね、いったい何食べて生きてるわけ? 食糧庫ほとんど空なんですけど」

 入り口には不機嫌さを隠す気配すらないウィスタリアが立っていた。

「俺の名前は不養生じゃねえよ。それに物はちゃんと食ってるぞ。……外食が多いけど」

「外食は栄養が偏るということくらい医者なら理解しているはずだろう、不養生」

 足と腕を組んで椅子にふんぞり返ったシアは、口元に微笑みを浮かべながら言い放った。

「全く。仕方ないなあ。私たちが買ってきたものと少ない食料庫の中身で今日は何とかごまかしますから、これに懲りたらちゃんと自炊するんですよ?」

 へいへいとやる気のない返事を返すフレデリックの顔面に絞ったタオルを投げつけて、ウィスタリアは再び扉の向こうに消えた。

「……と言う訳できりきり白状してもらおうか」

「やかましい。俺は寝る」

「なんだとこの不養生。私が熱に倒れたお前の代わりにその目的を達成してやろうというのだ。ありがたく私を崇め奉りつつ惚れ薬の作り方およびそれを盛る相手を白状するがいい」

「待てコラ。……どっから出て来たんだよ、その惚れ薬っていう単語は」

「違うのか?」

「当たり前だろ」

「……なんだ。ウィスタリアの従姉と別れたというからてっきり」

「あいつと付き合ったことなんかねえよ。別れられるわけねえだろ」

「じゃあなんだ、雨の日にしか咲かないというロマンチックな薬草は何のために使用するのだ?」

「母親の腰痛」

「………………」

 舞い降りる沈黙の中に、ウィスタリアが台所で煮込んでいる野菜と鶏肉入りおかゆの香ばしい匂いが漂い始めた。


「ウィースーターリーアーあ! つまらんのだ! 母親の腰痛だぞ!」

 でかい鍋によそわれた野菜と鶏肉入りおかゆを取り分けながらシアは嘆いた。

「は? 何が?」

 適度に冷やした麦茶を三人分のコップに注いでいたウィスタリアはシアの言葉に眉根を寄せる。意味がよくわからないらしい。

「昨日、夜また雨が降り出しただろう? その時分、雨だというのにこの不養生な医者が外をさまよっていた理由だ。母親の腰痛に効く薬草を探していただと? ふざけるな」

「へえ。いいじゃん。なかなか親孝行で」

「だろ? だからそのうるさい女どうにかしてくれよ。さっきからもっとロマンチックな理由は無いのかってこっちは熱でうすらぼんやりしてるっつうに寝かせてくれねぇんだよ」

 ベッドの上からフレデリックがぼやく。

「無視して寝てればシアはいずれ黙りますよ」

「うむ、適切な助言だな」

 シアはしたり顔でうなずき、フレデリックはうんざりとため息をついた。


 ウィスタリア作の野菜と鶏肉入りおかゆを食べ終わった後、シアとウィスタリアは手早く食器を片付けて帰り支度をした。一応病人はしっかり休ませてやらなくてはならないわけだし。


「あ、フォスキーア」

 診療所の鍵と格闘しているシアの横で、ウィスタリアが嬉しそうに手を振った。シアは手を止めて振り向く。

 あの軟派そうな医者の恋人だと言うから、てっきりかなりの美人だろうと思っていたのだがそうでもない。顔立ちは整っているのだが、美人に特有の華やかさがないのだ。きっちりと規定どおりに魔術師のローブを着て、真っ直ぐの黒髪をバレッタでまとめている。

「フレデリックさんなら寝てるよ」

「ああ、そう」

 フォスキーアはウィスタリアの言葉に表情を変えることなくうなずく。

「じゃ、あとよろしく」

「あと?」

 疑問を発するときもポーカーフェイスのままだ。この人物が三時間もフレデリックに関するノロケ話をするのかと思うと、シアはなんだかめまいを感じる。

「看病」

 めまいを感じている間に、ウィスタリアはフォスキーアの質問に簡潔に答えていた。

「診療受けに来ただけなんだけど」

「寝てるからさ」

 ウィスタリアは笑ってシアの手から診療所の鍵を抜き取り、フォスキーアに押し付ける。

「さあ行こう、シア」

 フォスキーアが何か言う前に、ウィスタリアは歩き出していた。シアはちらりと振り向いて、フォスキーアが診療所の扉に消えていくのを確認する。


「あの二人、別れたのではなかったのか」

 先を行くウィスタリアに追いついて訊ねる。

「告白する前に別れるのはどうかと思うね」

 雨上がりの匂いのする石畳を、のんびりとしたテンポで歩きながらウィスタリアは答えた。

「なあ、こないだ言っていた、二人が付き合い始めるきっかけになった手紙って、結局のところ何が書いてあったのだ?」

「『泣きたいから放課後付き合え』」

「……それだけストレートなことが書けるんだったら、告白だってできるだろうに」

「まったくです」

 ウィスタリアとシアは顔を見合わせ、同時にやれやれと肩をすくめた。

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