進む少女、留まる少年
放課後、千種が友人と談笑をしながら帰り支度をしていると教室の後ろの扉が勢いよく開く。いつものリュックを背負った桜花であった。朝とは違い輝いた瞳を真っ直ぐ前に向けている。
「東条君」
「…どうしたの?桜花さん」
人も少しまばらになった教室、異質な存在に少しざわめくがそれも一刻の事、すぐにそれぞれの世界に戻る。
「あの、ちょっと東条君をお借りしてもいいですか?」
「あ…はい、どうぞ」
いきなり話しかけられて少し狼狽えたままそう返事をして友人たちは千種に軽く挨拶をして去って行った。
「えっと、凛は学校の用事があって来れないって」
「帰りまで来るって事にまず驚いてるよ」
「あのね、朝は上手く言えなかったけど、やっと分かった。ううん、教えてくれた」
教室の隅でそれを遠巻きに見ていた香織と亜美を見つけると笑顔を浮かべて小さく手を振る。二人はニヤニヤしながら手を振りかえす。千種はそれを見て大体察したのか溜め息一つ。
「何を吹き込まれたのか…」
「東条君の悩みは分からない。だけど、私も辛い時期があったから、そんな時に私には救ってくれる人がいたから、だから」
一つ息を吸い、力強く千種を見据える。今度は少し千種が怯む番。
「私がそれになるなんて強い事は言えないけど。少しでも助けになりたい、そう思うの。だから、私も付きまとうって決めた」
桜花の笑顔。それは拒むだけでは引かない、そんな強情さを感じさせるような清々しさがあった。
「…悪いけど、俺も意地張るよ」
「うん!じゃあ一緒に帰ろ?」
「俺は勝手に歩くから」
千種はぶっきらぼうにそう言って歩き出す。桜花は香織と亜美に小さくガッツポーズをしてから、その後ろに続いた。
「…ヤバい。今から追いかけて鬼のように抱きしめたい!」
「甘い。私なら肩車して校内を走り回って、羞恥で心を満たしてあげるわ」
「くーっ!千種が憎い!取りあえず今日は憂さ晴らしにゲーセンだ!」
「今日の気分は格ゲーあるのみ」
二人も何やらはしゃぎながら教室を後にした。
一方、千種と桜花は並んで街を歩く。今朝とは違い、桜花は横に並び笑顔で話しかける。千種は相変わらず不機嫌そうであるが一応何か返事はしているようだ。
「でね…」
元気に話していた桜花の声が止まる。胸のポケットを探り、赤のタッチ式の携帯を取り出す。
「はい?うん…うん…一緒だよ。え?うん…分かった」
怪訝な表情のまま桜花は通話を終える。流石に千種もそんな顔をされては無視は出来ないようで。
「どうしたの?」
「うん、雪菜がね、話したい事があるから来て欲しいって」
「どこに?」
「えっと…GPSで調べろって…あ、こっち」
携帯を手に取ったまま横道に逸れて歩き出す。千種も少し考える素振りを見せた後、溜め息一つ桜花に続いた。
そのまま携帯とにらめっこを続ける桜花を先頭に歩く事数分。着いた場所は人気の無い周りをビルに囲まれた小さなスペース。コンクリートに囲まれた檻、夕方にも関わらず辺りは薄暗い。
「ここのはずなんだけど…あれ?」
地面に無造作に置かれた手足の生えた緑のカバーをした桜花と同じタイプで色違いの携帯。
「雪菜のだ!え、どうしよう!雪菜がさらわれた!!」
それを手に辺りをうろうろと慌てる桜花。千種はそれをよそに静かに腕を組む。
「一番最初にさらわれたって発言が来るのが不思議だよ」
「え?だってここに携帯が落ちてて…」
「わざと置いてるでしょ、明らかにさ」
相変わらず慌てたままの桜花の手から携帯を取る。緑の携帯カバーは触れればシリコンのように柔らかく、色と合い重なって不気味なものに感じる。
何気なく裏返してみる。そこには毛筆のような力強い字体で『食物連鎖』の四文字。
「…………」
「東条君?どうしたの?」
「五秒以内に出で来ないとこの薄気味悪い携帯投げ捨てる」
そう言うが早いか、音も無く、二人の後ろに現れる人影。
「雪菜!!」
今日は青の口元まで隠れるパーカーに悲しみの表情の白い面。スカートやブーツ、スパッツは同じタイプのものであった。相変わらずパーカーのポケットに手を入れたまま。