昨日の自分、今日の自分
夜、雨の降る町。ネオンの明かりが水たまりに反射する。
人の行き交う大通り、そこから横に逸れた小さな路地。通りを歩く人の中でいったい何人がこの路地の存在に気づくだろうか?
そんな薄暗い路地を傘も差さずに早足で歩く人影。忙しなく視線を動かし、時折振り返りながら路地を行く。
「…狭い日本、そんなに急いでどこに行く?」
いつの何か男の真横の壁に怪しい笑みを浮かべた人物がもたれ掛っていた。男はその存在に気付くと飛び跳ねるように反対側の壁に張り付く。
陳腐なビニール傘に高級そうなストライプスーツに革靴。白髪頭に前髪が長く、目は見えない。
「おっ、お前…」
「なぁ…」
ゆっくりと顔が上げられる。長い前髪から覗いたその目、その顔は少年だった。あどけなさの残る目が細くなる、かすかな期待に。
「お前は俺を殺してくれるか?」
それはどこかの町の小さな出来事。
いつもの学校、授業の疲れを感じ出す木曜の授業を終えまどろむ教室。
部活に急ぐ坊主頭、窓際の一角で週末の予定に余念が無い女子の集団、独特のふわふわした空気が心地良い。そんな中で黒髪の少年はゆったりと帰り支度を進める。少し華奢な印象を受ける体格と少し下がった目じりが優しげな印象を与える顔立ち。
今日も平和だった。
窓側から三番目、後ろから二番目。そんなまぁまぁな席で荷物をまとめ、クラスメイト達と軽い挨拶を交わして別れる。
西日を背に教室を後にして、人の少なくなったオレンジの廊下を友達と談笑しながら歩く。
ありふれている。ありふれ過ぎて笑える。
こんな毎日が有り難くてしょうがない。
でも、そんなものはちょっとしたベクトル違いの力によって簡単に壊れる。
「…東条君、ちょっといい?」
黒と白のリュックタイプの鞄を背負った少女。肩掛けを握りしめ、伏し目がちにこちらを伺っている。
廊下を包むオレンジ色が一層濃くなった気がした。