微笑みの国
勢いで書いた為山も落ちも意味もございませんorz
国と呼ぶにはあまりに狭いここが、微笑みの国と呼ばれるようになったのがいつからだったのか、はっきりと記録が残っている。今から50年前。この国がぐるりと高い壁に囲まれて、出ることも入ることも難しくなってからだ。私が知るのは美しく整えられた箱庭で、外を知る術は本と、人と、窓だけだった。誰しもが口を揃えてこういう。
「この国に生きて微笑みを持たないものはない。悲しみも怒りももう持たなくていい、素敵な国だ」
生まれつきここで暮らす私には悲しむ人や怒っている人の方が珍しく、その珍しい人は皆外の生まれの人だった。それを見るたび皆微笑む。不幸な目にあったから嘆き憤るのだ、ここで暮らしていればもうそんなことにはならない、と。皆この国が人を幸せにする誇りを持っている。
「悪いことはしてはいけないよ、壁の外に出されてしまうからね」
微笑みの国に生まれた子は皆そう言われて育つ。たまに「悪い子」がいると、壁の外に放り出されたりもした。外が気になって自分から行ってしまう人もいた。そうして一人も帰ってこないので、怖くなって子供達はみぃんな言うことをきいた。
ある時私はパパとママに聞いた。
「壁の外には何があるの?」
パパとママは困った顔をした。
「パパとママも知らないんだ、私達は良い大人だからね。ただ、お前みたいな良い子が見るようなものではない筈だよ」
「本当に怖いのよ、誰も帰ってこれないくらい。あの壁は、微笑みを守るためにあるのよ」
結局欲しかった答えが返ってこなくて、私は少しがっかりした気持ちで友達の所へ向かった。その友達は学校での素行が悪くて、時期に壁の向こうに行ってしまうのだ。悪いことをしたその子が悪いけれど、心配ではあったのだ。
友達の元に行くと、彼がにっこりと微笑んでくれたので私も微笑み返した。その後少し歩いて、パパとママが壁の外を知らないことを言ってみた。
「そりゃ、そうだよ。君のパパとママは50年も生きてないだろ?壁が出来てから生まれて、まだ壁の中にいるんだから外を知ってる訳ないさ。」
「ごめんね、貴方の役に立てなくて」
「いいさ、それに壁の外が本当に怖いところかなんて、行って見なけりゃ分からないさ。ひょっとしたら、皆すごーくいい所だから帰ってこないのかもしれないだろ?」
彼が悪戯っぽく微笑んだけど、私はやっぱりまだ不安だった。だって彼はこの間、学校で先生を呼び捨てしたのだ。あまつさえ、敬語も使わなかった。もう13になるのに、そんなことをしては外に出されて当たり前だと皆言ったし、私も思うけれど、でも前向きで勇気ある友人がどこかに行ってしまうという漠然としたもやが私にかかっていた。
「・・・なぁ、頼みがあるんだけど。」
揺らめきの無い深海の瞳にどきりとする。捕まれば戻ってこれなくなりそうな、魔物のような瞳。
「俺が外に出されるとき、ついてきてくれないか」
「え、えぇ!?無理だよ、悪い子になっちゃうよ」
「悪い子が壁の向こうに行くのであってよい子は行くなとは言われてない!それに俺が向こうに行く瞬間にちらっと向こうを見てくれればいいんだ!そうすればお前、生き証人になれるぞ!向こうを見て帰ってきた人はいないんだから!」
やり取りはあたりが暗くなるまで続いた。結局私は根負けてついていく事になってしまった。何故かは分からないが彼の頼みはいつだって断れない。
*
彼が壁の向こうへ行く日、私はありったけ地味な格好をして彼の後ろをついていった。私は幸いとても小柄で影が薄いので、出来るだけ冷静に彼のあとを追った。彼を連れて行くのはアンドロイドで、感情のないその所作に何か背筋が冷たくなる思いだった。
とうとう壁のすぐ傍まで来て、門が開く。車の下の狭い隙間に入り込んで、目をしかとひらく。ぎしぎしと音を鳴らしながら門が開く。何だかすごく臭い、それに、向こうはなんだか赤くて黒い。私からははっきりと見て取れるほど門は開いていないが、彼には見えているらしい。身を震わせてひっきりなしに叫んでいる。
「こんなことが微笑みを守るものか!微笑まないものを外に追いやってるだけじゃないか!」
彼の視線がこっちに向いた気がして、私は思わず走り出した。彼が驚きに目を見開いた。アンドロイドに思いっきり体当たりをして転ばせた。門の、外は
人だ。人、ヒト、ヒト、積み重なるようにして倒れている。そのどれもが胸や頭に穴をあけていて、恐怖に目を見開いていた。怖くなって体が動かなくなった。怖い、どうしよう、怖い
「何やってんだ!早く逃げるぞ!」
彼は私と手を繋いで国の方へと走り出そうとしていたが、立ち上がったアンドロイドが見える。恐怖に目を見開くと、大きな音がアンドロイドの手元から聞こえた。
黒い鋼のそれが、銃であることは認識できた。お腹の痛みに悲鳴をあげると、鋭い蹴りが傷に入って門の外へ彼と共に倒れた。門が、閉まる。いたい、いたい
最後に見たのは、アンドロイドの作ったいびつな微笑みだった。