表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

第7話 点呼とズレ

 廊下の明かりが少し落ちた。

 二十二時が近い。


 倉庫前の机に紙が積まれている。

 配布記録。

 待機者名簿。

 見回りの交代表。

 消灯後の移動記録。

 点呼チェック。


 悠斗は倉庫端末を見た。

 残り時間が減っている。


《暫定:残り 19:52》


「減ってるな」

 朔が端末を見て言った。

「減るのは止められない」

 悠斗が言った。

「分かってる。分かってるけど嫌だ」

 朔が言った。


 ひよりが机の前に立った。

 ひよりは紙を一枚引き抜いた。

 ペンを持ち直す。


「消灯前に点呼を終わらせたい」

 ひよりが言った。

「教室ごとに人数を合わせよう」

「ズレが残ってると明日の朝に揉めるかもしれない」


 近くにいた先生が頷いた。

 さすがに疲れが見える。


「わかった」

 先生が言った。

「各階で集計してくれ」

「差が出た教室は私に報告」

「一人で抱えないこと」


「分かりました」

 ひよりが言った。


 ひよりが紙に見出しを書く。


【点呼チェック(教室ごと)】

・今いる教室

・名簿の人数

・今いる人数

・人数の差

・確認した人の名前

・点呼した時刻


「これ、回すね」

 ひよりが言った。

「書けた教室から戻して」


 朔が小さく笑った。

 軽い笑いだ。

 でも目は真面目だ。


「なあ、ひより」

 朔が言った。

「改変が始まってから思ってたんだけどさ」

「なんでその話し方なんだ?」


 ひよりの手が一瞬だけ止まった。

 止まってから、すぐ動いた。


「自分でもそう思う」

 ひよりが言った。

「言い方が固いよね」

「気をつける」


「それでいい」

 朔が言った。


 ひよりは小さく頷いた。


「朔、二階を見てくれる?」

 ひよりが言った。

「騒がしい教室があったら、注意してきてほしい」


「了解」

 朔が言った。


 ひよりが悠斗を見る。


「悠斗は一階でいい?」

 ひよりが聞いた。

「一階がいい」

 悠斗が言った。

「倉庫が近いし」

「端末が鳴ったら早く気づけるから」


「助かるよ」

 ひよりが言った。


 悠斗は一階の教室へ向かった。

 廊下は静かだ。

 静かすぎて不安になる。


 一階の一組に入る。

 床に座る生徒がいる。

 机を寄せた輪もある。

 小声の笑いも混ざる。


 この教室の担任の先生が前に立った。


「これから点呼を取ります」

 先生が言った。

「名前を呼ぶので、返事をしてください」


 悠斗は教室の後ろに立った。

 待機者名簿を開く。

 ひよりの字で書かれている。

 読みやすい。


 先生が名前を呼ぶ。

 返事が返る。


 途中で先生の声が止まった。

 先生は名簿の一行を指で押さえた。


「……この人はいますか?」

 先生が言った。


 返事がない。

 教室が静かになる。


 悠斗は名簿を覗いた。

 読みはよくある名字だ。

 でも漢字が変だ。


 頭の奥に短い言葉が落ちた。

 記録改変。


 悠斗は先生の横へ行った。


「先生、その行の人」

 悠斗が言った。

「読みは合ってるはずです」

「でも漢字が違います」


 先生は一拍置いて頷いた。


「分かった」

 先生が言った。

「いま呼んだ読みの人」

「ここにいるなら手を上げてください」


 すぐに男子が手を上げた。

 顔が青い。


「俺です」

 男子が言った。

「でも、その字じゃないです」


「分かりました」

 先生が言った。

「漢字の訂正は明日の朝にやります」

「今はそれよりも人数の確認が先ですね」


 教室が息を吐く。

 空気が少し戻る。


「名簿は二十七名」

 先生が言った。

「実人数も二十七名」


 人数差はゼロだ。


 悠斗は名簿の余白にメモを書く。

 一階の一組。

 読み一致。

 漢字不一致。

 対象一名。


 悠斗は次の教室へ向かった。

 一階の二組。

 一階の三組。

 どこも人数は合った。

 漢字の違いが一件ずつ出る。

 でも人数は合う。


 倉庫前に戻る。

 ひよりが点呼チェックの紙を受け取っている。


「一階は全部、人数差ゼロ」

 悠斗が言った。

「ただし、漢字の不一致が三件」


「了解」

 ひよりが言った。

「明日の朝に本人確認」

「今夜は人数優先」


 その時。

 朔が戻ってきた。

 顔がいつもより硬い。


「二階でズレが出た」

 朔が言った。

「名簿より一人多い」


「どの教室?」

 ひよりが聞いた。


「二階の三組」

 朔が言った。

「しかも、その一人」

「名簿にいない」


 悠斗の背中が冷えた。

 名簿にいない。

 それは今までと違う。


 近くにいた先生がすぐ動いた。


「案内してくれ」

 先生が朔に言った。

「私が確認する」


「分かりました」

 朔が言った。


 ひよりが先生に言う。


「確認は二人でお願いします」

 ひよりが言った。

「一人だと見落とすかもしれません」


「その通り」

 先生が言った。

「朔、行くぞ」


 先生と朔が二階へ向かう。


 悠斗は倉庫端末を見た。

 嫌な予感が当たる気がした。


 ピ。


 端末が鳴った。

 白い表示が出た。

 短い文だ。


《点呼の実施は記録を要する》


 悠斗は指を近づけた。

 触れる寸前で止めた。


 規約改変。


「来た」

 悠斗が言った。


「何が来た?」

 ひよりが聞いた。


「点呼も記録が必要になった」

 悠斗が端末を示して言った。


 ひよりは画面を読んだ。

 すぐに点呼チェックの紙を見る。


「大丈夫」

 ひよりが言った。

「点呼チェックが、そのまま記録になる」

「教室も人数も差も」

「確認した人も時刻も書いてある」

「これ以上、紙は増やさない」


 悠斗は息を吐いた。


《暫定:残り 18:33》


 二階から足音が戻ってきた。

 先生と朔だ。

 先生の顔は硬い。

 朔も笑っていない。


「先生?」

 ひよりが聞いた。


「二階の三組」

 先生が言った。

「名簿にいない生徒が一人いた」


「いたって、どういうことですか?」

 ひよりが聞いた。


 先生は短く言った。


「クラスに混ざって座っていた」

 先生が言った。

「本人は自分の名前を言えた」

「読みは言えた」

「でも、自分の名前の漢字が言えなかった」


 悠斗の喉が乾いた。

 ひよりの目が細くなる。

 朔が小さく言った。


「これ、笑えないやつだな」


「その生徒は今どこですか?」

 ひよりが聞いた。


「二階の三組にいる」

 先生が言った。

「勝手に動かないように見張りをつけた」

「今夜は隔離じゃない」

「ただ、別室にも移さない」

「余計に揉めるからだ」


 ひよりが頷いた。


「今夜は人数を確認するだけにしましょう」

 ひよりが言った。

「名簿にいない件は、明日の朝に確認の時間を作る」


 朔が腕を組んだ。


「明日の朝って言ってもさ」

 朔が言った。

「そいつ、名前の漢字が言えないんだろ?」


「だから確認が必要」

 ひよりが言った。

「クラスと席と担任」

「それが言えるか」

「言えないなら、周りの証言を聞かないと」


 先生が頷いた。


「明日の朝」

 先生が言った。

「二階の三組を最優先で確認する」


 悠斗は点呼チェックの紙を見た。

 二階の三組。

 人数差。

 プラス一。

 その一が、名簿にいない。


 悠斗は紙に視線を落としたまま言った。


「ひより」

 悠斗が言った。

「名簿にいないのは初めてだ」


「うん」

 ひよりが言った。

「だから今夜はルールを増やさない」

「決めたことは、二十二時に消灯」

「移動は最低二人」

「点呼の紙を記録として残す、これだけ」


「分かった」

 悠斗が言った。


 朔が小さく息を吐いた。


「眠たくねえな」

 朔が言った。

「寝ないと明日も動けないよ」

 ひよりが言った。


 悠斗は倉庫端末を見た。

 時間は減る。

 でも今夜の手順は紙に残っている。


 紙の山のいちばん上に、点呼チェックを置く。

 明日の朝、まず開く紙だ。


 悠斗はそれを確認してから、廊下の奥を見た。

 二階三組の方向が、いつもより遠く感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ