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第4話 帰る人と残る人

 配布が落ち着いた。

 倉庫の前の列が短い。

 廊下のざわめきも静かになった。


 それでも安心はしない。

 端末の暫定が減っている。

 あの数字が目に入るたびに胸が締まる。


《暫定:残り 35:02》


「やっぱり時間減ってるな」

 朔が端末を見て言った。

「残り時間が減るのは普通だろ」

 悠斗が言う。

「その普通が怖いんだよ」

 朔は笑い切れずに肩をすくめた。


 ひよりは紙束を机代わりの台に置いた。

 配布記録。

 監督の交代表。

 追加の注意事項。


 紙が増えるほど場は落ち着く。

 それが分かった。

 分かったのに嬉しくない。


「先生」

 ひよりが入口の先生に声を掛けた。

「どうした?」

「次。帰宅の判断を出してください」


 先生は一拍置いた。

 迷っている。


「わかった。一度、先生たちで話す」

「早めに判断してください」

 ひよりが言った。

 短く。

 逃げ道を作らない。


 先生は苦笑して頷いた。

 学校内にいる先生が二人集まる。

 小声で確認を始めた。

 悠斗は距離を取った。


 朔が近づいてくる。

 声は低い。


「無事に家に帰れるのかな?」

「帰れる人は帰る」

「お前はどうすんの?」

「分からない」

「分からないばっかだな」

「分類しか分からないからな」


 朔は鼻で笑った。

 笑ったあと真面目な目をする。


「帰れないと困るぞ。うちは冷蔵庫が正義だから」

「その正義は今日だけ負けてくれ」

「やだ、美味しいもの食べたいし」


 ひよりが紙を叩いた。

 軽く。

 合図みたいに。


 倉庫前に人が集まる。

 体育館ほどではない。

 それが助かる。


 先生が前に立った。

 息を整えてから言った。


「帰宅できる人は帰宅」

「帰宅が困難な人や不安な人は学校待機だ」


 生徒の顔が揺れた。

 帰りたい。

 帰れるか分からない。


 先生が続ける。


「暗くなる前に動く」

「ただし。勝手に学外に出ないこと」

「帰宅者は記録する」


 その言葉の直後。

 倉庫端末が鳴った。

 ピ。


 悠斗の背中が冷える。

 嫌なタイミングだ。


 画面に白いウィンドウが出た。

 短い文。


《帰宅は記録を要する》


 悠斗は指を近づけた。

 触れる寸前。

 頭の奥に落ちる。


 規約改変。


「来たな」

 朔が小さく言った。


 先生は端末を見て言葉を飲んだ。

 飲んだだけで場がざわつく。


「今のは無視します」

 ひよりが先に言った。

「無視できるのか」

 先生が言う。

「無視じゃない。紙で記録します」

 ひよりは紙を出した。

 もう慣れている。


「外出記録」

「名前」

「目的」

「同行」

「戻った時刻」

「確認係サイン」


 ひよりが顔を上げる。


「確認係を二人にする」

「一人だと仕事が回らない」

「朔もやって」


「え」

 朔が目を丸くした。

「さっき紙ならできるって言ったでしょ?」

「言ったけど」

「ほら言った」


 朔は降参の手を上げた。


「はいはい。確認係やりますよ、やればいいんでしょ。」


 ひよりは悠斗を見る。

 目だけで聞く。


「見に行く?」

 悠斗は頷いた。


 帰宅の判断は出た。

 でも。

 帰れるかどうかは別だ。


 悠斗は一度だけ手を挙げた。


「先生」

 先生が向く。

「帰宅を試すなら一組だけ先に出した方がいい」

「理由は?」

「外がどうなってるか分からない」

「そうだな」

「ただし、学校にすぐ戻れる範囲の人で」


 先生は頷いた。

 頷いたあと視線をひよりに向ける。

 現場の中心がどこか分かっている顔だ。


「篠宮。候補はいるか?」

「朔がいいです」

 ひよりが即答した。

「俺かよ」

 朔が言う。

「めちゃくちゃ元気だし」

「雑な人選だな」

「褒めてる」


 朔が笑ってから手を上げる。


「じゃあ俺。ついでにコンビニとか店が生きてるかも見てくる」

「危なくないか?」

 先生が言った。

「食べ物を仕入れる場所は必要です」

 ひよりが返した。


 同行は誰にするか。

 先生が迷う。

 迷うとまた揺れる。


「俺が行きます」

 悠斗が言った。

 言ってから胸が少し痛い。


 ひよりが悠斗を見た。

 止めない。

 止めない顔だ。


「二人で」

 ひよりが言った。

「学校に戻れる範囲」

「校門まで十分の距離までね」


 外出記録に書く。

 朔の名前。

 悠斗の名前。

 目的。

 校門の外の状況確認。

 同行。

 互いの名前。

 確認係サイン。


 朔がペンを走らせた。

 雑だがまだ読める。

 今はそれでいい。


「行ってきます」

 朔が言った。

「気を付けてな」

 先生が言う。

「危なかったら戻ってきて」

 ひよりが言った。


 廊下を歩く。

 校舎の外が近づく。

 窓の外が妙に明るい。

 明るいのに薄い。


「なあ」

 朔が小声で言った。

「なに?」

「校門ってさ。あんな遠かったっけ」


 悠斗も同じことを感じていた。

 距離がずれている。

 でも言葉に出さない。

 言葉にしたら不安が増える気がする。


 校門に着く。

 門は開いている。

 でも貼り紙が増えている。


 悠斗の視線が吸い寄せられる。

 指が止まる。

 触れる寸前。

 頭の奥に落ちる。


 規約改変。


 貼り紙は短い。

 短いほど嫌だ。


「外出は記録を要する」

「校内への持ち込みは確認を要する」


「持ち込みって何だよ」

 朔が言った。

「水」

 悠斗が言う。

「食料」

 朔が続ける。

「全部だな」


 校門の外へ一歩。

 空気が変わった。

 冷たいわけじゃない。

 音があまり聴こえなくなる。


 車の音が遠い。

 人の気配が薄い。


 朔がスマホを見た。

 眉が寄る。


「圏外じゃない」

「じゃないのになぜか繋がらない」


 朔は発信ボタンを押す。

 呼び出し音が鳴らない。

 画面に短い表示。


《参照層:L-01》


 悠斗の喉が乾く。

 職員室で見たやつだ。

 校門の外でも同じ。


 悠斗も地図アプリを開いた。

 地図は出る。

 でも地名がない。

 大きい表示が抜けている。


 駅のアイコンはある。

 でも駅名が空欄だ。


「やっぱりか...」

 悠斗が小さく言った。


 朔が道を指す。


「人はいるな」


 人はいる。

 二人。

 三人。

 ただ、距離が変だ。


 向こうはこっちを見ていない。

 見えていないみたいに通り過ぎる。


 悠斗は目を細めた。

 見間違いじゃない。

 肩が触れそうで触れない。

 まるで空気の膜が一枚あるように。


 指が勝手に伸びる。

 触れる寸前で止める。


 仕様改変。


 場所は校門の外。

 分類は仕様改変。


「朔」

「どうした?」

「近づくな」

「見えてないんだろ?」

「分からない」

「分からないばっか」

「でも分類は出た」


 朔の顔が真面目になる。


「やばい?」

「やばいって言い方はしたくない」

「じゃあ」

「急いで学校に戻るぞ」


 朔は口を尖らせた。

 でも頷く。


 校門へ戻る。

 門をくぐった瞬間。

 音が少し戻る。


 朔が息を吐いた。


「これって世界が二重になってない?」

「二重かは分からない」

「でもなんか薄い膜みたいなのはあった」


 悠斗は頷いた。


 倉庫前に戻る。

 ひよりがすぐ見た。

 確認係として紙を持っていた。


「早かったね」

 ひよりが言う。

「ただいま」

 朔が言う。

「戻った時刻を書くよ」

 ひよりが外出記録に視線を落とす。

「時計見るから待って」

 朔が言う。

「分だけでいいよ」

 ひよりが書く。


 続けて悠斗が報告する。


「校門の外はなぜか音がほとんど聴こえない」

「人が近くにいるのに、見えていないみたいに通り過ぎる」

「画面は端末と同じ表示。参照層L-01」

「分類は仕様改変」


 先生が顔をしかめた。


「帰宅はどうする?」

 先生が言いかける。

「慎重に決めましょう」

 ひよりが先に言った。


 ひよりは周りを見る。

 不安な顔が多い。

 不安は長く引っ張れない。


「帰れる人は帰ってもいい」

 ひよりが言った。

「ただし」

 言葉を切る。

 場が静かになる。


「家が近くて、複数名で帰れる人」

「安全に戻れる道だけ使って」

「帰宅も記録します」


 先生が頷く。


 その直後に朔が手を上げた。


「俺やっぱり帰らない」


 先生が驚く。

 ひよりも少しだけ目を丸くする。


「理由を教えてくれ」

 先生が聞いた。

「帰ってもゲームみたいにセーブできないし」

 朔が言った。

「なんだそれ意味分からんぞ」

 先生が言う。

「まあ要するに帰るのは不安ってことですよ」

 朔は笑って言い直す。

「ここならみんな居るし、一人じゃない」


 ひよりが紙を一枚増やした。

 帰宅記録。

 書く項目は少ない。


「名前」

「帰宅先」

「同行者」

「学校へ戻る判断基準」


「戻る判断基準って何?」

 誰かが言った。

「危なかったり、迷ったら戻る」

 ひよりが言った。

「それでいい」


 悠斗は倉庫端末を見た。

 暫定の数字がまた減っている。


《暫定:残り 28:44》


 時間が減っている。

 でも紙は増えた。

 仕事を回すための役割も増えた。

 学校へ戻る基準も作った。


 紙に書いたルールは消えない。

 悠斗はそれを信じた。


 ひよりが悠斗を見る。


「今夜。ここは拠点だね」


 悠斗は頷いた。

 帰れる人は帰る。

 帰れない人は残る。

 残った人が拠点で各々の役割を全うする。


 それで仕様改変された今日を生き延びる。


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