第20話 除外対象
ピッ。
校門側で鳴った音が、いつもより近く聞こえた。
三上が先に顔を上げた。
「鳴りました」
ひよりは鉛筆を置いたまま立ち上がった。
悠斗も振り向く。
次の瞬間、廊下の方から朔の声が飛んだ。
「線が動いた!」
三上は机の端に立ち、校門側を見ていた。
朔は通路の横で腕を伸ばし、人の流れを見ながら、止める人と通す人を分けていた。
朔が倉庫前の通路を見ながら言った。
「外へ行く人は、今は減らそう」
「線の方へは行かせない」
校門の内側。
ひよりが先に端末の前に立っていた。
三上も横に並んでいる。
「見て」
ひよりに言われて、悠斗は画面を見た。
下端の帯が一瞬だけ点いた。
《暫定:残り 06:××》
数字はすぐに薄れた。
三上がすぐに履歴を開いた。
表示は、前よりはっきり変わっていた。
《更新到達時、監査者が介入します》
《介入条件:例外領域(拠点域)》
《介入対象:拠点域》
《介入対象:確認者》
《実行:権限不足》
悠斗は画面を見たまま黙った。
前の表示より、段階が一つ進んでいる。
その時、校門の外から足音が近づいた。
佐伯先生だった。
廊下側から来たらしく、息は乱れていなかった。
「状況を教えてください」
ひよりがすぐに向き直った。
「端末に『監査者』と出ました」
「介入対象が、拠点域と確認者です」
佐伯先生は画面を見た。
上から順に読み終えて、短く頷く。
「こちらの操作は通りませんね」
悠斗が言った。
「境界線も消えません」
「線を踏むと端末が鳴ります」
「分かりました」
佐伯先生は踊り場の方を見た。
「線の前は、誰が止めていますか?」
「朔が線の手前で止めてます」
「早瀬さんが廊下で注意してます」
佐伯先生はひよりを見た。
「あなたは倉庫前へ戻ってください」
「端末が鳴ったら、すぐに来てください」
「はい」
ひよりは走り出した。
校舎の廊下。
二年二組の前の廊下には、まだ白い線が残っていた。
朔が腕を伸ばした。
「線の前で止まれ」
「押すな」
早瀬が廊下で大声を発していた。
「ここから先は行かないでください!」
列は少しずつ下がった。
踊り場の手前に、ようやく隙間ができた。
その時だった。
白い線の上に、細い赤い線が重なった。
朔の目が動いた。
「……増えた」
赤い線は踊り場で止まらなかった。
廊下へ伸び、壁際に沿って角へ向かった。
早瀬が廊下の角の手前で足を止める。
「こっちまで来ました!」
悠斗は廊下の中央へ走った。
赤い線は一定の速さで伸びていた。
線の向こうは見た目こそ同じなのに、足音だけが遠くなる。
朔が生徒を後ろへ下げた。
「下がれ」
「線の内側に入れ」
「何が起きてるんだよ!」
「今はいいから下がれ!」
朔は腕を広げたまま、線の前に立った。
赤い線が朔の靴先に触れた。
その瞬間、校門側で電子音が重なって鳴った。
ピッ。
ピッ。
悠斗は顔を上げた。
「来た!」
校門の内側。
端末の画面は消えていなかった。
いつもより明るく光っていた。
佐伯先生が端末の前に立ち、三上が横で画面を見ていた。
ひよりも息を切らして戻ってきた。
「下端の残り時間が、点いてます」
三上の声に、悠斗は画面の下を見る。
《暫定:残り 00:00》
数字は消えなかった。
三上が履歴を開いた。
表示が一気に入れ替わる。
《更新到達》
《監査者:接続》
《介入開始》
《対象:例外領域(拠点域)》
《対象:確認者》
《操作:不可》
佐伯先生が低く言った。
「こちらは、もう触れません」
朔が駆け込んできた。
「廊下の赤い線が角まで来た!」
端末がまた鳴った。
ピッ。
新しい行が増えた。
《境界:確定》
《境界外は拠点外扱い》
ひよりの声が小さくなる。
「拠点外扱い……?」
悠斗は校門の外を見た。
景色は変わらない。
だが、門の向こうの音だけが急に遠かった。
佐伯先生が一歩前に出た。
「生徒を下げてください」
「線の外側に出さないでください」
「分かりました」
ひよりは頷いた。
「急いで早瀬さんに伝えないと」
ひよりが走り出そうとした、その時だった。
端末が短く鳴り、画面の上に新しい表示が出た。
《除外対象:教員》
《対象照合:佐伯》
三上の喉が詰まった。
「先生……名前が出ました」
佐伯先生は画面を見た。
目をそらさなかった。
「私ですね」
悠斗が前へ出る。
「先生、下がって」
「そこに立たないで」
佐伯先生は一度だけ悠斗を見て、それからひよりに向き直った。
「篠宮さんを、通してください」
ひよりが足を止めた。
「先生?」
佐伯先生の声は静かだった。
小さいのに、はっきり届いた。
「よくがんばっていますよ」
ひよりの喉が鳴った。
「でも……」
佐伯先生は首を振った。
「今は、あなたが前に出る場面ではありません」
赤い線が校門の内側へ伸びてきた。
床の上を滑るように進み、佐伯先生の足元まで来る。
そこで止まらず、そのまま通り抜けた。
佐伯先生は、ひよりの前に立った。
悠斗が一歩踏み出す。
「先生!」
端末が鳴った。
ピッ。
画面が切り替わる。
《拠点域から除外します》
空気が一度だけ揺れた。
佐伯先生の足元の床だけが薄くなり、次の瞬きで姿が消えた。
ひよりの手から鉛筆が落ちた。
三上が声を漏らした。
「先生……」
履歴が勝手に更新された。
《除外完了》
《所在記録:なし》
悠斗は端末に手を伸ばしかけて、止めた。
画面には、まだ同じ文字が残っていた。
《操作:不可》
朔が歯を噛んだ。
「消えたんじゃない」
「線の外に押し出された」
ひよりは一度だけ息を吸った。
目を伏せずに言う。
「……受付に戻ります」
悠斗は頷いた。
そのまま廊下の方を見る。
赤い線は、まだ止まっていなかった。
端末の下に、最後の一行だけが残っていた。
《監査:継続》




