第18話 押せない要求
倉庫前。
机の上の受付の紙は一枚だった。
ひよりは下段の見出しを指で押さえた。
通行不可の線。
その横の余白に、短い一行が足されていた。
線は踏ませないように。
三上は鉛筆を持ったまま、机の端に立っていた。
視線は校門側へ向いている。
朔は通路の横で腕を伸ばし、外へ向かう人を止めていた。
早瀬が倉庫前に戻ってきた。
息を整えながら、ひよりに近づく。
「篠宮さん、階段の方に人が集まりそうです」
ひよりは頷いた。
「分かった」
「早瀬さん、廊下の所で止めて」
「わかりました」
早瀬は走った。
悠斗は三上を見た。
「三上さん、端末が鳴ったら先に校門見に行ってほしい」
「履歴も頼む」
「はい」
校舎の廊下。
二年二組の前の廊下は静かだった。
窓の光が床に伸びている。
廊下の先、階段の踊り場の手前で人が止まっていた。
三人が線の前に立ち、後ろにも二人並んでいた。
朔が腕を伸ばした。
「線の手前で止まれ」
悠斗は床を見た。
踊り場を横切る白い線が一本。
線の向こうは階段へ続いていた。
後ろの生徒が肩を寄せて前へ出ようとした。
靴が線に近づく。
「待て」
朔が手のひらを前へ出して止めた。
その瞬間、遠くで端末が鳴った。
ピッ。
悠斗は顔を上げた。
「校門だ」
朔はその場を動かず、腕を広げたまま人を止め続けた。
「ここは通れない」
「戻るなら廊下側に行ってくれ」
悠斗は踊り場の線を見た。
線は消えなかった。
校門の内側。
端末の画面は消えかけていた。
ひよりが端末の前に立っていた。
三上も横に並んでいる。
「下を見て」
ひよりが短く言った。
悠斗は画面の下端を見る。
細い帯が一瞬だけ点いた。
《暫定:残り 0X:XX》
数字は薄れて消えた。
三上が息を吸った。
「履歴を開きます」
三角を押す。
表示が上から順に並んだ。
《所在記録を要する》
《境界の所在記録を要する》
《未記録の移動は外出扱いへ移行》
《実行:権限不足》
三上は指を止めた。
「行が増えました」
悠斗は画面を見た。
「境界の所在記録」
「線の向こう側を、場所として残せってことか?」
ひよりが頷いた。
「でも、押せない」
「権限不足って出てる」
悠斗は一度だけ息を吐いた。
「要求だけ増えるな」
「こっちは動かせないのに」
三上が履歴の下へ指を滑らせた。
下の方に、見慣れた行が残っていた。
《例外領域を検知:拠点域》
悠斗はその行を見て、端末を閉じた。
「先に戻る」
「線の前に行かせないようにする」
倉庫前。
朔と早瀬が戻ってきた。
朔は廊下側を指で示した。
「線の前に人が寄ってくる」
「止めないと踏んじまうぞ」
早瀬は息を整えながら言った。
「廊下の奥で止めたら、人は少なくなりました」
ひよりは紙の余白を見た。
鉛筆を置いて、短い二行を足した。
端末が鳴ったら下端。
履歴は三上が開く。
ひよりは紙を押さえた。
倉庫前の通路で、朔が腕を伸ばした。
「今は外へ行くのを絞ろう」
「線の方に人を行かせないように」
悠斗は頷いた。
倉庫前から校門側を見る。
午前の光が校門の内側に差していた。
《暫定:08:18》
校門の上の時計表示を見て、悠斗は目を戻した。
端末が、もう一度鳴った。
ピッ。
三上がすぐに校門へ向かった。
ひよりも一歩遅れて続く。
校門の内側。
三上が履歴を開いた。
表示は増えていた。
《要求:所在記録》
《要求:境界の所在記録》
《要求:代行記録》
《実行:権限不足》
三上は口を閉じたまま、指を止めた。
悠斗は画面を見て、視線を下へ落とした。
下端の帯はもう点かない。
ひよりが小さく言った。
「鳴る回数が増えてきてるね」
悠斗は頷いた。
「表示が増えてる」
校門の外で、金属が鳴った。
カン。
悠斗は門の向こうを見る。
やはり、誰もいなかった。




