第17話 境界線
倉庫前。
ひよりは余白の三行を指で押さえた。
・端末下部確認
・履歴確認
・代行処理の有無
「端末が鳴ったら、すぐに画面の下端を見よう」
「三上さんが端末履歴を開いて」
「わたしが紙に反映するね」
三上は鉛筆を持ったまま頷いた。
「わかりました」
「もし、新しい表示が増えたら、その場ですぐに言います」
朔は通路の横で腕を伸ばし、人の流れを止めていた。
「外出するなら二人一組で」
「外出の欄と、同行者の欄だけ書けばいいから」
「戻ったら校門で記録してから、倉庫前に来てくれ」
朔は言い終わって、紙を一度見た。
「線、また増えたな」
悠斗は朔を見た。
「紙は一枚のままで、線を一本足しただけだ」
「その一本が増えてるって話だ」
朔は笑って、すぐ前を向いた。
次の人に手のひらを向ける。
早瀬が走って戻ってきた。
「篠宮さん、校舎の中が変です!」
「踊り場の手前で、なぜか足が止まっています」
ひよりが顔を上げた。
「どこですか?」
「二年二組の前の廊下の先です!」
「そこから階段に入って上がろうとした生徒が、踊り場の手前で止まってます」
悠斗は早瀬を見た。
「けがは?」
「ないです」
「前に見えない壁があるみたいで」
「後ろから人が来て押されそうでした」
朔が通路の横から言った。
「見に行く」
「俺も行く、何かおかしい」
悠斗はひよりに目を向けた。
「ひよりは倉庫前で待機」
「受付は止めないで」
「わかった」
悠斗は三上に言った。
「三上さん、端末の音をよく聞いて」
「鳴ったらすぐに校門を見てほしい」
「はい」
校舎の廊下。
二年二組の前の廊下は静かだった。
扉は閉まっている。
窓の光が床に伸びていた。
廊下の先の階段に近づくと、生徒が踊り場の手前で止まっていた。
三人が横に並び、後ろの人も止まっている。
朔が腕を伸ばす。
「押すな」
「ここで止まってくれ」
悠斗は前へ出た。
踊り場の床に、細い線が一本出ていた。
白い表示線だった。
線は踊り場を横切り、階段の上へ続いていた。
生徒の一人が、線をまたごうとして足を出した。
ピッ。
遠くで端末が鳴った。
悠斗は顔を上げた。
「校門だ」
朔が生徒の肩を掴んで、線の手前へ戻した。
「踏むな」
「線の前に戻れ」
「なんだよ、これ……」
「今は動くな」
朔は短く言って、通路側に手のひらを向けた。
後ろの人を近づけない。
早瀬が廊下の端に立った。
「上の階に行けないんですか?」
「今は行けない」
悠斗は線を見たまま言った。
「線を踏んだ瞬間に端末が鳴った」
「昨日、端末に『拠点域』って出ただろ」
「今日は、その拠点域が線になって出てる」
早瀬は線を見て息を飲んだ。
「昨日の表示が、これに変わったんですね」
校門の内側。
ひよりと三上が先にいた。
端末の画面は消えかけている。
「端末を見て!」
ひよりが短く言った。
画面の下。
細い帯が一瞬だけ点いた。
《暫定:残り 0X:XX》
数字は薄れて消えた。
三上が息を吸う。
「履歴を開きます」
三角を押す。
表示が上から順に並んだ。
《所在記録を要する》
《実行:権限不足》
三上は指を止めた。
「表示は出ています」
「でも、押す場所が出ません」
悠斗は画面を覗いた。
「所在記録……」
「昨日は先生の件で出てたな」
「今日は線の向こう側を、場所として記録しろって意味か?」
ひよりが言った。
「でも『権限不足』って出てるよ」
「今のわたしたちじゃ、その手続きができないんだね」
三上が履歴を少し下へ送った。
下の方に、昨日見た行が残っていた。
《例外領域を検知:拠点域》
悠斗はその行を指で押さえた。
「昨日は言葉だけだったけど」
「今日は通れない線になった」
「拠点域の境界が、目で見える形になった」
朔が校門の端に立っていた。
踊り場の方を指で示す。
「線は一本だが、踏むと端末が鳴る」
「だから線を踏ませないしないと」
ひよりは頷いた。
「早瀬さんは、みんなに廊下の奥にこれ以上来ないように伝えてほしい
「わかりました」
早瀬は走った。
靴の音が廊下へ遠ざかった。
ひよりは下段に線を一本引いて、短い見出しを書いた。
通行不可の線。
三上は端末から目を離さなかった。
「次に鳴ったら、すぐに端末を見ます」
悠斗は校門の外を見た。
カン。
金属が触れたような音がした。
門の向こうには誰もいなかった。




