第16話 拠点域
倉庫前。
机の上の受付の紙は一枚だった。
ひよりは紙の上段を指で押さえた。
外出の欄。
同行者の欄。
戻りの欄。
下段は線で分かれていた。
先生確認・代行処理。
上の余白に、短い手順が足されていた。
・端末下部確認
・履歴確認
・代行処理の有無
三上は鉛筆を持ったまま、その三行を目でなぞった。
下段の端に時刻を書き足した。
朔は通路の横で腕を伸ばし、人の流れを止めていた。
「外出するなら二人一組だ」
「名前は外出の欄。同行者は隣の欄だ」
「戻ったら校門で記録してから、ここに来い」
朔は言い終わってから、ひよりの紙をちらりと見た。
「昨日より書く場所が増えてるな」
「また線を引いたのか?」
悠斗は朔を見た。
「紙は増やしてないぞ」
「線を一本足しただけだ」
「それ、増えたってことだろ」
朔は笑ってから、すぐに通路へ視線を戻した。
次の人に手を向けた。
早瀬が倉庫前に走って戻ってきた。
肩で息をしている。
ひとつ結びの髪が揺れた。
「篠宮さん、なにかすることありますか?」
ひよりは顔を上げた。
「戻った人がいたら、校門に行くように言ってください」
「二人が離れないように、並んだまま動くように声をかけてほしい」
「わかりました」
早瀬は踵を返した。
廊下の角で一度振り返り、手を上げてから走った。
校門の内側。
端末が短く鳴った。
ピッ。
悠斗は足を止めた。
画面の表示が消えかけていた。
「下を見て」
ひよりと三上が横に並んだ。
画面の下端。
細い帯が一瞬だけ点いた。
《暫定:残り 05:××》
数字はすぐ薄れて、次の瞬きで消えた。
三上が息を吸った。
「履歴を開きます」
悠斗は頷いた。
三上が履歴の三角を押した。
表示が上から順に並んだ。
《外出扱い解除》
《確認済》
悠斗は画面から目を離さなかった。
橘先生の件は「確認済」になっている。
だが、場所が出ていない。
ひよりが小さく言った。
「戻った、とは出てないね」
「所在が出てない」
三上が履歴を少し戻した。
行の下に短い注記が出ていた。
《所在記録:なし》
悠斗は喉を鳴らした。
「手続きは通った」
「でも、先生がどこにいるかは残ってない」
ひよりは眉を寄せた。
「先生は、今どこにいるの?」
悠斗は首を振った。
「この表示だけだと追えないな」
三上が履歴を下へ送った。
いちばん下に、新しい行が出た。
《例外領域を検知:拠点域》
ひよりはその一行を見て、目を瞬いた。
「拠点域……?」
朔が端末の横から覗いた。
「学校の中、って意味じゃないのか?」
悠斗は画面を指で押さえた。
「今まで、この言い方は出てない」
「学校じゃなくて、拠点として見られ始めた」
三上が小さく言った。
「履歴の行が増えています」
「昨日より、下に続いています」
ひよりは唇を閉じてから息を吐いた。
「端末の表示が増えたら、見落としが増えるから」
「今の手順で、毎回確認したいね」
悠斗は頷いて言った。
「端末が鳴ったら、下端を必ず確認すること」
「三上さんが履歴を開いて」
「ひよりが紙に反映して」
「はい」
三上は鉛筆を持ち直した。
「受付の紙に、この一行も書きますか?」
悠斗は首を振った。
「そのまま写さないでいい」
「紙には、意味が分かる言葉で書いて」
ひよりが頷いた。
「見出しだけにしよう」
「拠点域、という言葉が出た。そう書くね」
朔が息を吐いた。
「嫌な単語だな」
悠斗は朔を見た。
「止めるのは頼む」
「勝手に外へ出る人を作らないでほしい」
「わかってる」
朔は通路へ戻った。
腕を伸ばして、次の人を止めた。
校門の外で、金属が小さく鳴った。
カン。
悠斗は音の方へ目を向けた。
門の向こうには誰も見えなかった。
端末は沈黙していた。




