第15話 見落としていたもの
倉庫前。
三上が書き足した名前の横に、ひよりが小さく印を付けていた。
受付の紙は一枚。
上段が外出欄。
その下に「先生を見た場所」の欄。
朔が通路を空けて立っていた。
「外出するなら二人一組だ」
「戻ったら校門で記録してから倉庫前に来てくれ」
声はいつもの調子に戻っていた。
言い終わりに、わざと肩を回して見せる。
「さっきより流れいいな。俺が優秀だからか?」
悠斗は一瞬だけ朔を見た。
「止めるのに必死だったんだろ」
朔は口を曲げた。
「今までは笑わせる余裕もなかったからな」
「今日は違う」
そう言って、また通路を見た。
その時、校門側から小さな電子音が鳴った。
ピッ。
全員が一瞬だけ動きを止めた。
校門の内側。
端末の画面に、薄い灰色の文字が残っていた。
表示はすでに閉じかけている。
悠斗は画面に近づいた。
「……下、見ろ」
ひよりが横に立った。
画面の下端。
細い帯。
《暫定:残り 06:44》
その上に、履歴表示の小さな三角が光っていた。
帯の数字はすぐ薄れて、次の瞬きで消えた。
三上が口を開いた。
「履歴、開きますか?」
悠斗が頷いた。
履歴を開く。
一覧の中に、今朝の表示が残っていた。
《確認者不在時は代行記録を要する》
《未処理のまま更新を迎えた場合、対象は外出扱いへ移行》
悠斗は指を止めた。
「未処理……」
ひよりが紙を思い出すように言った。
「代行記録、誰もしてない」
橘先生がいなかった。
見た場所は書いた。
でも、端末での代行記録はしていない。
三上が画面を追った。
「対象、って……誰が対象ですか?」
悠斗は一番上の行を指でなぞった。
《対象:直前確認者》
ひよりが顔を上げた。
「直前……先生が最後に確認していた人?」
履歴をさらに戻す。
昨日の最終確認。
橘先生の名前が並んでいた。
悠斗の喉が鳴った。
「先生が、直前確認者だ」
朔が端末の横から覗いた。
「じゃあ代行記録をしてないまま更新条件に入った?」
画面の下で、残り時間が一つ減った。
《暫定:残り 06:43》
静かな数字の変化だった。
悠斗は唇を噛んだ。
「0になったから先生が消えたんじゃない」
「更新条件を処理しなかった」
「その結果、先生の記録だけが外出扱いに移行した」
ひよりがすぐに言った。
「でも貼り紙は出てないよね?」
「未帰還者じゃない。端末の扱いだけが外出扱いに寄ってる」
三上が指で履歴を指した。
「外出扱い、です」
「未帰還者ではありません」
朔が低く言った。
「貼り紙が出る前段階で、押し出されたってことか?」
悠斗は頷いた。
「先生は消えたわけじゃない」
「記録の枠から外れた」
ひよりがすぐに動いた。
「受付の紙、下に欄を足します」
「先生・代行記録処理済み欄を作ります」
悠斗が首を振った
「紙は増やさないで」
「同じ紙の中で分けてほしい」
「わかった」
ひよりは下段に線を一本引いた。
見出しを書く。
先生確認・代行処理。
三上がすぐ横に立った。
「橘先生、未処理と書きますか?」
「まだ未処理だ」
「でも今から処理する」
悠斗は端末に向き直った。
「代行記録、誰がやる?」
ひよりが手を上げた。
「わたし、やります」
朔が横から笑った。
「頼むぞ、受付主任」
ひよりは端末に触れた。
代行記録入力。
対象:橘先生。
確認者:篠宮ひより。
確定ボタン。
短い電子音が鳴った。
ピッ。
画面が一瞬だけ暗くなり、表示が切り替わった。
《外出扱い解除》
《確認済》
三上が息を吐いた。
「表示、戻りました」
悠斗は画面の下を見る。
《暫定:残り 06:42》
数字は確実に減っていた。
「次からは」
「端末の下もちゃんと見よう」
朔が肩をすくめた。
「忙しいと忘れるな」
「忘れたら、誰かの記録が外れるかもしれない」
ひよりが紙を押さえた。
「受付の一番上に、確認手順を書き足すね」
・端末下部確認
・履歴確認
・代行処理の有無
三上が小さく頷いた。
「欄は増えていません」
「線を引いただけです」
悠斗は倉庫前を見渡した。
流れは戻っている。
でも、端末は静かに減り続けている。
橘先生の名前は、履歴に戻った。
だが。
更新はまだ終わっていない。
校門の外で、強い風が吹いた。




