第10話 帰還手順
裏口の外。
フェンスの向こうに、男子が一人立っていた。
目が揺れていた。
顔色が悪かった。
「戻れない……」
「校門が……通れない……」
悠斗は距離を測った。
「落ち着け」
「名前を言えるか?」
男子の喉が動いた。
「……言えます」
「でも……校門が、急に通れなくなった」
ひよりが横から言った。声は小さかった。
「学年と組は?」
「二年二組で合ってる?」
「……二年二組です」
「朝、家に帰ろうとして……外に出たんですが......」
悠斗の頭に分類が落ちた。
記録改変。
悠斗は男子に言った。
「今は動くな」
「そこに立って、俺たちの声だけ聞いてくれ」
「こちらに戻す手順を作るから」
男子が小さく頷いた。
ひよりは悠斗に向き直った。
「倉庫に一旦戻ろう」
「男子一名『裏口で発見』したことを伝えて、連絡を回すね」
「わかった、頼む」
ひよりはポケットの端末を取り出し、画面を見て短く打った。
「早瀬さんに連絡」
「裏口で男子一名発見。校内に戻れない」
ひよりと悠斗は一旦、校舎へ戻った。
廊下では、朔が人を止めていた。
「集まるな。通路を空けろ」
「校門の方へ勝手に行くな」
悠斗が近づくと、朔が目だけ動かした。
「見つかったか?」
「裏口の外にいる」
「校門からこちらに戻れないって言ってる」
朔の表情が強張った。
「分かった。俺は引き続きここを押さえる」
「校門は人が集まるから止める。」
「頼む。ひよりが連絡を回してる間に。」
悠斗は倉庫前へ急いだ。
倉庫前。
机の上に紙が並んでいた。名簿、訂正の記録欄、未帰還者の受付。
ひよりは紙の端をそろえていた。
ほどなくして早瀬が急いで来た。息は上がっていた。
「篠宮さん!」
「裏口って、あそこですよね?」
「そう」
「今は校門に人が集まらないように、連絡だけ回して」
「はい……!」
早瀬は紙をすばやく読んだ。
「伝える内容、これでいいですか?」
「未帰還者が一名。裏口の外で発見。校門からこちらに戻れない」
「それでいいよ」
「余計な推測などはいらない」
早瀬は頷いて、すぐ離れた。
ひよりは紙に一行足した。
・発見場所=裏口(外)
・状態=本人あり/校門が通れない
倉庫端末が鳴った。
ピ。
白い表示が出た。
《外出扱いは記録を要する》
ひよりは端末を確認してから、紙に目を戻した。
「言い方が変わった」
「未確認でも、外出扱いにされる」
悠斗は頷いた。
ひよりは紙を一枚引き抜いた。
【帰還(受付)】
・名前(読み)
・発見場所
・確認した時刻
・確認者(二名)
「確認者は二人にする」
「私と悠斗。これで人数は揃うはず」
「行こう」
「校門に行って、貼り紙を読む」
ひよりは頷いた。二人は校門へ向かった。
校門の内側。
朔が前に立っていた。人が近くに寄るたび、短く散らしていた。
「近づくな」
「今は見るだけだ。勝手に張り紙に触るな」
校門の右の柱に、貼り紙が増えていた。
【未帰還者の帰還】
・帰還は確認係の立会いを要する
・帰還の記録を残す(時刻/確認者)
・帰還は校門端末で登録する
校門の脇に小さな端末があった。昨日はなかった。
悠斗の頭に言葉がよぎった。
規約改変。
ひよりが端末を見た。画面は白かった。
《帰還の登録》
項目が並んでいた。
・名前(読み)
・発見場所
・確認者
・時刻
ひよりが息を吐いて言った。
「項目は少ないね」
「この通りに入れればいいのかな?」
悠斗は言った。
「俺が裏口の本人に確認するから」
「ひよりはここで入力を始めて」
「分かった」
「確認者は私と悠斗で入れよう」
朔が言った。
「俺は校門を押さえるから」
「終わったらすぐ教えてくれ」
「分かった」
悠斗は裏口へ戻った。
裏口の外。
男子はまだ立っていた。足が小さく震えていた。
悠斗は呼びかけた。
「名前を教えてくれ」
「読みでいい」
「……はやと」
「……高瀬、はやと」
悠斗は繰り返した。
「高瀬。はやと」
「二年二組で合ってるな?」
「……合ってる」
「戻りたい。中に戻りたい」
「今からこちらに戻れるようにする」
「校門まで歩けるか?」
「歩ける……」
「走らなくていい」
「ゆっくりでいいから」
高瀬は頷いた。ふらついたが、前へ進んだ。
悠斗はひよりへ短く連絡を入れた。
「読み。たかせ・はやと」
「裏口外で本人確認。校門へ誘導」
ひよりからすぐ返ってきた。
「入力したよ」
「確認者は私と悠斗」
「今、登録するね」
校門の端末が鳴った。
ピ。
朔の声が飛んだ。
「今、光った。端末が動いたか?」
悠斗は高瀬を見た。校門まであと数歩だった。
高瀬が止まった。
「……ここ、なんか見えない壁みたいで……」
「今は止まって」
「端末が通すまで動かないで」
ひよりの声が校門の内側から届いた。
「高瀬くん、聞こえますか?」
「今から校門を通る合図が出たら、一歩だけ進んでください」
「……はい」
校門端末がもう一度鳴った。
ピ。
画面に短い文が出た。
《帰還の登録:受理》
朔がすぐに言った。
「今だ。通れ」
高瀬が一歩進んで肩が揺れた。
次の一歩で無事に校門の内側に入った。
高瀬が息を吐いて、膝から崩れ落ちそうになった。
ひよりが近づいて支えた。
「大丈夫?」
「座ってていいから。今は動かないでいいよ」
高瀬は小さく頷いた。
「……戻れた……」
「迷惑かけてごめんなさい...」
高瀬の謝罪の言葉を聴いてる途中に、悠斗の頭に別の言葉がさえぎった。
記録改変。
ひよりが紙を出して、帰還の受付に書き足した。
・帰還時刻=何時何分
・結果=校門通過(登録受理)
朔が周りに言った。
「見物するな」
「通路を空けろ」
人が一歩引いて道ができた。
早瀬が息を整えて戻ってきた。顔は赤かった。
「連絡を回しました」
「教室には『勝手に校門へ来ないように』って伝えました」
ひよりが頷いた。
「ありがとう」
「次も同じ形で頼むね」
「は、はい……!」
悠斗は高瀬を見た。でもまだ安心できなかった。
悠斗はひよりに言った。
「今の手順で一回通った」
「次は、同じことが別の場所で起きるかもしれない」
ひよりが頷いた。
「受付を一枚で回すようにして」
「帰還は『校門端末と紙の記録』で揃えるようにするよ」
朔が言った。
「俺はまた何かあったら廊下を押さえて」
「校門に来させないようにする」
悠斗は端末の画面を見た。残り時間の数字が減っていた。
悠斗はそっと目を離した。
未帰還者をこちら側に戻す手段は作れた。
次は、勝手に外へ出る人を止める形も作っておかないと。




