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第1話 改変された朝

 目覚ましが鳴った。

 いつもと同じ音だ。

 でも悠斗には遠く聞こえた。


 相羽悠斗は布団の中で天井を見た。

 白い。

 昨日と同じはずだ。

 それなのに妙にきれいすぎる。


「寝ぼけたかな」

 悠斗は小さく言った。


 スマホを取る。

 通知がゼロだった。

 ニュースもSNSも静かだ。

 サーバーが落ちたみたいに静かだ。


 悠斗は地図アプリを開いた。

 いつもの駅名を入れる。

 候補は出る。

 でもその上にあるはずの地域名が出ない。


「表示の不具合か」

 悠斗は言い聞かせた。

 胸の奥が少し冷える。


 カーテンを開ける。

 朝日が差し込む。

 まぶしい。

 外が静かだった。


 静かというより薄い。

 生活音が一枚抜けた感じがする。


 悠斗は着替えて家を出た。

 道路に車はいる。

 人もいる。

 でも少ない。

 少ないのに誰も騒いでいない。


 駅までの道が歩きやすい。

 悠斗はそれが嫌だった。


 ホームに着く。

 電光掲示板は動いている。

 行き先も出る。

 でも行き先の上にいつも出る文字がない。


 線路の向こうが少し遠く見えた。

 目の錯覚じゃない。

 距離がずれている。

 悠斗はそう感じた。


「混雑しないな」

 近くの高校生が笑って言った。

 笑える程度の異常。

 それが一番厄介だ。


 学校に着く。

 門は開いている。

 校舎も普通だ。

 でも校庭に人が少ない。


「おーい、悠斗」

 声を掛けてきたのは神崎朔だった。

 いつも通りの顔だ。

 いつも通りのテンションだ。


「今日さ。世界終わった?」

 朔が笑って言う。

「終わってたらもっと騒がしいだろ」

 悠斗が言った。

「じゃあみんなが寝坊しただけか」

「それなら助かるな」


 朔は悠斗の肩を軽く小突いた。

 軽い。

 軽くないとやっていけない。


「妙に少ないよな」

 朔が周りを見て言った。

「確かにそうだな」

 悠斗も頷く。

「俺さ。満員電車に揉まれてないと不安になるタイプなんだよ」

「それは病気だろ」

 悠斗が言うと朔は笑った。


 昇降口に入る。

 靴箱の横に掲示が増えていた。

 紙が多い。


「臨時連絡」

「注意事項」

「避難誘導」


「文化祭の準備より貼ってあるな」

 朔が口を尖らせた。

「笑えないやつだ」

 悠斗が言った。


 廊下の先で先生の声が響く。

 いつもより焦っている。


「体育館に集まれ。確認が必要だ」

 先生が言った。


 生徒が動く。

 悠斗も動く。


 体育館に入る。

 人が少ない。

 空席が目立つ。


 朔が小声で言った。


「これって休みが多いって感じじゃないよな」

「うん。最初から居なかったみたいだ」

 悠斗が言った。

「怖いこと言うな」

「でもそう見える」


 先生たちの打ち合わせが終わる前に別の問題が出た。


「水が出ないって」

「食堂も動かないらしい」


 ざわつきが広がる。

 体育館の隅に段ボールが積まれていた。

 災害備蓄だ。


「倉庫から出せばいい」

「鍵は誰が持ってる」

「担当の先生と連絡がつかない」


 悠斗と朔は倉庫へ向かった。

 倉庫前は小さな人だかりだ。

 扉は頑丈でカードリーダーが付いている。


 誰かがカードを当てる。

 画面は赤い。


《権限がありません》


 別の生徒も当てる。

 赤いままだ。


「壊すしかないだろ」

 男子が言った。

「待てよ。校内施設だぞ」

 別の生徒が止める。

「水がなきゃ倒れるぞ」


 空気が重くなる。

 悠斗はそれが嫌だった。


 扉の横に貼り紙があった。

 いつもあるやつだ。

 でも今日は行が多い。


 悠斗の視線が一行に吸い寄せられた。

 指先が勝手に近づく。

 触れる寸前で止まる。

 頭の奥に短い言葉が落ちた。


 規約改変。


 悠斗は息を止めた。

 心臓が一拍遅れて鳴った。


「昨日はここになかった」

 悠斗が言った。


「何が」

 朔が聞く。

「この一行だ」


 悠斗は貼り紙の真ん中を指した。

 やけに整った一文が書いてある。


「非常時の倉庫開放は保管係の承認を要する」


「保管係って誰だよ」

 朔が言った。

「聞いたことない」

「だから言ってる。昨日はなかった」


 朔が覗き込んで首をひねる。


「お前さ。昨日の貼り紙を覚えてたのか?」

「覚えてない。けど無いって分かる」

「意味分かんねえ」

「俺も分からない」


 その時。

 前に出てきたのは篠宮ひよりだった。

 学級委員だ。


「承認が必要なら承認する人を決めればいい」

 ひよりが言った。


「勝手に決めるのか」

 誰かが言う。

「勝手じゃない。今必要だから決める」

 ひよりが返す。


 ひよりは周りを見て言った。


「水と食料を配るだけ」

「それなら当番で回せる」

「揉めたら終わる」


 悠斗は一歩前に出た。


「この貼り紙は学校のルールになってる」

 悠斗が言った。

「じゃあルールを作る」


 朔が耳元で笑う。


「お前いま一番それっぽい」

「黙れ」

 悠斗が返す。


「保管係は私がやる」

 ひよりが言った。

「責任が重いぞ」

 先生が遅れて来て言った。

「重いのは分かってます」

「でも誰かがしないと回りません」


 ひよりは学生証を見せた。

 カードキー対応だ。


「これで通します」

 ひよりが言った。


 ひよりがカードリーダーに当てる。

 赤いままだ。


《保管係:未登録》


 悠斗は画面を見て言った。


「登録が必要だ」


「どこに登録するのこれ」

 ひよりが聞く。

「分からない。でも仕組みがあるそうだ」

 悠斗が言った。


 朔が腕を組む。


「こういう時の台帳って職員室にあるよな」

「あるぞ」

 先生が言った。


「行きましょう」

 ひよりが言った。


 職員室へ向かう。

 廊下は静かだ。

 人が少ないだけだ。


 職員室の棚に災害対応のファイルがあった。

 古いタブレット端末もある。

 「備蓄管理」とシールが貼ってある。


 ひよりが電源を入れる。

 起動する。

 画面上部に見慣れない表示が出た。


《承認手順:有効》


「やっぱり用意されてる」

 ひよりが言った。


 メニューに「係の登録」がある。

 ひよりが入力する。

 名前。

 学籍番号。

 登録。


 確認画面が出た。


《保管係を承認しますか》


 ひよりは周りを見た。


「水と食料を配るためです」

 ひよりが言う。


「賛成」

 朔が手を上げた。

「俺は腹減って死ぬ」

「死ぬな」

 先生が言った。


 ひよりが押した。


《承認されました》


 倉庫に戻る。

 ひよりがカードを当てる。


 今度は緑だ。


《権限:保管係(暫定)》


 短い電子音が鳴る。

 鍵が外れる。

 扉が少し開いた。


 歓声が上がった。

 拍手も混ざる。


「走らないでください」

 ひよりがすぐ言った。

「列を作って」

「配布は二人一組で」


 落ち着いた声が場を動かした。


 朔が悠斗に小声で言う。


「お前の言ってたやつ。当たってたな」

「当たっただけだ」

 悠斗が言った。


 悠斗は倉庫端末を見る。

 画面の下に小さな文字が出た。


《暫定:59:58》


 カウントが始まっていた。

 悠斗は息を吐いた。

 今日は長くなる、そう感じた。

読んでいただきありがとうございます。

初日は第3話まで投稿します。

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