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黄泉帰りの妃  作者: オレンジ方解石


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 不幸中の幸いだったのは、一介の田舎娘といえど、ルディにも弁明の機会が与えられたことだった。

 ロアーの町のジェラルディンは必死に、はっきりと、自分はルディ(ルドルフ殿下)に婚約者がいることを、彼の身分を教えられていなかったことを、国王たちに訴える。

 国王も王妃も大臣たちも、パトリシア嬢やフェザーストン公爵もみな、彼女の話に耳をかたむけた。


「わたしはルディ――――ルドルフ殿下に婚約者がいることを知りませんでした。王宮にきて、はじめて知ったのです。知っていれば、ついて行こうとは思いませんでした」


「王太子とフェザーストン嬢の婚約は、十年近く前に決定している。それを知らなかったと?」


 国王直々の問いに、田舎娘は懸命に弁解する。


「田舎に、王家の詳しい情報など届きません。まして十年前に婚約が発表されたなら、わたしは五、六歳です。わざわざ大人が教えたりはしません。わたしが殿下について知っていたのは、王都の王宮で暮らしておられる若い方、その程度です。殿下はわたしになにも教えてくださいませんでしたし、わたしも訊きませんでした。ただ、近くの街から用があってロアーに来た、それだけです」


「相手の身分を訊かなかったと? 報告では、ルドルフは十日間以上、毎日のようにそなたの勤める花屋に通っていたそうだが?」


「殿下がロアーの町の人間でないことは、すぐにわかりました。ロアーは小さな町ですから、住人の大半が顔見知りです。わたしが知らない人でも、近所の誰かが知っています。わたしも花屋の女将さんも、殿下の身なりや言葉遣いから、良家の子息とわかっていました。だから深入りする気はありませんでした。遠からずロアーを出て行くと、わかっていましたから」


「ふむ…………」


 国王が唸れば、パトリシア嬢の父親フェザーストン公爵がずい、と身を乗り出す。


「だが良家の子息と察してはいたのだろう? であれば、誘惑しようという気持ちはあったのではないか? 王太子とは思わずとも、玉の輿に乗る気はあったのではないか!?」


 指を突きつけて問うてきた公爵に、ルディはむっとしながらもきっちり反論する。


「わたしは、結婚する気はありません。我が家は父が亡くなり、兄弟姉妹もおらず、母とわたしの二人きりです。母は去年から病床についています。結婚したら、母を置いて家を出なければなりません。だから母が回復するまでは、結婚するつもりはありませんでした。それは王太子殿下と知る前のルディに対しても同じです。ただルディ、いえ、ルドルフ殿下は…………」


「殿下は?」


「自分と王都にくるなら、わたしの母は自分の母も同然だから、治療についてできる限りのことをする、と。王宮から医師を呼んで、必要なお金もすべて出してくれると、約束してくださいました。だからわたしは…………」


 疑うことを知らぬ世間知らずな田舎娘そのものの主張に、国王はため息をついて大臣たちも肩をおとし、王妃は扇子で口元を隠して視線を伏せる。

「殿下…………」とパトリシア嬢が呟いて、さすがにルドルフも居心地悪そうな反応を見せた。


「つまりそなたは王太子の身分を知らず、パトリシア嬢との婚約も知らず、ただ母親の治療を目的に、王太子との結婚を受け容れた。そう言うのだな? ロアーの町のジェラルディンよ」


 国王の確認に、ジェラルディンは「はい」と、しっかりとうなずく。


「王太子に対する愛はなかったと?」


「愛…………ですか?」


 少女は困ってしまった。

 愛の意味はわかっているつもりだけれど、それをルドルフ殿下や、名家の坊ちゃんのルディに感じていたかと問われると、自信はない。

 好きか嫌いかでいえばたしかに「好き」だけれど、そもそもなにをもって「これが愛だ」と確信するのだろう。

 困り果てた様子の田舎娘の初々しい反応に、国王は再度ため息をついて息子を見る。


「ルドルフ。いや、王太子。この娘の説明に偽りや訂正はないか? ないのであれば、そなたはこの娘に対し、かなり不誠実なことをしたことになるぞ?」


 するとルドルフは前に出て、堂々と釈明した。


「その件については、私の不手際を認めます。けれど、悪意をもってそうしたわけでないことは、認めていただきたい。私が身分を隠したのは、ひとえにジェラルディンに惹かれてしまったが故のこと。身分を明かせば、平民の彼女は離れていくかもしれない。ましてパトリシア嬢の存在を明かせば、ジェラルディンは王都に来ることもなかったでしょう。私はそれがなにより恐ろしかった。すべては、ただ彼女を失いたくなかったが故の選択です」


 王太子の説明に、大臣たちはそろって天を仰ぐ。

 王太子の心情は理解できるが、それで本当に重要な事実を隠した結果、肝心の愛する少女が深刻な被害を被ってしまっている以上、ルドルフの選択は軽率だったと言わざるをえない。


「王都に連れて来さえすれば、どうにでもなると思ったのか? ルドルフよ。そなたのその安直な選択が、結果としてその娘の名誉を傷つけてしまっていると、理解しておるのか?」


「わかっています!」


 ルドルフは力強く断言する。


「私はジェラルディンに卑怯な隠し事をした。本来なら真っ先に明かさねばならぬ事実を、ぎりぎりまで明かしませんでした。ジェラルディンの驚きと動揺はいかばかりか。この件については、非は全面的に私にあります。だからこそ正式に妃に迎えることで、この関係が戯れでないこと、彼女への想いがいい加減なものでないことを、ジェラルディンにも世間にも証明したいのです!!」


 王太子の曇りなき眼に、国の中枢はそろって複雑な表情を浮かべる。

 成り行きを見守っていた田舎娘のルディも、肝が冷えっぱなしだった。

 今となっては、とにかく故郷に帰りたい。王太子殿下の妃なんて絶対に無理だ。

 実際に王宮に来てその壮麗さを目の当たりにし、殿下の正式な婚約者だという令嬢も見て、ルディは自分の考えの浅はかさを思い知らされている。

 こんなに贅沢な建物で、こんなに立派な人たちに囲まれて暮らすなんて、絶対に無理だ。まして王太子の妃となれば、彼らに命令する立場でもある。ただの田舎娘に務まるはずがない。

 だいいち、パトリシア嬢の美しさときたら!

『人形のような』というが、フェザーストン嬢は人形以上に端麗で、気品と威厳も備えている。

 どう見ても、あちらのほうが王妃にふさわしい。

 けれど肝心の王太子がそれを認めない。


「私はジェラルディンを愛しているのです! パトリシア嬢とは、結婚できない!! 婚約破棄をお認めください、父上! いえ、陛下!!」


 王太子の主張に、田舎娘のほうが目眩を覚えた。

 ルディは必死でルドルフに訴える。


「ねぇルディ、じゃない、ルドルフ殿下。お願いです、わたし、ロアーの町に帰ります。殿下がそこまで強くわたしを想ってくれた、それだけで充分です。どうかわたしのことは忘れて、公爵令嬢と結婚してください。このままでは、殿下の立場まで悪くなってしまいます」


 大臣たちの中にもちらほら、田舎の町娘に同情の視線をむける者が出てきた。ここまで話を聞く限り、彼女はむしろなにも知らないまま巻き込まれた被害者だ。

 正体不明の田舎娘を不審と疑惑のまなざしで見ていた国王夫妻も、今は息子の熱弁に頭痛をこらえる表情を浮かべている。

 数日間にわたる会議の末、けっきょくロアーの町のジェラルディンは、ひとまず王宮に留まり、淑女教育を受けることになった。今後の行く末は結果次第、ということである。

 国王オーガスティン二世の体調不良がぶりかえしたため、王太子の意向をあまり無視することができなくなった、というのがその一因だった。

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