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さらに半月後。
ロディア王宮では久々に大規模な舞踏会が開かれ、ロディア国王夫妻に王太子夫妻、さらにはヴラスタリ皇子との内通を疑われていたフェザーストン公爵と、その原因となった令嬢パトリシア・フェザーストン嬢もそろって出席した。
これにより「フェザーストン公爵父娘は潔白であり、それを国王が認めた」と、貴族たちに表明する意味を持っているのだ。
とはいえ、パトリシアに対する貴婦人たちの風当たりは弱くはない。
挙式こそ済ませていなかったものの、一時的にでもあのような皇子と睦まじく寄り添っていた事実は、彼女の名誉を確実にむしばんでいた。
その証拠に、舞踏会がはじまり、慣習どおり国王夫妻と王太子夫妻が踊り終えて、客が自由に踊れる時間になっても、パトリシアにはダンスの誘いがこない。
ヴラスタリ皇国に行く前は、黙っていても誘いの列ができていた彼女に、今は誰もが疑いのまなざしを向けて、それ以上に「厄介事に巻き込まれたくない」と遠巻きにしている。
「大丈夫ですか? パトリシアさま」
ルドルフと二曲、踊ったジェラルディンが、壁の花となっているパトリシアに声をかける。ルドルフも一緒だ。
「大丈夫よ。ルディンこそ、ずいぶんダンスが上達したのね」
にっこり笑ったパトリシアは、金と銀の糸で刺繍した黒のドレスを着ている。銀の髪に飾っているのは紫水晶、それから黒瑪瑙や黒玉。
ジェラルディンは黒と金の糸で刺繍した銀のドレスを着て、黒髪には白真珠や柘榴石を飾っている。
ドレスはそれぞれの体型や雰囲気を引き立てるデザインでありつつも、刺繍の模様やレースの使い方には明らかな共通点があり、髪飾りのデザインも同様で、つまりはさり気ない『おそろい』となっており、これは、
「いくらヴラスタリ皇子に操られていた被害者とはいえ、元婚約者が戻ってこられたのでは、レイラ王太子妃殿下も不愉快に違いありませんわ」
という、二人の不仲を勘繰る周囲への無言の反論でもある。
ルドルフも努めてジェラルディンにもパトリシアにも友好的な態度を心掛けているが、彼自身もブラントにしてやられた立場なので、今一つ効果が薄い。
文武両道、品行方正と謳われていた王太子は、現在は「ちょっと頼りない王子」という評価が定着しはじめている。
「いたしかたないことだ。辛抱強く努力を重ねて、父上や周囲の信頼をとり戻していく他ない」
そう笑ったルドルフの横顔には、これまでになかった、ひきしまった大人の雰囲気が加わり、彼自身も今回の件で色々覚悟を決めたことが察せられる。
「それにしても面倒です。誰が誰と踊ったか、踊らなかったかで、いちいち人間関係を推し量るなんて」
ジェラルディンが思わず愚痴れば、パトリシアも「そうね」と同意する。
「今思えば、本当に些細なことで時間を浪費していたと思うわ。国外に出たら、それだけで世界は広いと実感できたのに、こんな小さなせまい場所で一喜一憂していたなんて」
ジェラルディンはパトリシアを気遣う。
「わたしたちの仲をあれこれ怪しんでいるようですし。パトリシアさまも、ルドルフ殿下と踊られますか?」
「いい案だけれど、それをしたら、私が殿下の寵姫の座を狙っていると言い出す人がいるでしょうね」
「では、いっそわたしと踊りますか?」
ジェラルディンは軽口を叩いたが、パトリシアは意外にも数秒間、真剣に考える。
「…………いいかもしれないわ」
「え?」
「私たちが険悪だと疑っている人たちには、いい反論でしょう。ルドルフ殿下は置いて、私たちだけで踊りましょうか」
「おいおい」
ルドルフは困ったように笑い、ジェラルディンもまばたきした。
「いいのですか? 国王陛下主催の舞踏会で、そのような…………」
パトリシアは笑った。
「私は今まで、他人の顔色をうかがってばかりだったわ。他人が私をどう評価しているか、王太子妃にふさわしく行動できているか。それだけが私の基準だったの。なにが王太子妃らしいのか、殿下がどのような妃を求めておられるのか、なにも知らない、知ろうともしていなかったくせにね」
「パティ…………」
「だから今度は、逆に周囲を驚かすのもいいかと思って」
パトリシアはすっきりした清々しい笑顔を見せ、ジェラルディンもつられて口角があがる。
大広間の中央に、少女二人が手をとり合って進み出た。
男女で踊る招待客たちは、不思議そうなまなざしで彼女らを見やる。
次の音楽がはじまり、王太子妃レイラとフェザーストン公爵令嬢パトリシアが踊り出した。
銀と黒のドレスがひらひら舞う。
貴族たちは目を丸くしたし、置いて行かれた格好となったルドルフも肩をすくめる。
女同士で…………と、眉をひそめる者もいた。
けれどジェラルディンとパトリシアは気にせず、踊りつづける。
舞踏会は盛況のまま終わりを迎え、ロディア王宮ではその後しばらく、少女同士で踊るのが流行した。
ある時代、ロディア王国には一人の王太子がいた。
王太子は文武両道で品行方正、妃になる姫も月女神にたとえられるほど優れて美しく、ロディア中の誰もが、この二人が立派な国王と王妃になって、ロディアを繫栄に導くことを疑わなかった。
しかし、姫に横恋慕した邪な隣国の皇子が、悪魔と取引して恋の神の矢を盗み出し、王太子と姫を射る。
矢の力により、王太子は姫を嫌い、姫も悪しき皇子を愛するようになってしまった。
あわや、引き裂かれるかに思われた高貴な恋人たちだったが、ある女神が聖なる乙女を王太子のもとへ遣わす。
乙女は女神から授かった手袋、蛇、水仙の三つの加護を用いて王太子と姫に刺さっていた矢を抜き、二人の不和が隣国の皇子の汚れた欲望と陰謀によるものであった事実を暴いて、王太子と姫の潔白と誠心を証明する。
悪事を暴露された皇子は逃げ出し、隣国に戻る途中で、愚かな契約の代償として悪魔に地の底へ連れ去られる。
王太子と姫はふたたび愛をとり戻し、今度こそゆらがぬ愛と信頼で結ばれて、後世にも語られる良き王と王妃になった。
そして役目を終えた聖なる乙女は女神のもとへ帰り、王と王妃は毎年の祭りで、乙女への感謝の祈りと供物を欠かさなかったという――――
ロディア王国に伝わる伝承である。




