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黄泉帰りの妃  作者: オレンジ方解石


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33/35

33

「ヴラスタリ皇国の皇子がロディア王太子の婚約者に横恋慕し、悪辣な手口を用いて奪った」


 という噂は、またたく間にロディア王国中に広まった。


「ブラント皇子を捕らえろ!」


 で、ロディア貴族の意見は一致していたし、


「奴はロディア王家に泥を塗った! ヴラスタリ皇国と開戦だ!!」


 と、過激な主張をする者までいる。

 ロディア国王オーガスティン二世はまず事の次第を親書にしたため、ヴラスタリ大使も同行させて、ヴラスタリ皇国に送った。

 ヴラスタリ皇国からは、


「ヴラスタリ皇太子暗殺計画の首謀者ブラントは、ヴラスタリ皇国の国境付近で消息不明」


 という報告が届き、ヴラスタリ皇帝からは、


「ロディア王国における今回の件は、すべてブラントの独断であり、他のヴラスタリ皇国人はいっさい関与していなかった」


「しかしながら皇帝はブラントの父親であり、息子の動向を把握していなかった父親の不手際ではある」


 という理由から、まとまった賠償をうけとることで決着がつきそうだという。

 特に入念に事情聴取をうけていたニナ・ノールズとテオドールも、主人二人の口添えと当人たちのこれまでの実績、それからブラントに権力を盾に脅されていた部分もある、という理由から、処分はまぬがれなかったものの命は助かり、国外への永久追放で落ち着きそうだった。

 ジェラルディンはというと、『レイラ妃殿下聖女説』がますます盛りあがり、毎日謁見の申し込みや大量の贈り物が殺到して、さばく女官たちが大忙しだ。

 一方で、別の事柄を案ずる者たちもいる。


「でも、ルドルフ殿下はお心を操られていたのでしょう? それなら、レイラ妃殿下とのご関係はどうなるのかしら。ルドルフ殿下があれほど強くレイラ妃殿下を望まれたのは、恋の神の矢の力だったのなら、その矢が抜かれてしまった今は…………」


 心配そうに語る女性たちに対して、男性陣は楽観的だ。


「なに。愛のない結婚など、王族にはよくあること。経緯はどうあれ、ルドルフ殿下は神聖な奇跡の妃を娶られた、その事実はゆるぎない」


 そう、一致している。

 ジェラルディンも安心にはほど遠い。

 ルドルフの変心が本心でないことは証明できた。

 けれど、彼との離婚がすんなり進むかは確証がないし、むしろ事態は逆方向に進んでいる気がしてならない。

 それに離婚できたとしても、その後の身分はどうなるのか、どう生活していくのか。

 現在の養父であるフェザーストン公爵にひきとられるのか、神殿にでも入れられるのか。

 捜索がつづいているブラントの行方も気になるところだ。

 一方で、進展した部分もあった。


「本当に申し訳なかったわ。ずっとあなたに謝りたかったの、レイラ嬢」


 王太子妃の応接室で。

 長椅子に座ったパトリシア・フェザーストン嬢は、侍女が淹れた紅茶にも手をつけず、そう切り出した。

 ジェラルディンはなにがなんだか、わからない。


「ヴラスタリ皇国に行く前。この王宮で、あなたが令嬢たちから冷たい態度をとられているのを察しながら、私はなにもしなかった」


「ああ…………」と、ジェラルディンは得心がいく。


「あれは、まあ…………いたしかたないです。生まれた時から貴族の令嬢として育った方々から見れば、わたしはいかにも、王太子殿下にとりいった怪しい女だったでしょうし…………みなさまが不審がるのも当然です。まして殿下には、れっきとした婚約者がおられたのですから」


 とはいえ、無視されたり嘲笑されたりしたことは許せないし、許さないが。


「いいえ」


 パトリシアはきっぱりと言った。


「あれは私の責任です。ヴラスタリ皇国に行って、はじめて理解したのです。自分がどれほど傲慢で思いあがった世間知らずだったか。そして、それを自覚していなかったのか」


 首をかしげるジェラルディンに、パトリシアは静かに説明していく。

 いわく、黄金の矢の効力により、ブラントへの強力な恋心に支配されてヴラスタリ皇国へ同行したパトリシアだが、そこでの生活は順調なものではなかった。

 なんの予告もなしに突然、皇子が連れ帰った女を、ヴラスタリ皇家も貴族たちも、一様に驚き怪しんだ。パトリシアは皇宮中の好奇と不審のまなざしにさらされ、


「ロディアのような伝統あるお国の、仮にも公爵令嬢が、急な求婚を真に受けて皇国までついて来られるなんて…………なんて素直で純粋で一途な方」


 と、笑われることも少なくなかったという。

「社交界で王族の言葉を額面どおりに受けとるのは危険なのに、浅慮で軽率な人」という意味だ。伝統云々も、ロディアより長い歴史を誇る皇国人定番の、嫌味にすぎない。


「…………当然のことです。王族の結婚というものは、その時々の政情や政局を考慮しつつ、国王や大臣たちが厳選に厳選を重ねて、ようやく決定するもの。結婚する当事者とはいえ、皇子がなんの根回しもなく『この女性と結婚する』と連れ帰ったところで、歓迎されるはずはないのです。それはレイラ嬢の件で、よく理解していたはずなのに…………」


 ルドルフ王太子がジェラルディンを連れ帰った時、ロディア王宮やパトリシアは突然現れた田舎娘を怪しみ、危険視した。

 ヴラスタリ皇宮で、パトリシアはまさに同じ視線をむけられたのだ。


「第二とはいえ、皇国の皇子ともなれば、妃になりたい娘は大勢います。その彼女たちの前に、前触れなく、得体の知れぬ新参者が皇子の婚約者を名乗って現れれば、どうなるか…………」


「ですが、教育をうけていなかった平民のわたしと違って、フェザーストン嬢は生まれながらの上流貴族で、幼い頃から王太子妃教育もうけておられたはず。ヴラスタリ皇宮でも、すぐにまわりの方々に認められたのでは…………」


 パトリシアは首を左右にふった。


「…………最初は、私もそう思っていました。ヴラスタリ皇帝陛下やその他の方々には、急なことで申し訳ないけれど、私なら、すぐにブラント殿下の妃にふさわしいと認められるはず。いえ、認めさせてみせる、と…………でも、国が違えば文化も違うのです」


 最初、パトリシアはブラントの客として皇宮に滞在を許された。

 そしてブラントのエスコートで、いくつかの非公式の宴や夜会に出席して顔を売っていき――――壁にぶつかった。


「ロディアでの王太子妃教育で、私はヴラスタリ皇国の作法や慣習を学んだつもりでした。ですが、それはあくまで『つもり』…………本格的にヴラスタリ皇国に嫁ぐことを前提とした教育ではありません。実際に向こうで暮らすとすぐに、習った知識と実際の作法や知識には違いがあること、習ってすらいない作法や常識があったことに気づかされました。私は、知らずに何度も無作法をさらして失敗して、そのたびに物笑いの種になって…………」


 パトリシアが声をふるわせ、うつむく。

 ジェラルディンも胸が痛くなった。

 王宮に来てから数えきれぬほど味わった痛みや悲しみ、屈辱がよみがえる。

「この髪も」と、パトリシアは自身の長い美しい銀髪をなでる。


「ロディアにいた頃、誰からも『珍しい』と褒めたたえられたこの髪は、私のひそかな自慢でした。けれど、この髪色も皇国では珍しいものではなく…………『あの程度の御面相なら、探せばいくらでも見つかる』と、陰で嘲笑されて…………」


「そんな」


 輝くような銀の髪から『ロディアの月女神』と讃えられていた公爵令嬢。

 けれどそう言われれば、あのブラントも髪は見事な銀色だったし、ヴラスタリ人のルーク先生も銀色の手前、灰色の髪だった。

 では本当に、この美しい髪もヴラスタリでは価値をもたない色なのか。


「でも、ですがブラント皇子は? 皇子は助けてくれたのでは? フェザーストン嬢を庇うとか、ヴラスタリ皇国の作法を教えてくれる教師を手配するとか」


 パトリシアは再度、首をふる。


「あの方は、何もしてくださいませんでした。ドレスや宝石は贈ってくださいましたが、『パトリシアなら大丈夫』『パトリシアならやれるはずだ』『君はこの世界の中心、主人公なのだから』と、くりかえすばかりで…………矢が刺さっていた頃は、そんな言葉も励みになりましたが、矢がのぞかれた今となっては、なにを言っているのか、としか思えませんわ」


「…………っ」


「それに、皇宮に来てはじめて知ったのですが…………あの男には、もう婚約者同然の姫がいました。隣国の王女です」


「え!?」


 ジェラルディンは耳を疑った。


「ヴラスタリ皇帝陛下や重臣たちが選んだのは、その王女殿下です。すでにヴラスタリ皇宮にお住まいになられて、数週間後には婚約式、来年には結婚式、という状態でした。その王女からすれば、突然現れた見知らぬ異国の公爵令嬢など、盗人も同然だったのですわ」


「そんな…………」


 仮にも一国の公爵令嬢が盗人と同じ扱いをうけることなど、あるだろうか。

 けれど相手の女性も高位。むしろ身分はあちらが上。

 なにより王女はヴラスタリ皇帝や大臣たちが味方についていた。

 その状態で、パトリシア側は作法や常識が身についていない、知識が足りないと明らかになれば。


「…………っ」


 数ヶ月前を思い出し、ジェラルディンの背筋に悪寒が走る。

 ぽつり、とパトリシアもこぼした。


「本当にごめんなさい」


 お茶会用ドレスの裾をにぎりしめた手の甲に、ぽたり、と滴が落ちる。


「ヴラスタリ皇宮で暮らして…………初めて気づきました。自分が完璧などではない、足りないところだらけだという事実に。『月女神』だの『完璧な姫君』だのと、ロディアでもてはやされ、調子に乗っていたのです。私の知識や作法は、ロディア王宮でしか通用しないもの。私はせまい世界で、頂点に立ったと思い込んでいただけでした。幼い頃から共にいた友人(ニナ)の苦しみにも気づかず、あなたの苦しみも理解していなかったのに」


「…………」


「あなたのことは、ただルドルフ殿下を篭絡した怪しい女、危険な女と…………あなたが周囲の令嬢たちから冷遇されていると察しながら、なにもしませんでした。本当にごめんなさい。あなたが王宮で、どれほど心細い思いで過ごしていたか。ヴラスタリ皇宮で、初めて思い知ったのです。あなたが作法を知らないのも、当然のことだったのに――――私はそれを、ただのあなたの勉強不足、努力不足と思い込んで、あなたがどれほど必死に学ぼうとしていたか、想像すらしなかった――――」


 ヴラスタリ皇宮で、パトリシアも同じ経験をした。

 昨日までロディアで暮らしていた彼女が、ヴラスタリ皇宮のしきたりを知らないのは、当然のこと。けれどヴラスタリ貴族、特にブラント皇子を狙っていた令嬢たちは、パトリシアが失敗するたび、それがどれほど些細な内容でも執拗に責めて嘲笑った。

 それがどれほど悔しく惨めで、つらいことだったか――――

 ヴラスタリ皇宮で、パトリシアは初めて理解した。

 自分がこれまでロディア王宮で褒めたたえられ、大勢にかこまれ丁重に扱われてきたのは、彼女が優れた令嬢だったからではない。

 パトリシアはロディア貴族の中でも特に名門の娘であり、なんといっても王太子の婚約者で、将来の王太子妃だった。

 周囲はその肩書にかしずいていただけだったのだ。

 パトリシア自身を認めていたわけではない。

 その事実を悟り、パトリシアは生まれて初めて己の無知や無力さを自覚させられた。

 そしてそれらはパトリシアより少し早く、パトリシアから婚約者を奪った、あの平民の娘が味わっていたはずの感情だった。

 ヴラスタリ皇宮にいた頃のパトリシアはブラントに恋していたため、ルドルフを奪ったジェラルディンに対し、嫉妬の念を排除した状態で彼女のことを考えることができたのだ。


「本当にごめんなさい。いまさらですが、あなたにせめて一言、謝っておきたかったのです。あなたを助けようとしなかったこと、今は本当に後悔しています。ごめんなさい」


 真珠のような滴をいく粒もこぼすパトリシアに、ジェラルディンも怒る気は失せている。


「あの時、フェザーストン嬢が怒ったのは当然です。ご自分の婚約者が、どこの誰とも知れぬ女に奪われたのです。怒らないほうが不思議です。それだけルドルフ殿下を慕っておられた証拠です」


 ジェラルディンを嘲笑してきた令嬢や貴婦人たちを、今でも好きになれない、許せない気持ちはある。

 ただもう、目の前のフェザーストン嬢を責める気持ちは失せていた。


「ずっと慕っていた婚約者を奪われたら、誰だって怒ります。怒って嫉妬して…………悲しむのが当然です。本当に悪いのは、矢の力などを借りて、フェザーストン嬢やルドルフ殿下の気持ちを操った、ブラント皇子です」


「レイラ嬢…………」


「それに…………わたしはやっぱり、フェザーストン嬢だけが悪いとは思えません。なんというか…………今でも思うのです。神の道具が関わっていたのです、ルディがわたしに恋したのは、ルディ自身にもどうにもならなかったこととはいえ、もう少しやりようがあったのではないか、と。あの頃、ルディがもう少し、わたしの話を聞いてくれたら。もっと違う未来になっていたのではないか、と…………」


 これまでのルドルフとのあれこれを思い出し、ジェラルディンは疲れたように笑う。


「わたし、ルディにフェザーストン嬢のような婚約者がいることすら、教えられていませんでした。最初にそれを知っていれば、ルディになにを言われても、絶対に王宮には来なかったと思うのに…………」


「レイラ嬢」


「わたし…………わたしもフェザーストン嬢も、殿方の気持ちとか思惑にふりまわされた、と思いませんか? わたしたちも、あのニナという方も、みんな…………」


 天井を見上げ、想像する。


「ブラント皇子が、フェザーストン嬢に横恋慕しなければ。ルドルフ殿下に、矢が刺さらなければ。あるいは、わたしたちは今頃、もっと平穏な日々を…………」


 それは何度か考えた事柄。

 そして今ようやく、口に出せた事柄。


「…………そうかもしれませんわ」


 パトリシアもなにかに気づいたように同意する。

 二人、顔を見合わせ、そろって疲れたように笑うように、大きく息を吐き出した。

 肩の力が抜け、これまでの鬱屈すべてを吹き飛ばすような、明るい大きな笑い声があがる。

 別室に下がらせた侍女が不審がって、応接室をのぞきに来た。

 ジェラルディンは「大丈夫、気にしないで」と侍女を下がらせる。

 ひとしきり笑い合うと、すっきりした。

 かるくなった気持ちのままに、ジェラルディンはパトリシアに本心を吐露する。


「この先どうなるか、まだはっきりしませんけれど。わたしは殿下との離婚を決めています。矢が抜けた以上、殿下が恋しておられるのはわたしではありませんし、わたしたちは、その、白い結婚です。神殿に願い出れば、離婚が認められる可能性は高いはずです。問題は、国王陛下たちのお考えですけれど…………わたしに与えられていた加護は使いきりました。これ以上、奇跡を起こすことはできません。陛下たちから見て、有益な存在ではなくなったと思います」


「――――あなたは、それでいいのですか? その、ルドルフ殿下を…………お慕いする気持ちが…………」


 ジェラルディンは首を左右にふった。


「近くの街に住む、良い家のお坊ちゃんと思っていた『ルディ』なら――――そういう未来もあったのかもしれません。ですが『王太子のルドルフ殿下』には、もう、そういう未来はありません」


 そういう未来を描くには、ジェラルディンはルドルフにふりまわされすぎた。


「そう…………」


 パトリシアはわずかにうつむいて黙り込み、応接室にはしばし、静かな時間が流れた。

 茶菓子をつまむと、先ほどまで感じなかった甘みを、自分の舌が楽しんでいることにジェラルディンは気がつく。


「レイラ嬢…………一つ、いいかしら?」


 パトリシアが真っ向からジェラルディンを見る。

 その真面目な様子に、ジェラルディンも背筋を正す。


「よかったら…………これからは『パトリシア』と呼んでもらえないかしら?」


「え」


「その。いまさらだけれど。私の父はあなたと養子縁組をして、父娘となったわ。だったら、私とあなたも姉妹でしょう? 姉妹で『フェザーストン嬢』はおかしいと思うの」


 もじもじと、パトリシアの視線があちこちをさ迷う。


「私、年の離れた兄が一人、いるだけで。兄はずっと領地で父の代理をしていて、私は王太子妃教育をうけるため、幼い頃から父と王都で暮らしてきたから。感覚としては、一人っ子のようなものだったの。だからお姉さまか妹がいれば、ドレスや物語の話をしたり、一緒に歌劇(オペラ)を観に行けたりして楽しいのに、と思っていたわ。あなたが、そういうことが好きかはわからないけれど、もし、あなたが嫌でなければ、あ、いえ、姉妹が無理ならお友達でも…………いえ、あなたを助けなかった女がなにを図々しい、と思うでしょうけれど…………」


 ジェラルディンは地平に太陽がのぞいたような気がした。


「――――いいえ。わたしも、父がいなくなってからは、母と二人きりで…………せめて兄か姉がいれば頼れて、もう少し気楽に暮らせたのかな、と…………」


「レイラ嬢」


 パトリシアの明るい声。

 二人の少女の間にふたたび沈黙が流れる。

 その空間を、あたたかい空気がゆっくりじんわり満たしていく。

 ジェラルディンは一歩を踏み出した。


「あの。それなら、一ついいですか?」


「もちろん。なにかしら?」


「私的な場だけでいいので。『レイラ』ではなく、『ジェラルディン』と呼んでいただけませんか? わたしの本当の名前…………わたしは『レイラ』ではなく『ジェラルディン』だと、今は胸をはって思えるのです」


「お安い御用だわ、ジェラルディン。――――とてもいい名前だわ」


 ジェラルディンは久しぶりに本当の自分を呼ばれた気がした。


「では…………わたくしのことも今度から『パトリシア』と呼んでちょうだい。いっそ『お姉様』でもいいわ。夢だったの」


 パトリシアも、はにかみながら告げてくる。そうすると本当に可愛らしくて美しい少女だった。ブラントが、ルドルフが愛するのも無理はない。


「パ、パトリシア…………お姉さま、ですか? ええと…………なんだか、慣れません」


 口に出し、ジェラルディンは気恥ずかしくなった。

 パトリシアも笑う。そして考えこむ表情となる。


「ジェラルディン――――あらためて呼ぶと、少し長いのね。普段は、どう呼ばれているのかしら?」


「ロアーでは、みんな『ルディ』と呼んでいました。ジェラルディンが本名だと、知らない人もいたかも」


「そういえば、ルドルフ殿下も『ルディ』と呼んでいたわね」


「さしつかえなければフェザ…………パトリシア、お姉さま? も」


 うーん、とパトリシアは考える。


「殿下と一緒というのは、なんだか悔しいわ。私は違う呼び方でいいかしら?」


「もちろん」


 少女二人はぎこちなく笑い合い、どちらからともなく菓子に手を伸ばして、その甘味を堪能し合う。

 冷たい、寂しい場所だと思っていたけれど、自分を認め、友達になろうと言ってくれる人と、どうやらようやく出会えたらしかった。

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