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黄泉帰りの妃  作者: オレンジ方解石


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「ブラント皇子…………どうしてここに?」


「それはこっちの台詞だ」


 ジェラルディンがあとずさると、ブラントは歩み寄ってきて苦々しく吐き捨てる。


「お前は何者だ。平民のくせに王太子を篭絡して王妃になろうとする、ヒロインじゃないのか?」


「は?」


「この話は、悪役令嬢モノなんだよ」


「はい?」


「馬鹿で野心家の男爵令嬢に篭絡された無能な王太子が、主人公である、美人で優秀な公爵令嬢との婚約を一人で破棄して『男爵令嬢に嫌がらせした』と冤罪までふっかける。ピンチの公爵令嬢を、王太子よりはるかに優秀で格上の皇子である俺が助けて、王太子の無能も周囲に暴露して、公爵令嬢に求婚(プロポーズ)。公爵令嬢も俺に一目惚れして、俺と結婚する。そういう話なんだよ、テンプレ悪役令嬢モノだったはずなんだ!」


「はあ…………」


 ジェラルディンはまばたきする。聞き間違いかと思ったが、ブラントの顔つきを見る限り、そうでもなさそうだ。


「ええと…………つまり、ブラント殿下はフェザーストン嬢と結婚するため、そういう計画を立てていた、ということですか?」


「計画じゃねぇ、筋書き(ストーリー)だったんだよ、運命みたいなもんだ!!」


「はあ」


 ブラントはジェラルディンへ人差し指を突き立てた。


「本来なら、お前は頭の悪い尻軽女で、王妃の座を狙ってルドルフを誘惑したくせに、格上の皇子である俺が出てきた途端、俺に乗り換えようといるクズ女だったんだ! なのに、なんであんな力を持っているんだよ!?」


「あんな力…………手袋や蛇のことですか?」


「そうだよ! ああいう神からの加護だの眠っていた力だのは、主人公である悪役令嬢か、悪役令嬢の恋人(ヒーロー)である俺が持つ設定だろ!?」


「そういわれても…………」


「ちくしょう」とブラントは吐き捨てた。


「あの『乱界衆(らんかいしゅう)』の野郎、俺の望む世界に連れていく、とか言っといて、こんな失敗作に転生させやがって! なんで、皇子でヒーローの俺が、こんな苦労をしなきゃなんないんだよ!!」


「…………」


 ジェラルディンはそっと後退をつづける。

 一人で怒るブラントにむけるまなざしは、狂人を見る時のそれだ。


「全部、お前のせいだ!!」


 ブラントは顔をあげ、ジェラルディンを指弾する。


「お前が、あんな邪魔をしなければ! お前が漫画どおり馬鹿な尻軽女だったら、俺はこんな苦労をしなかった! 悪役令嬢のパトリシアと結婚して、悪役令嬢の愛する夫として、順風満帆な人生だったんだ! それを、お前が!! なんで、お前が神の加護を授かっているんだよ、ヒドインのくせに!!」


「そんなことを言われても…………」


 せっかくの銀髪をふり乱して怒鳴るブラントは『美しき氷の貴公子』の異名が台無しだ。そこらの破落戸(ごろつき)と大差ない。


「そういうあなたこそ、どうなんです?」


 ジェラルディンは問い返した。


「あの矢は、恋の神のもの。わたしが会った女性は『侵入者が盗み出して人間に与えた』と言っていました。その人間があなたとして――――あなたは、何者からあの矢を受けとったのですか? 神から物を盗むなんて、いったい何者なのです? その『ランカイ』という者が、盗んだ犯人なのですか?」


「――――さあな?」


 ブラントはジェラルディンに問われて、落ち着きをとり戻したようだった。件の矢の出所を明かす気もないらしい。


「それより、本題だ」


 ブラントは乱れた髪を手で梳いて直し、ジェラルディンに向き直る。

『氷の貴公子』の麗しくも冷ややかな笑みではなく、破落戸のいやらしい笑みだった。


「手を組もうぜ」


「え?」


「俺と手を組め、レイラ・フェザーストン。ヒドインとはいえ、今もっとも強いのは、神の加護を得た、お前だ。パトリシアは優秀だったが、正直、気が回りすぎてウザい。悪役令嬢を追い落として、ヒーローである俺とヴラスタリ皇国に戻り、主人公になるんだ。下剋上だ、いい話だろ?」


 ジェラルディンは本気で意味がわからなかった。


「あなたと組んで、どんな利益があるんです? どうして皇国に行かなければならないんです」


「大有りだ。俺はいずれ、ヴラスタリ皇帝になる男だ。俺を選べば、お前はヴラスタリ皇后。迷う理由はないだろ?」


「あなたは第()皇子では? あなたには兄君が――――」


「兄上は死ぬ」


 ブラントは断言した。


「病弱な第一皇子は、ブラント()がパトリシアを連れ帰った二、三年後に病死し、俺がヴラスタリ皇位を継ぐ。悪役令嬢のパトリシアはヴラスタリ皇后になる。そういう筋書きだ」


「つまり、フェザーストン嬢のかわりにわたしが、ということですか? 平民の外国人が皇后位に就くなんて、ヴラスタリの民も貴族も納得しないと思いますが?」


「納得はさせる。神の加護を得た奇跡の聖女だ、皇帝や大臣たちも文句はないはずだ」


「…………っ」


 ジェラルディンは呆れ果て、舌打ちしたい気分になった。

 要はこの男は、どこまでもジェラルディンの加護目当て、ジェラルディンの肩書しか見ていない。この男にとっては自分もパトリシアも、自分に有益か否かしか興味がないのだろう。


(その加護は、もう無くなったけれど)


 指輪にはめられていた五粒の黒い石は、すべて無くなった。

 ジェラルディンは命じられた探し物を見つけ、かわりに、与えられた加護すべてを使い果たしたのだ。

 そこではた、と青ざめる。

 今は加護のすべてを失っている。

 つまり、この場でブラントに襲われでもしたら、抵抗の術がない――――!

 ブラントは大股で寄ってきた。

 ジェラルディンは逃れようとして、壁際に追いつめられる。


「どいて!」


 ブラントの大きな手が、ジェラルディンの細い左手首を捕らえた。


「来てもらおうか。俺の人生(筋書き)を邪魔したんだ、せめてその力と体で償ってもらわないとな」


「離して!!」


 ブラントの下卑た笑みに、ジェラルディンの全身に怖気が走り、逃れようともがく。

 が、腕力はブラントのほうが圧倒的に強い。


「離して! 誰か!!」


 叫ぶが、常に周囲に感じていた人の気配が今は皆無で、悲鳴は闇に吸い込まれるばかり。


「行くぞ。早いとこロディアの国境を越えて、ヴラスタリに入らないと…………」


「嫌!!」


 ブラントはジェラルディンの手首をにぎりしめ、引きずっていこうとする。


「誰か…………っ」


 ジェラルディンの脳裏に、灰色の髪がよぎった。

 右手に違和感を覚える。


(え)


 見おろす。

 ジェラルディンの右手の平に伝わる、ひやりとした固い長い()の感触。

 細長い、大きな銀の葉が輝いている。

 いや、これは葉ではなく――――

 急に静かになったジェラルディンを怪しんでブラントもふりかえり、彼女の右手の中の異変に気づいて、警戒の声をあげる。


「なんだ、その槍は!? また加護か!? 」


 そう、これは()

 指輪を飾る黒い花に添えられていたのは、細い葉ではなく()だった。

 ジェラルディンの脳裏に、あの貴婦人の言葉がよみがえる。


 時々思うわ

 もし、あの時、あの槍を受けとっていたら。

 私は今とは違う場所で、もう少し違う生き方をしていたのかもしれない――――


 ジェラルディン

 堅き槍(ジェラルディン)の名を持つ娘よ

 今一度、汝の運命に向き合い、証明して見せるがいい――――


 もし、あの時、あの槍を受けとっていたら――――!


 ジェラルディンは右手を強くにぎりしめる。


「離して!!」


 自分の左手首を捕まえるブラントの二の腕に、力いっぱい槍の刃を突き立てた。


「ぅぐわあぁっ!!」


 ブラントが濁った悲鳴をあげ、ジェラルディンの手を離す。

 ジェラルディンは即座に走り出した。

 闇が薄れて、部屋の扉がうっすら見える。


(もう少し…………!)


 分厚い板に手が触れかけた、その寸前。


「逃がすか!!」


 長い黒髪をつかまれ、背後に引きずり倒された。


「このクソ女! ヒドインのくせして、逆らいやがって!!」


 ブラントが無傷な左拳をふりあげる。


「っ!!」


 ジェラルディンは目をつぶり、呼吸を止めた。


「ジェラルディン嬢!!」


 横から覚えのある声が割り込んで、ブラントの動きを止める。

 次の瞬間、青白い炎に包まれたブラントは悲鳴をあげ、腕をふりまわしながらジェラルディンから離れる。

 すかさず細身の人影がジェラルディンに駆け寄り、彼女を助け起こした。


「大丈夫ですか、ジェラルディン嬢! お怪我は!?」


 聞きたかった声が、ジェラルディンのすぐ近くから聞こえる。

 ジェラルディンの冷えた華奢な肩を支える、あたたかい手。


「ルーク先生…………!」


 灰色の髪に水色の瞳の、優し気な顔立ち。

 ユージーン・ルーク卿がそこにいた。

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