表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄泉帰りの妃  作者: オレンジ方解石


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/27

26

今日から一日一回、朝六時に更新します。

 ロディア王宮自慢の大広間。いたるところに花が飾られ、高い天上にはシャンデリアがきらめき、顔が映るほどぴかぴかに磨かれた大理石の床を踏んで、招待客が笑いさざめく。

 やがて盛大な拍手に迎えられて、主賓であるヴラスタリ皇子と彼の婚約者が姿を現わし、主催であるロディア国王夫妻と王太子夫妻も登場する。

 ヴラスタリ皇子と婚約者は、互いの銀髪が映える濃い紫色を基調とした衣装でそろえ、フェザーストン嬢は大粒の金剛石(ダイヤモンド)紫水晶(アメシスト)首飾り(ネックレス)耳飾り(イヤリング)、それにティアラを飾っている。

 ロディア国王の挨拶がはじまり、まあまあ長い演説が終わると、次は王太子の挨拶という手順だった。しかし。


「父上、いえ、陛下。私の挨拶の前に、どうか私の妃の話をお聞きください」


 金モールを飾った黒の盛装姿の王太子が、国王に一礼する。

 彼の隣にいた王太子妃レイラが、国王の前に進み出た。

 こちらも黒を大胆に用いたドレスで、ふんだんにほどこされた金糸の刺繍が豪華な印象を与える。黄泉帰って髪の色が変化した王太子妃は、ドレスの雰囲気もだいぶん変えていた。


「ご無礼お許しください、国王陛下。礼儀に反することは重々承知です。ですが、これはロディア王家と王国の行く末に関わること。みなさまにも、ぜひ聞いていただきたい話なのです」


 王太子妃はドレスの裾をつまんで淑やかに膝を曲げ、国王もまずは「よかろう」と鷹揚な態度を示す。


「ありがとうございます」


 礼を述べると、王太子妃はちらりと、夫と目配せし合った。

「それでは」と、背筋を伸ばして話し出す。


「みなさまもお聞きください。わたくし、ロディア王太子妃レイラは、ロディア王太子ルドルフ殿下との婚姻関係を破棄します。離婚いたします」


 国王の顔がこわばり、客がいっせいにどよめく。高い天井が、そのどよめきを何倍にも反響させた。


「妃殿下! いったいなにを――――!!」


 マレット男爵夫人が血相を変えるが、ジェラルディンはかまわない。


「理由は単純。ルドルフ殿下は、わたくしを愛しておられないからです」


 なにか言おうとした男爵夫人や国王を、


「ただし!」


 と、ジェラルディンは声を張ってさえぎる。


「それは殿下の責任ではありません。そもそも殿下がフェザーストン公爵令嬢との婚約を破棄してまで、わたくしを妃に望んだこと、それ自体が殿下の責任ではございません。殿下は、そのお心を他者に操られていたのです」


 ジェラルディンの堂々とした言葉に、ふたたび大きなどよめきがあがる。


「お待ちなさい。操られていた、とはいったい――――」


 瞳に狼狽と息子への心配をのぞかせ、王妃が話に割り込む。


「今からお見せします」


 ジェラルディンは体ごとルドルフと向かい合った。

 ルドルフは覚悟を決めた表情のまま、ずっと落ち着いている。

 互いにうなずきあった。

 ジェラルディンは右手をあげて盛装用のレースの手袋を外し、深呼吸する。

 冷静を装っているが、内心では心臓が爆発しそうだ。

 これでもし、自分の予想が外れていたら?

『愚かな王太子妃』と、恥と悪評の上塗りになるだけではない。

 ルドルフも巻き込んでしまうのだ。

 聖女候補の『奇跡の王太子妃』といえども、ただではすむまい。


(本当に…………大丈夫よね? 信じていいのよね?)


 脳裏に、あの不思議な金髪の貴婦人の、優雅で威厳あるほほ笑みがよみがえる。


(あ)


 いつの間にか右手に、はめた覚えのない黒の手袋をはめていた。


(行くしかないわ)


 ジェラルディンは腹をくくった。


「失礼します、ルドルフ殿下!」


 手袋がはまる右手を、直立不動のルドルフの胸元へ伸ばす。

 指先が彼の衣装に触れた瞬間、『黒い光』としか表現しようのないものが放たれ、ジェラルディンの右手を吸い込んでいく。

 ある者は驚愕の声をあげ、ある者は悲鳴をあげ、国王も仰天して、王妃は両手を頬にあてて卒倒しかける。

 ルドルフもさすがに全身を硬直させ、彼の侍従であるテオドールはやめさせようと、ジェラルディンの肩をつかもうとする。

 その寸前。

 伝わってくる、固く長い、たしかな感触。

 ジェラルディンは右手を引き抜いた。


「おお…………」


「なんだ、あれは!?」


 観客たちの驚愕のどよめき。

 ジェラルディンは国王に、いや、広間中の貴族にむけて右腕を高く掲げた。


「ご覧ください! これが、殿下を操っていたものです!!」


 誰もが瞠目する。

 掲げられた右手がにぎるのは、一本の暗い灰色をした小型の矢。

 それをにぎる手を包んだ黒い手袋がはらり、と破れて消える。

 ジェラルディンは矢を左手に持ち直すと、ふたたびルドルフに向き直って右手を挙げた。


「殿下。もう一度、失礼します」


 胸を押さえていたルドルフがうなずく。

 ジェラルディンは同じように彼の胸に右手で触れた。

 いつの間にか二枚目の手袋が現れ、黒い光を放ちながらルドルフの胸の中へと沈んでいく。

 ふたたび抜き出した時、ジェラルディンの右手には同じ形の金色の矢がにぎられていた。

 はらり、と、また手袋が破れて消える。

 ルドルフはかすかに呻いてふらついたが、堪えた。

 ジェラルディンはロディア国王に向き直り、両手ににぎった矢を挙げて説明する。


「これが、ルドルフ殿下を操っていたものです。刺されば、激しい嫌悪に襲われる鉛の矢。そして、激しい恋心に囚われる黄金の矢。神話に語られる、恋の神の二本の矢です」


「こ、恋の神、ですって?」


「はい」


 王妃のふるえる問いに、ジェラルディンはきっぱり答える。


「この二本の矢が、ルドルフ殿下にわたくしへの偽りの恋心を生じさせ、また、わたくしに嫌悪を抱くように仕向けたのです。すべては、この矢が原因です!」


「なんと…………!」


「まさか…………!?」


 周囲がいっそうざわついて、ロディア国王夫妻も二の句がつげないままだ。


「ルディ…………」


 ジェラルディンはルドルフをふりかえった。


「殿下。ご気分はいかがですか? どこか痛みは? めまいなどは?」


「いや。特になにも感じない。体調は普段どおりのようだ」


「気持ちは? わたしを見て、どう思いますか?」


 ルドルフはジェラルディンを見た。まっすぐに。


「…………ルディだ。それ以上でも、以外でもない」


 友愛を込めてはいるが、それ以上の響きはない落ち着いた声は、ジェラルディンにかつてのルディ(ルドルフ)を思い起こさせた。

 ジェラルディンは、心から安堵のため息をついた。

 ロディア国王夫妻をふりかえる。


「ご覧のとおりです、国王陛下、王妃殿下。ルドルフ殿下は、わたしに特別な感情をお持ちではありません。それなのにこの矢を刺されたせいで、なりふり構わずわたしとの結婚を望むようになり、あの騒動が起きてしまったのです」


「なんと…………」


「では、そなたは正気に戻ったのですね!? すべては、操られていたせいなのですね!?」


 呆然とする国王を放り出すように王妃が息子に駆け寄り、その腕にすがる。


「ご心配おかけしました、母上。もう大丈夫です」


「ああ、ルドルフ…………!」


 王妃が息子の肩に触れ、涙をこらえる。

 国王はさらにジェラルディンに問いを重ねる。


「しかし、何者が王太子にそんなもの()を。いったい、なにが目的で…………」


「それは…………」


 ジェラルディンは言いよどんだ。動機に関しては、まだ証拠がそろっていない。

 が、赤い瞳がちらり、とフェザーストン嬢を見てしまったのを、周囲も見逃さなかった。


「えっ…………」


 観客の視線が、ロディア国王夫妻の顔が、銀髪の美姫に集中する。


「な…………違います!」


 パトリシアは事態を悟って即座に否定したが、疑惑と動揺の空気はひろがっていく。


「まさか…………フェザーストン嬢が?」


「いやでも。もしや、ブラント殿下と結婚するために?」


「言われてみれば、あの求婚はできすぎでしたわ。皇国の皇子ともあろう御方が、あんなに唐突に求婚なさったうえ、すんなりフェザーストン嬢を連れ帰られて…………」


「無礼な! 私は潔白です!」


 パトリシアは声をあげ、ブラントに向き直る。


「誤解です、ブラント様。私はなにもしておりません。あの矢が本物の恋の神の矢なら、どうして私がそのようなものを手に入れられるでしょう。誓って、私は無関係です」


「ああ、わかっているとも、私のパトリシア。君に非など一点だってあるものか」


 弁解するパトリシアの手をとってうなずくと、ブラントは顔だけ観客へ向けた。


「無礼であろう、ロディア貴族たちよ! この私、ヴラスタリ皇国第二皇子の婚約者を罪人と疑うからには、相応の覚悟はあるのだろうな!?」


 ヴラスタリ皇子の剣幕に、ロディア貴族たちも押し黙る。

 ブラントはさらにジェラルディンを指弾した。


「奇跡の妃だの聖女だのと騒がれ、増長したか!? 卑しい平民風情が、パトリシアが罪人というなら、証拠を見せてみろ!!」


 国王がジェラルディンを見やり、ルドルフがジェラルディンを庇おうと彼女の前に立つ。

 ジェラルディンも唇をかんだ。

 物的証拠はない。

 ただ、今夜の宴は、ブラントとパトリシアを送る送別会を兼ねている。

 明日には、二人ともヴラスタリ皇国へ出立してしまうのだ。

 ゆえに、証拠が不十分でも今夜、国王たちの前で矢の存在を明らかにするしかなかったのだ。

 おそらく今夜を逃せば、パトリシアを追及する機会は二度とはめぐってこない。


(こうなったら、問答無用でブラント皇子からも矢を抜いてしまう…………?)


 実際に皇子からも黄金の矢を抜いてしまえば、誰もがパトリシアの嫌疑を確信するはずだ。

 問題は、この状況で皇国の皇子に気安く接触できるか、という点。

 皇子の周囲は侍従で固められ、ロディア王太子妃といえども、おかしな行動をすれば即、彼女から主人を守ろうとして、接近自体を許さないに違いない。

 ジェラルディンが、じり、とブラント皇子の隙をうかがった、その時。

 右手に違和感を覚える。


(え…………?)


 気づいた時には、ジェラルディンの右手に、二本の黄色い水仙の花がにぎられていた。

 反射的に右手の中指を見る。

 指輪に咲いた黒い石の花がまた一つ、花弁代わりの黒い粒を失っている。

 つまりは、この水仙も神の加護。


(でも、どういう意味が――――)


 そこで思い出す。

 黄色い水仙の花言葉は『私のもとに戻って』。

 農耕の女神の娘がさらわれたあと、現場には黄色い水仙が残っていた。そのため、娘を失った女神の嘆きと悲しみの言葉が、黄水仙に宿ることとなったのだ。


(戻る…………私のもとに…………もしかして――――!)


 ジェラルディンは花の本数を確認した。水仙は()輪。

 二本の矢と二輪の花を一束にまとめ、祈る。


「戻って――――()()()()()()()!」


 花がふわり、と浮いた。

「おお」と声があがる。

 花に導かれるように、鉛の矢も宙に浮く。

 そして花は飛んだ。

 ()()()()()()

 ジェラルディンは意表を突かれる。

 が、花はさらに飛ぶ。

 今度はパトリシアの背後にいた、ニナ・ノールズのもとへ。


「きゃっ…………!」


 花と矢が眼前に飛んできた侍女は、悲鳴をあげてちぢこまる。

 そして花は三度、飛んだ。

 ()()()()皇子のもとへ。

 最後に甲高い金属音を響かせ、大理石の床の上に落ちると、ぱさり、と水仙も矢の上に落ち、すう、と消えた。


「ど、どういう…………?」


 誰かの呟きにかまわず、黄金の矢も水仙に導かれて同じ順番で飛び、最後にブラント皇子の足元に転がる。


「いったいこれは…………」


 ロディア貴族たちは目を白黒させる。

 ジェラルディンも予想外だった。

 矢が戻ったのは、パトリシアのもとではなかった。


(どういうこと? 矢を刺したのは、フェザーストン嬢ではなかったの? どうしてブラント皇子のもとに…………)


 そうして、ひらめくように一つの考えにたどりつく。


「もしかして――――」


 右手に三枚目の黒い手袋が現れる。


「動かないでください、()()()()()()()()!!」


 ジェラルディンは駆け出し、パトリシアの金剛石と紫水晶で飾られた白い胸もとへ、右手を伸ばす。

 肌が触れた瞬間、黒い光が放たれ、彼女の胸にジェラルディンの右手が沈んでいく。


「やめろ!!」


 ブラントが叫ぶ。


「…………あった!」


 ジェラルディンはたしかな手応えを力いっぱいつかんで、引き抜いた。

 何度目のことか、どよめきがあがる。

 高々と掲げられたのは、パトリシアの胸から現れた()()()()

 ジェラルディンは叫ぶ。


「国王陛下! ルディ(ルドルフ)! フェザーストン嬢がブラント皇子と婚約したのは、令嬢の意思ではありません! 令嬢()操られていたんです!!」


「な…………」


 ジェラルディンの右手にふたたび黄水仙が一輪、現れる。

 ジェラルディンはその水仙と、引き抜いたばかりの黄金の矢を束ねた。

 水仙に導かれて、矢は飛ぶ。

 今度はテオドールは経由せず、まずニナ・ノールズのもとへ。

 それからブラント皇子のもとへ。

 三本目の矢が、ヴラスタリ皇子の足元に転がった。


「矢の持ち主はあなたですね、ブラント皇子殿下」


 ジェラルディンが指摘し、その場にいた全員の顔がいっせいにブラントに向けられる。


「もともとこの矢は、本来の持ち主である恋の神から盗まれ、人の手に渡った、と聞いています。その『人』が、あなたですね、ブラント皇子。あなたはフェザーストン嬢に黄金の矢を刺して、彼女が自分に恋するよう仕向け、ルドルフ殿下に黄金の矢を刺して、殿下がわたしとの結婚を望むように仕向けた。そしてお二人の婚約は白紙となり、あなたは大勢の前でフェザーストン嬢に求婚し、皇国に連れ帰ったのです――――!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ブラントからニノへさらにテオドールに鉛の矢が渡って結婚したあとにぶち込まれたんか?裏切者はニノか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ