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黄泉帰りの妃  作者: オレンジ方解石


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16

 化粧台の前に腰かける。


(本当に、わたし…………?)


 大きな鏡の中には、ジェラルディンの中の記憶とはかけ離れた色彩の顔が映っていた。

 淡紅色だった髪は真っ黒に。琥珀色だった瞳は燃えるように赤く。

 数ヶ月間にわたる粗食と引きこもりに近い生活で、すっかり日焼けが落ちて血色が悪くなっていた肌は、白い花びらのようだった。


「見違えるようですわ…………」


 ブラシで黒髪を梳く召使いの女が思わず呟いて、隣の召使いに肘で突かれたが、ジェラルディンも同感だ。


「顔そのものは、そのままみたいなのに…………髪や目の色が変わるだけで、別人のようになるのね…………」


 ジェラルディンが言うと、女たちも「うんうん」とうなずいた。

 あの『奇跡』の黄泉(よみ)(がえ)りのあと。

 ひとまず葬儀は中止され、ジェラルディンは王宮にある王太子妃専用の私室に戻ってきた。

 大神官をはじめとする神官たちは大騒ぎで、ルドルフや国王夫妻もしばらくゆっくりできそうにないが、ジェラルディン自身は、


「とにかく身支度を整えましょう。寝間着のままではいけません」


 と、まっすぐ化粧室に連れて行かれた。

 召使いたちに髪を梳かれる間、ジェラルディンは両手を見下ろす。

 左の薬指にはルドルフとの結婚指輪。

 右の中指には例の黒い石の指輪。


『黄金の矢が二本。鉛の矢が二本。あなたは盗まれた四本の矢を探し出し、持ち主に戻しなさい』


(そんなことを言われても…………)


 一方的な命令だった。加護まで授かって至れり尽くせりに見えるけれど、そもそもジェラルディンは引き受けた覚えがない。


(手がかりは、この黒バラだけ――――)


 化粧台に置いた黒いビロードのバラを手にとった。

 あらためて見ても、上等の品であることがわかる。


(少なくとも、平民や貧しい下級貴族が用意できる品ではなさそう。中流以上の貴族か、平民の場合は相当の豪商とか?)


 そんな人間、王宮にはありふれている。


「あの、レイラ妃殿下。そのバラはいかがいたします? 一輪挿しを用意しましょうか?」


 召使いの質問に、ジェラルディンはしばし迷った。

 本物の花なら花瓶に活ける必要があるが、これは造花だし、あの貴婦人から預かった唯一の手掛かりだ。常に手元に置くべきだろう。


「黒いバラなんて縁起の悪い。処分すべきです」


 マレット男爵夫人が割り込んできて、ジェラルディンの手から造花を奪おうとした。


「触らないで」


「!?」


 ジェラルディンは夫人の手をきっぱりはねのける。


「これは大事なものなの。一輪挿しにさして、すぐに手にとれる場所に置いておいてちょうだい。他の人は触らないで」


 これまでずっと夫人に怯えて従順だった王太子妃の反抗に、召使いたちは狼狽し、男爵夫人は眉をつりあげる。


「王太子妃ともあろう方が、またそのような聞き分けのない我が儘を――――」


「造花一輪を飾ることが、どうして我が儘なの? 田舎の庶民の家だって、花くらい活けるわ。それともロディア王太子妃は、庶民以下の暮らしをしなければならないという意味かしら?」


「――――っ!」


 マレット男爵夫人は真っ赤になって絶句し、わなわなとにぎりしめた手をふるわせる。

 怒鳴り出す寸前だったが、ジェラルディンはかまわなかった。

 髪を梳いているのとは別の召使いに、黒い造花をさし出す。


「わたしがいつでも、すぐに手にとれる場所に飾っておいて。他の人は触らないで。お願いね」


「えっ、あ、か、かしこまりました…………」


 召使いの女はジェラルディンとマレット男爵夫人の顔を見比べると、最終的に王太子妃殿下の指示に従い、造花を受けとってそそくさと化粧室を出て行く。


「…………貴女という方は!!」


 日常となったお説教をはじめようとして、別の召使いが化粧室に知らせに来た。


「失礼いたします。お医者様がいらっしゃいました」


「今、いきます」


 ちょうど髪も梳き終わり、ジェラルディンは立ち上がるとさっさと化粧室を出る。

 マレット男爵夫人は置いてけぼりにされ、事態が理解できぬかのように、ぽかんと立ち尽くした。


(もう、あの人(マレット男爵夫人)には従わない。あの人だけでなく、ルドルフ殿下にも誰にも)


 ジェラルディンの赤い瞳には決意が燃えている。

 ジェラルディンは露出の少ない室内用ドレスを着た状態で、医師の診察をうけた。

 脈をとられたり、瞳孔や口内を確認されたりと、一通りの検査がおこなわれるが、侍医は「異常は見当たらない」という結論を下す。

 その後、大神官たちの審問もうけたが、


「体の機能に異常は見られず、病なども見当たらない。受け答えも正常で、精神も安定している――――まさに奇跡だ、そうとしか考えられない!」


 と、医師も神官たちも口をそろえた。

 ちなみに神官たちからは、死の国について覚えていることはないか、と何度か質問された。

 ジェラルディンは、あの不思議な金髪の女性とのお茶会や頼まれ事について思い出したが、話さないほうがいい気がして、


「気づいたら棺の中でした」


 と語るにとどめる。





 王都の話題は、王太子妃の黄泉帰りでもちきりとなった。

 もともと「平民でありながら、王太子に見初められて妃の地位に就いた奇跡の少女」として庶民の間では噂の的だったが、さらに黄泉帰りの奇跡まで起こしたのだ。噂にならないはずがない。


「この世のものとは思えぬ美しい声と共に、神々しい光が天上から降りそそいだ瞬間、レイラ妃殿下が目を覚まされたそうだ」


「儂は、天使が棺の上に降りてきてラッパを吹き、その瞬間、神殿中がバラに満たされて、妃殿下が起き上がったと聞いたぞ?」


 噂には二重三重に尾ひれがついて、王国中に広まっていく。


「とにかく、奇跡よ。お妃様の死を嘆いた王太子殿下の深い愛が、奇跡を起こしたんだわ!」


「不慮の事故と発表されていたけど、本当はレイラ様は、妃殿下を邪魔に思った貴族たちに虐め殺されたんだって、もっぱらの噂よ。神さまはレイラ様に味方して、黄泉帰らせてくださったんだわ。レイラ様は神に選ばれたのよ!」


 奇跡の復活を遂げた王太子妃は人々の間で『奇跡の妃』と讃えられ、葬儀の最中に目の前で黄泉帰りを経験した大神官も、王太子や国王夫妻に、


「教皇と教皇庁が今回の件を奇跡と認めれば、王太子妃殿下は『聖女』に列せられる可能性もあります」


 と告げる。

 なにしろ、大勢の目と耳による証言がある。

 あれほど平民出身の妃を侮り、嘲笑していた貴族たちも一転、先を争って王太子妃の見舞いやご機嫌伺いを打診するようになった。


「ルドルフ殿下は、本当にすばらしい妃をお迎えになられた。まさか奇跡の妃とは!」


「聖女を娶るなど、まさに伝説の王か英雄のようではありませんか」


 毎日、王宮のどこかでそんな会話がかわされ、王太子妃の部屋にはさまざまな贈り物が届けられる。


「王太子妃殿下、大臣からお見舞いの品が届いております」


「レイラ妃殿下、侯爵夫人からお祝いの品が届きました」


「王妃殿下付き女官が、王妃殿下からのお見舞いの品を持参した、と」


「フェザーストン公爵が、お見舞いに参られましたが…………」


 侍女たちが入れ替わり立ち代わり伝えてきて、ろくに本来の仕事が進まない。送り主の地位や身分によって品物の扱いにも差が出るため、マレット男爵夫人も「それはあちらの棚にまとめて」「これは丁重に保管して」と、いちいち指示する声が殺気立つ。


「レイラ妃殿下。みなさま、妃殿下のお体を案じて、平民の貴女様に、高貴な方々がお見舞いを届けてくださっているのです。少しは、その真心に応えようという気は――――」


 隙あらばマレット男爵夫人はジェラルディンにお説教しようとしてくるが、ジェラルディンは聞き流す。

 が、一人だけ面会の許可を出した。

 王太子ルドルフの以前の婚約者、パトリシア・フェザーストン公爵令嬢の父親。

 現在はジェラルディン自身の養父でもある、フェザーストン公爵である。

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― 新着の感想 ―
さて味方になってくれるといいんだが
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