↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

歴史物、和風 短編

転生農民、戦場に散る

作者: 鴨ロース
掲載日:2025/11/17

戦国時代に転生するも、コミュニケーション不足から知識を活かせない、空回りする名もなき敗者の物語です。

バッドエンドとなっています。

「一郎! 貴様、何をしているッ!」


地を割るような父親の怒声が飛んだ。鬼の形相で納屋に飛び込んできた父親の手には、土のついた鍬が握られている。


「父ちゃん、これは籾を塩水につけて、強い籾と弱い籾を…」

俺が「塩水選」の有用性を説こうとした瞬間、父親の分厚い拳が、俺の顔面を捉えた。

視界が火花を散らし、鼻の奥で鈍い音が響く。


「誰に断って、その貴重な『塩』を水にぶちまけた! この大馬鹿者が!」

父親は、水桶に溶けていく僅かな白いつぶてを、絶望的な目で見ている。


「多少、言葉を早く覚えたからと神童だ何だと持て囃したのが、そもそもの間違いだったわ!」

蔑むような視線が俺を射抜く。この時代の農民にとって、塩は血と同じ価値があるのだ。

俺は鼻血を拭いもせず、必死に訴えた。


「違う! これは、より良い『実り』のために必要な投資なんだ!」

「投資だと? ならば草をむしれ! 土を耕せ! 畔の石を取り除け! 泥水でも汲んでこい! 貴様にやれることは、いくらでもあるはずだ!」

(何故だ! 何故、この転生者である俺の言うことを理解しない!)


「どうなさいました? 外まで大きな声が響いておりましたぞ」

騒ぎを聞きつけたのか、村の庄屋が顔をのぞかせた。

「こ、これは庄屋さん。愚息が貴重な塩で悪戯をしておりまして、つい…」

父親が恐縮して頭を下げる。チャンスだ。


俺は庄屋に詰め寄った。

「庄屋様! 俺には未来の知恵がある! 俺の言う通り、籾を選別し、田植えは一定間隔で行い、あの『後家殺し』を使えば、収穫は倍以上になりますぞ!」


「後家殺し」という不吉な単語を聞いた瞬間、庄屋と父親の顔がこわばった。

(※風で籾を選別する「唐箕」のことだが、その呼び名は最悪だった)


「……一郎。お前、何か悪いものでも食ったか」

庄屋が、気味の悪いものを見る目で俺を値踏みする。

「父御殿。あの子の奇行は、狐か何かが憑いたのかもしれんな。村に災いをもたらさぬよう、よく見張っておくことだ」

「は、ははっ! 申し訳ございません!」

二人は、もはや俺の言葉を一切聞こうとしなくなった。

(愚民どもめ! 俺は百姓仕事で終わる器ではない!)


その日を境に、俺は労働の一切を放棄した。泥にまみれる村の共同作業にも参加せず、親のすねをかじるだけの存在に成り果てた。


村人たちも、口先ばかりで働かない俺を「厄介者」として扱い、あからさまな「村八分」状態が始まった。両親も、もはや諦めの目をしている。


何故だ。小説なら、農業改革なんてチート知識の初歩なのに。あいつらのせいで、俺の計画が台無しだ。

もういい。百姓仕事など、まともな人間のすることではない。


戦で手柄を立てる。そのためには、やはり「武器」だ。

武器といえば、「三間半の長槍」と「硝石作り」に決まっている。


俺はまず、裏山の樫の木を切り出し、家の納屋にあった古槍の穂先を盗み出し、日中は槍作りに専念した。


夜になると、家をこっそり抜け出し、村の共同便所(溜池)へ向かう。村の大切な共有財産である『下肥』を、桶で何往復もして盗み出した。


家の裏手に掘った穴に、盗んだ人糞尿を叩き込み、大量の藁で覆う。これを来る日も来る日も繰り返した。

当然、腐敗臭とアンモニアの入り混じった悪臭が日増しに強くなり、風向きによっては村の中心部まで漂うようになった。


畑に撒く肥料の臭いとは明らかに違う、異様な方法で積み上げられた「汚物の山」。

それをついに発見した村人たちは、絶句し、恐怖に顔を歪めた。


「な、なんだこれは! 穢れを恐れぬ所業だ!」

「この強烈な臭い…吐き気がする!」

「あいつだ! 一郎の奴が、夜な夜な何か運んでいた!」

「井戸水が汚染されたらどうするんだ!」

「こんな呪いみたいなことをすれば、作物が病気になるぞ!」

激怒した庄屋が、村人たちを引き連れて俺の家に怒鳴り込んできた。


「貴様ァ! 村の宝である肥料を盗み、あまつさえ、あのような呪詛めいた汚物をこしらえるとは! 万死に値するぞ!」


俺は、薄笑いを浮かべて言い返した。

「うるさい! これは『硝石』と言って、天下を取るために必要な『火薬』の材料だ! 貴様ら愚民には分からんだろうがな!」


その一言が、最後の一線を越えさせた。


俺の行動は、村人たちにとって「共有財産を盗み、禁忌を犯し、異臭をまき散らし、理解不能な『戦ごっこ』にふける狂人」のそれとしか映らなかった。


「あいつは、もはや人ではない」

「そうだ、叩き出せ!」

俺は村人たちに取り押さえられ、納屋に押し込められた。


「その、化け物じみた槍も納屋に入れておけ。外に出すな」

その日から、日に一度、重湯のような粥が差し入れられるだけの、薄暗い幽閉の日々が始まった。


幾日か経過した、ある日のことだった。


村が異様な緊張感に包まれている。納屋の外から、男たちの怒声と、女たちのすすり泣く声が聞こえた。


やがて、納屋の戸が乱暴に開け放たれた。

「殿様からの『陣触れ』だ」

庄屋の疲弊しきった声が響く。各村から男を一人、武具持参で差し出せという、事実上の「人身御供」の命令が下ったのだ。


働き手を一人失えば、この貧しい村では複数の家族が冬を越せないかもしれない。

重い沈黙の中、村人たちの視線が、一斉に俺に集まった。

彼らは、俺を人身御供とし、厄介払いすることで合意したのだ。


納屋から引きずり出され、久々に浴びる陽光に目がくらむ。

幽鬼のような姿になった俺は、しかし、ついに自分の「本当の舞台」が来たと目を輝かせた。

「俺が行く! 俺が手柄を立てて、貴様らを見返してやる!」

村人たちは、その言葉に一瞬、呆気に取られた。


最初に動いたのは、父だった。

彼は、馬に乗った取り纏めの侍の前に這い出るように進み、額を泥にこすりつけた。

「お侍様! お願いでございます! 息子の…この、愚息めを、どうか、どうかお使いくださいませ!」

声は震えているが、その目には息子への情愛など微塵もない。「厄介者」をやっと引き取ってもらえるという、かすかな安堵と諦めが浮かんでいた。


父親の異様な様に、侍が怪訝そうに眉をひそめる。

すかさず、庄屋もその隣で土下座した。

「お侍様! 恐れ入ります! あの者は…その、少々、夢見がちでございまして。口ばかりは達者なのですが、まともに働かず…」

「そうだ! あいつは『ごけごろし』とかいう不吉なもん作るとか言い出して!」

「大事な塩を水にぶちまけて遊びやがった!」

「肥やしを盗んで、呪いをかけようとした!」

堰を切ったように、村人たちから俺への日頃の不満が噴き出す。


俺は、その光景を腕組みして眺めた。

(フン、愚民どもめ。俺の才能に嫉妬しおって。俺が手柄を立てて戻ってきた時、どんな顔をするか見ものだ)


侍は、すべてを察した。

(なるほど。村の「厄介者」か。どこの村にも一人はいるものだ。だが、この目つき…使い道はある)


庄屋は顔を上げ、涙ながらに決定的な言葉を言い放った。

「お侍様! 恐れながら申し上げます! あやつは、もはやこの村の者とは一切関わりございません! もし、あやつが戦場でいかなる失態を演じようとも、どうか、どうか村とは無関係のものとして、ご容赦を! この通りでございます!」

村人全員が、侍に向かって一斉に土下座した。


侍は、冷たい目で俺を値踏みする。幽閉されて痩せてはいるが、目つきだけは常軌を逸してギラついている。「囮」にはちょうどいい。

「面を上げい!」


侍はわざとらしく大きな声を張り上げた。

「貴様らの必死の願い、確かに聞き届けた! 村一番の勇士を差し出すという、その心意気、見事である!」

侍は馬から降り、俺の前に立った。

「貴様が、村一番の向こう見ずか! よかろう!」

「貴様に『一番槍』の誉れを与えよう! 見事、敵の大将首を挙げれば、この俺が直々にお館様へ推挙し、侍大将にしてつかわす!」

「ははーっ!」

俺は、人生で初めて他者から公に認められた喜びに、震えた。


侍は、口の端を歪めて笑った。

(せいぜい、敵の矢と鉄砲玉を吸う「的」として、派手に死んでくれよ)

村人たちは、土下座したまま、誰一人顔を上げなかった。


俺の「天下取り」への道は、村人たちの安堵のため息と、侍の冷笑の中で、ついに幕を開けた。

「いいか、小僧! 貴様が狼煙だ!」

戦場に着くと、取り纏めの侍は、俺の背中を強く叩いた。


「あの丘の向こうに敵の伏兵がいるはずだ。貴様があの馬鹿槍を振り回し、派手に暴れ、敵を引きずり出せ! 貴様が栄えある『一番槍』だ!」

「おお、任せておけ!」


俺は、これが「囮」や「生贄」であるとは夢にも思っていない。

(一番槍! なんて甘美な響きだ! 小説通り、ここで敵の大将の首でも取れば、一気に侍大将だ!)


俺は、自作の三間半の長槍を引きずるように持ち、丘へと駆け出した。その足取りは、戦場の殺伐とした緊張感とは無縁に、浮ついている。


「者ども、構えよ!」

侍は、俺の姿が丘の陰に消えると、ニヤリと笑い、本隊の足軽たちに槍を構えさせた。

(あの馬鹿が引きずり出した敵を、ここで一網打尽にしてくれるわ)


丘を駆け上がると、視界が開けた。いた。敵兵が十数名、こちらを警戒している。

「我こそは、村一番の勇士、一郎なり! 覚悟!」

俺は槍を掲げ、叫んだ。

(来た! 敵が俺の挑発に釣られた!)


敵陣から一騎、騎馬武者が砂塵を上げて突撃してくるのが見えた。俺は歓喜に震えた。

(よし、小説で読んだ通りだ! 騎馬武者相手には、槍の穂先を馬の顔に向け、突撃の勢いを殺してから、乗り手を突き落とす!)


俺は、自慢の三間半の長槍を構え直そうとした。

だが、その瞬間、現実が牙を剥いた。

(……重いッ!?)

頭で理解していても、樫の木をろくに乾燥もさせずに作った、バランスの悪い「ただの木の棒」は、幽閉明けの貧相な腕力では持ち上がらない。

穂先が地面についたまま、必死にもがいている間に、騎馬武者の地響きはすでに目の前に迫っていた。

「あ……」

彼我の距離がゼロになる。


騎馬武者は、俺を道端の虫ケラでも見るような冷たい目で一瞥すると、何のためらいもなく、その腰の剛刀を抜き放ち、横薙ぎに振り抜いた。

ザシュッ。

俺は、自分が何をされたのか理解できなかった。


視界がぐるりと横に回転し、さっきまで自分が立っていたはずの下半身が、血を噴き出しながら崩れていくのが見えた。

(あれ……なんで……こんなはずじゃ……)

(塩水選も、後家殺しも、硝石も、全部、正しかったはずだ……)


地面に叩きつけられた生首の目が、最後に映したのは、丘の向こうから「待ってました」とばかりに鬨の声を上げ、突撃してくる侍と足軽たちの姿だった。

(ああ、そうか……俺は……)


そこで、転生者・一郎の二度目の人生は、誰の記憶にも残ることなく、無慈悲に終了した。

貴重なお時間をありがとうございました。

自分が転生したら、聞き齧りのチート知識に振り回されて失敗する、そんな思いつきから書いてみました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。