紅に揺らめく記憶 ―姉の最期―
第38話では、京司の胸元で輝いたペンダントが
サラの封じられた記憶を呼び起こしました。
美しいはずの月下香の花が、
恐怖の象徴へと変わる瞬間――。
そして今回。
サラは再び夢の中で姉の最後の声を聞き、
より深い真実の影へと踏み込んでいきます。
蓮の優しさ。
京司の苦悩。
そして、玲司の仕組んだ冷酷な筋書き。
愛の形の違いが、
物語を大きく揺るがしていきます。
――夢なのか、現実なのか。
重たい瞼を開けた瞬間、見慣れぬ天井が視界に広がった。
胸の奥では、まだ夢の中の恐怖が
脈打つように残っている。
(……ここは……)
自分の呼吸の速さに気づき、
喉がひりついた。
心臓は痛いほど早鐘を打ち、
全身が冷たい汗に包まれていた。
「サラさん……もう大丈夫ですよ」
すぐ傍で蓮さんの声がした。
椅子に腰をかけていた彼が、
安心させるように微笑みかけてくれる。
その穏やかな眼差しは、
現実へと引き戻してくれる手がかりのはずなのに――
私の瞳には、まだ恐怖の影が宿ったままだった。
(……怖い……どうして、あの夢が……)
震える指先を胸に押し当て、
必死に呼吸を整える。
けれど、夢に見た「助けて」の声と
冷たい瞳が、なおも心を締めつけ続けていた。
――その時。
扉の向こうで、静かに立ち尽くす気配があった。
京司さんだ。
入ってきたいはずなのに、
足を踏み出せないでいる。
その姿を、扉越しに想像できた。
「……触れたい。今すぐ、抱きしめてやりたい……」
胸の奥でそう呟いているのだろう。
けれど彼は、自分に言い聞かせるように
唇を噛みしめていた。
「今は……俺がそばにいるべきじゃない」
そうして距離を保つ彼の決意は、
優しさゆえの自制。
けれどその優しさが、
私にとってはさらに胸を締めつけるものになっていく。
(京司さん……どうして、そんなに苦しそうなの……?)
扉一枚を隔てて――
会いたいのに、触れたいのに、
互いに踏み出せない距離。
そのもどかしさだけが、
静かに部屋を満たしていた。
「サラさん……」
蓮さんの声が、遠くに霞んでいく。
胸の奥では、まだ恐怖が震えているのに――
まぶたは重く、抗えずに閉じていった。
そして私は、再び意識の底へと沈んでいった。
――夢。
気づけば、私はまた温室の中にいた。
白い月下香が咲き誇り、
静かな光に照らされて揺れている。
甘く清らかな香りが、
まるで現実を忘れさせるほどに広がっていた。
(……綺麗……なのに……どうして……)
その美しさの奥から、声が響いた。
「サラ……たす……け……て……」
姉の声。
今度ははっきりと、胸を貫くほど鮮明に。
花の白が静かに揺れ、
幻想的な光景が広がる。
けれど――その中心に横たわる姉の姿。
目を閉じ、動かない。
その首元には、光を放つ“色違いのペンダント”が
強く、強く輝いていた。
(……これは……何……?)
恐怖と共に、記憶の扉が軋む音がした。
白い月下香が、静かに風に揺れていた。
その花々の中心――
姉が、横たわっていた。
苦悶に歪んだ表情のまま。
それでも、美しさを残した横顔。
「サラ……助けて」
響いた声に、胸が締めつけられる。
それが――姉の最後の言葉だったのだと悟った。
首元で、色違いのペンダントが強く輝いている。
その光は、美しいはずなのに、どこか残酷に見えた。
(……まさか……これで……)
言葉にならない恐怖が、心を切り裂いていく。
その傍らに――少年の影。
鋭い視線で私を見つめ、冷たい声が落ちてきた。
「ぜんぶ……君が悪いんだ」
「僕を選ばなかった……君がね」
歪んだ愛と憎しみが、絡み合う声。
私は声を失い、夢の中でただ涙を流すことしかできなかった。
「いやぁぁっ!」
絶叫と共に、私は飛び起きた。
全身が震え、胸は息苦しいほどに早鐘を打つ。
「サラさん……! 落ち着いてください!」
蓮さんがすぐに駆け寄り、震える私の肩を支えてくれる。
その腕の温もりにすがりながらも、涙は止まらなかった。
夢じゃない――
あれは、確かに“記憶”だった。
扉の外。
京司さんは立ち尽くし、閉ざされた空間から響く私の悲鳴を聞いていた。
胸を抉られるような痛みに、無意識に拳を握りしめる。
唇を噛みしめ、涙をこらえながら――
愛する人が苦しむ姿をただ見守るしかない自分の無力さに、胸が張り裂けそうなほど痛感した。
(……やはり、あの時の記憶が戻り始めている)
額に滲む汗。
胸の奥を締めつけるのは、言葉にできない焦燥と恐怖だった。
(だが――真実を知れば、サラは壊れてしまう)
誰よりも守りたい。
それなのに、自分の存在こそが彼女を傷つけている。
(双子……同じ顔を持つ俺たち)
京司の瞳には、どうしようもない影が宿っていた。
蓮さんの声に支えられながら、
私はようやく呼吸を整えた。
けれど――心の奥で揺さぶられる恐怖は、まだ消えていない。
(……お姉様……あの時、何が……)
震える手を胸に押し当て、目を閉じる。
涙の熱が、頬を静かに伝っていく。
扉の外。
京司さんは誰にも見られない闇の中で、拳を握りしめたまま立ち尽くしていた。
(サラ……どうか……思い出さないでくれ)
声にならない祈りが胸を焼く。
けれどその祈りは――
彼女の記憶の扉が開きかけていることを、誰よりも示していた。
白い月下香の花。
その香りは、美しくも残酷に――
過去の真実を呼び覚ましていくのだった。
震える手を胸に押し当て、私は目を閉じた。
涙の熱が、頬を静かに伝っていく。
(……お姉様……あの時、何が……)
闇に沈む意識の中で、もう一つの記憶が浮かび上がる。
――姉を失ったあの日から、私のすべては音を立てて崩れ落ちていった。
両親もまた相次いで姿を消し、気づけば家すらなくなっていた。
その時、救いのように差し伸べられたのが――結婚の話。
裕福な男性に嫁ぐことが決まり、私は「これで安らげる」と信じた。
けれど、挙式の記憶がふいに脳裏をよぎる。
祭壇の奥。
参列者の中に――確かにいたのだ。
(……隼人……? あの人……どうして……)
京司さんのボディガードであったはずの彼が、
なぜ私の結婚式に立ち会っていたのか。
その答えを知るのは、きっとまだ早い。
けれど胸の奥では――すでに一つの答えに辿り着いていた。
やがて夫の裏切りを知った。
冷たい浮気の現場を、この目で見た。
絶望の中で家を飛び出した時には――もう、実家もなかった。
行くあてもなく、路頭に迷った私に差し伸べられたのは――玲司の手。
「大丈夫だ……俺がいる」
その声に縋るしかなかった。
けれど今なら分かる。
あの結婚も、あの絶望も――すべては玲司の描いた筋書きだったのだと。
彼の愛は、救いではなく檻。
甘く囁きながら、逃げ道をひとつ残らず閉ざしていく。
――京司さんの愛が、痛みを背負ってもなお「守ろう」とするものだとすれば。
玲司の愛は、壊してでも「縛りつける」ものだった。
気づいた瞬間、胸の奥が冷たく震えた。
(私の人生は……最初から、あの人の掌の上に……)
白い月下香の香りが漂う。
その美しさの中で、私はただ――恐怖に息を詰めていた。
第39話では、サラの記憶がさらに鮮明になり、
姉の最後の姿と、玲司の残酷な愛の影が
交錯する展開となりました。
京司の「守ろうとする愛」と、
玲司の「縛りつける愛」。
正反対の二つの愛が
サラを翻弄しながら、結末へと導いていきます。
完結まで、残りわずか。
どうか最後の瞬間まで
見届けていただけたら嬉しいです。




