13話:収穫祭
リオナが旅立って数年経った。
秋晴れのある日、私は『桃畑』と呼ばれている畑に来ていた。
隣には1人の男性が一緒に立っている。
「小桃様。今年のレタスの出来はイマイチでしたし、
土が弱ってるかもしれません。
今回はレンゲを植えませんか?」
「うん、そうしましょうか。
……今回はしっかり咲かせましょうか」
「小桃様。咲かせ過ぎちゃダメって教えてくれたの小桃様ですよ?
咲き誇る前にすき込みますからね」
「…はぁい」
「本当にイヤそうですね。分からなくもないですが、それで次の作物が元気に育つんですから我慢してください」
男性の頼もしさに笑みがこぼれる。
この畑を初めて作ったときにいた子供の曾孫がこの男性だ。
最初に作ったのは3メートル程度の小さい畑。
その畑を熱心に世話をしていた子の子孫が、思いは変わらず、でも今は15メートル近くまで広くなった畑の世話をしている。
ーー変わるものもあれば、変わらないものもある。
畑の横には、小さな柵で囲われたカワラナデシコが咲いている。
この柵を作ってくれた子供たちはみんな旅立った…。
だが、この子を慈しんでくれた思いは柵となって今も残り、その思いに応えるかのように毎年可愛い花を咲かせてくれている。
畑の土の様子を見ている男性を、私は小さな柵越しに見ていた。
「小桃様ー。そろそろ収穫祭の準備を始めますよー」
「はーい。いま行きまーす」
遠くから村人が声を掛けてきた。
今日は何回目か分からない収穫祭だ。
私は男性にも声を掛け、村へと歩き始めた。
〜〜〜
「小桃様ー、イス並べるの手伝ってー」
「はーい」
村に着くと子供も含めた村人全員が手分けして準備をしていた。
テーブルやイスを運ぶ者、料理を作る者、そして『会場』を作る者。
私はイスを運ぶグループに加わった。
運びながら周りを見る。
村人たちに混じって普段見ない人たちもいて、大勢で準備をしている。
数十年前に隣の村が一緒にやりたいと言ってきて、その数年後には逆隣の村も加わり、
今では3つの村が合同で行うようになった。
もちろん収穫を祝う行事そのものはそれぞれの村で行っているが、ここに集まる理由は…
「小桃様!」
声を掛けられて振り向くと、隣村の村長が立っていた。
「あ、こんにちは。晴れてよかったですね。
…ちゃんと打てるようになりました?」
「はっはっはっ。1年みっちり練習してきましたよ。
今年こそはウチの村が勝ちますからね!」
「それは手ごわそうです。今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします。ではまた後ほど」
手を振って自分の村の人たちの元へ戻っていき、
入れ替わるように今度は別の村の村長が近づいてきた。
「こんにちは小桃様。今日はよろしくお願いします」
「こんにちは。今年は農作業が忙しかったみたいですけど、練習できました?」
「うーん…他の村と比べると少ないだろうな。
あ、小桃様。これが理由だと思うんですが、最近村のまとまりがよくなった気がするんですよ」
「それはよかったです!みんなで何かをするとそれ以外でも話しやすくなりますからね」
「本当にその通りなんです。こちらに参加するようにして良かったと思ってます。
本当にありがとうございます」
「いえいえ、村長さんが頑張った結果ですよ。
今日は楽しんでいってくださいね」
「ありがとうございます。それでは」
隣村の村長が去った後、1人佇む。
話しやすくなる、か
まさか私の口からその言葉が出るなんて。
数年前、旅立つ人を見送りつづける悲しさに押し潰されていた。
リオナが旅立つ際、私を救ってくれたから今もここにいる。
周りの景色や人が見えるようになり、それまで以上に村人と話すようになり、今も生活を続けている。
ーーリオナ、わたし頑張ってるよ
ふいに、喉の奥に熱さを感じて我慢する。
村人たちから「悲しかったらいつでも泣いていい」と言われているが、
さすがに今日は心配される人数が多くて恥ずかしすぎる。
気持ちを切り替えるために周りに視線を移す。
馬車が数台と商人の集団が目に入った。
収穫祭を合同でやることを知ってから、商人たちも集まって出店を開くようになった。
収穫祭の陽気で財布の紐が緩むのを期待しているんだろう。
商人集団の中に、いつもウチの村に来てくれる商人を見つけた。
目が合って手を振ると丁寧なお辞儀を返してきた。
やっぱり…堅いなぁ
たしか5代目だったかな。
いくら同じ血筋と言ってもやはり性格は人それぞれだ。
…冗談を言い合えたあの時代は貴重だったのかもしれない。
その思い出を共感してくれる人は誰もいないし、私の中にだけ生き続ける思い出だ。
「小桃様ー。そろそろ始めますよー」
声の方を見るとウチの村の村長が手を振っている。
準備が全て整ったようだ。
いよいよ、今年も収穫祭が始まる。
〜〜〜
「みんな!今年の収穫も無事に終わった!
1年頑張ったことを誇り、
収穫できたことを喜び、
また来年もこの時が迎えられるよう願おう!」
参加している人たち全員、右手を胸に当てて静かに村長の挨拶を聞く。
私もみんなと同じように右手を胸に当てる。
毎年行っている行事だが、飽きたとは思わない。
"毎年同じことをする"ことに大きな意味がある。
来年の収穫祭も、またみんなと迎えることを願いたい。
目を瞑り、真剣に心の中で思った。
「さぁ!収穫祭を始める!
そして『小桃杯』の開催だ!
今年もウチの村が勝つぞ!」
「「「おーーー!」」」
「みっちり練習したからな!今年こそウチが勝つぞー!」
「楽しくやろう!でもどっちかの村には勝ちたいな」
「まずは子供たちのサッカーだ。その間に飲みすぎるなよー」
「お前もなー」
「「「あっはっはっはっ」」」
楽しい掛け声とともに収穫祭(&競技試合)が始まった。
3つの村が合同でやるようになったと同時に、競技試合は始めるキッカケを作った私の名前が使われ、
『小桃杯』と呼ばれるようになっていた。
恥ずかしいからと断ったが、全員が頑なに推したため私の方が折れた。
その小桃杯、最初は子供たちによるサッカーをみんなが飲み食いしながら応援するという和やかな雰囲気で始まり、その後、大人たちによるバレーボールへと繋がる。
ウチの村は他の村と経験値が違うため今まで負けたことがないが、
去年のバレーボールにて、酔っ払った隣村の村長が打ったスパイクサーブには参加者全員が度肝を抜かされた。
初めて打ったらしく1本も成功しなかったが、見ていた全員の目がキラキラしていた。
本人は1年間練習を重ねて精度を上げてきているはずだし、去年のそれを見ていたウチの村人も1年間練習してきた。
今年はどんな試合になるのか、どんな"初めて"が見られるか、すごく楽しみだ。
〜〜〜
「小桃様」
声を掛けられて振り向くと女性が立っていた。
たしかリオナの曾孫だったはずだ。
太ももには小さい女の子がしがみついている。
娘かな?
産まれたばかりの時に見たことはあるが、
身体が弱くて殆ど家で寝込んでいると聞いていた。
「こんにちは。今日はお外に出れたんですね」
「はい。体調がいいみたいで、せっかくの収穫祭なので連れてきたんです。あ、それでですね…」
「どうかしたんですか?」
「バレーボールに出る予定だった人、膝の調子が悪いみたいで代わりに出て欲しいって言われて…。
すみませんがこの子を見ててもらえませんか?」
「うん、いいですよ。ほぼ初対面だから怖がられないといいけど…」
ずっと母親の太ももにしがみついている幼女の前にしゃがみ込んで目線を合わせる。
「こんにちは。私、こももっていいます。初めまして」
手を差し出すとおずおずと人差し指を握ってくれた。
逆の手は母親にしがみついたまま。
可愛いなぁ
「小桃様とおとなしく待っててくれる?」
母親がお願いすると、幼女は母親と私を交互に見たあと、両手で私の手を握ってくれた。
「こももです。お姉ちゃんと遊んでくれる?」
「……ももねえ?」
耳を疑った。
遠い昔に呼ばれた名前。
出会ってすぐに懐き、一緒に過ごしてくれた人が呼んでくれた名前。
必ずまた会うと言った人が呼んでくれた名前。
私を救って旅立っていった人が、最期に呼んでくれた名前。
記憶と同時に涙が零れる。
空いてる方の手で目を覆うが涙は止まらず溢れ出る。
「ももねえどうしたの?どこかいたいの?ももねえ?」
「…っ、う…うわあぁぁぁん…」
目を覆って黒い視界のまま。
幼女の声と母親がオロオロする雰囲気、周りの人たちがざわざわする空気を感じるがどうにもならない。
ーーリオナ…。リオナ。リオナ!
「うわぁぁん…うっ、っ…うわぁぁぁん……」
自分の泣き声しか聞こえない。
我慢する気も起きない。
私は気持ちに任せて泣き続けた。
「…うっ…ぐすっ……」
ようやく気持ちが落ち着いてきた。
落ち着いてきて、周りが静かなことに気がついた。
目を覆っていた手を下ろしたが、視界は真っ黒。
「……えっ…なに、これ…?」
よくわからない状況に戸惑っていると、
目の前にぼんやりと光る人型が現れた。




