12話:◯◯◯
目が覚めた。
…覚めてしまった。
眠ったまま死ねたらラクなのに、
いつもと同じように目が覚めてしまった。
起きたなら動かなければいけない。
いつの間にか寝間着から出掛ける服に変わっている。
いつの間にか食器が片付いている。
濡れているなら食べ終わったんだろう。
準備が出来てるなら村へ向かう。
縄が掛けやすそうな木。
深そうな川。
尖っている岩。
それしか見えない
村に着いた。
すれ違う大人たちと挨拶を交わしながら広場へ向かう。
会話も笑顔も出来ていると思う。
わからないが
子供たちと一緒に原っぱへ来た。
男の子たちが走り回るのを見ながら
女の子たちと花の冠を作る。
…先月、村で一番足の速かった男性が旅立った。
…先週、恋愛相談を受けたことのある女性が旅立った。
もうこの村に、私が来た時に居た人は殆どいない。
村人のほぼ全員、私が来た後に生まれた人たちだ。
村人みんなが私に良くしてくれる。
仲良く接してくれる。でも、
……"私を知っている人"が、私を置いて旅立っていく。
その感覚しかない。
わたしもいきたい
みんなといっしょに
みんなにかわいがってもらって
そのままとけてしまいたい
きえてしまいたい
……村の大人が1人、こっちに走ってくる。
ああ、また
また誰かが旅立つのか
〜〜〜
……いよいよこの家か
何度も来たことのある家に案内されて中に入ると、
リオナがベッドに横たわっていた。
「おばあちゃん。小桃様が来てくれたよ」
リオナは目を開けない。
私はベッドの横に跪き、リオナの手を取った。
リオナと手を繋ぐのは何十年ぶりだろう。
深くシワの刻まれた、軽い手だった。
「リオナ。今日もちゃんと笑っていられたね。
明日もまた楽しい日が来ます。
今日が終わるまでのほんのちょっとの間、リオナが見ていた”世界”を私に教えてください」
「………小桃様」
「うん。なあに?」
「小桃様…。今日も、笑ってくれましたね。
明日は、必ず…楽しい日が来ます。
私が終わるまでの間、小桃様が見ていた”世界”を…
私に教えてください」
「!?」
リオナが目を開けて私を見ていた。
「……うん。
…私ね、お母さんが大好きだった。
事故で死んじゃって、お母さんを置いて、この村に来たの」
「はい」
「初めて会ったのは、村長さん…明るいおじいちゃんだった。
一緒に次の村長さんもいたみたいだけど、
…よく覚えてないの」
「はい」
「次の日、貴女がお母さんと来てくれてね。
初めはお母さんの後ろに隠れてたのに、
少ししたら私に懐いてくれて、
あの時は……嬉しかったなぁ」
「ふふっ、…はい」
「貴女と手を繋ぎながらこの村に来て、
村の人たちにお世話されて、
すごく嬉しかったの」
「はい」
「子供たちといっぱい遊んで、…実は私が遊んでもらってたのかな。
大人たちのお手伝いもして、わからないこともいっぱい教えてもらったわ」
「…束ね方、覚えましたもんね」
「うん。今なら貴女より速いよ?」
「ふふっ。……じゃぁ後で勝負しましょうか…」
「………うん。
…毎日楽しく過ごしてたけど、
悲しいこともあって……」
「はい」
「…みんな、旅立っていくの。
私を置いて……行っちゃう。
…もう、私が来た時にいた人は、貴女だけだよ…」
「…そうですね」
「…私も!私も一緒に」「小桃様」
「……うん」
「私は、…小桃様と会えて嬉しいです。
みんな、そう思っています。
いつか旅立つけど、それでも、
小桃様に会いたい、小桃様と話したい、そう思っています」
「……でも…もうツラくて…」
「はい。小桃様は本当に優しいから…。
私が旅立っても、小桃様は"私"をずっと連れて行ってくれる。
私だけじゃなくて、村のみんなも、ずっと連れて行ってくれる。
…だから、みんな、小桃様が大好きで、大切なんです」
「……うん」
「小桃様が笑ってくれると、みんな嬉しいです。
小桃様が泣いていると、みんな悲しいです。
小桃様が、ムリして笑うと、みんなツラいです」
「………」
「小桃様。みんなといっぱい、お話してください。
楽しいことも、悲しいことも、隠さなくていいんです。
どんなことでも、小桃様からお話が聞けるのは、みんな嬉しいから」
「……うん」
「私のことも、いつか子供に話してあげてくださいね。
苗投げに失敗して水かけられた、って」
「…うん」
「…小桃様。
もうすぐ旅立つけど、でも、
…私は必ずまた、小桃様と会います。
だから、この村を見ててください。
……村の人たちを、見ててください」
「……うん」
「…小桃様……ハグしてください」
「うん…(ぎゅっ)」
「……桃姉」
「……いま…なんて……」
「大好きだよ、桃姉」
「……うん、うん!……わたしも…大好きだよ……
ずっと…ずっと大好きだから!」
「……………」
「……リオナ?…リオナ!リオナ!起きて!目ぇ開けて!お願い!逝かないで!………っ、うわあぁぁん…ヤダ!置いてかないでっ!…いやぁ!…うわぁぁぁん……」
部屋に響く小桃の泣き声。
村人たちはリオナが旅立ったことを知るが、誰も動けない。
小さい頃から小桃を姉のように慕い、
大きくなっても姉のように頼り、
見た目が祖母と孫娘になっても姉のように愛したリオナ。
その存在を失った小桃の悲しみの深さがわからない村人は、一人もいなかった。




