10話:トウヤ
小桃様がこの村に来てから50年が経った。
最近、小桃様の泣く姿をよく目にする。
泣く理由は聞かなくてもわかる。
旅立った人を思い出しているのだ。
この村は止まっていない。
知識は必ず若い世代に受け継いでいるし、誰かが亡くなっても村は止まらない。
多くはないが子供も生まれているから村が絶えることもない。
共に過ごした村人が亡くなるのは悲しい。
村人全員がそう思っている。
だが、"生きる"ためには立ち止まれない。
前に進むしかない。
小桃様もそう思っているだろう。
だが、思えば出来るとは限らない。
"その人"がいたことを自らが証となるために心に刻みつける小桃様は
どうしても立ち止まってしまうだろう。
ふとしたことで"その人"を思い出して泣いてしまう。
…小桃様にとってこの村にはそのふとしたことがありすぎる。
今も木の影に隠れて静かに泣いている。
一緒に遊んで気を紛らわしてやりたいが、歳のせいで身体が動かない。
話をして慰めてやりたいが、それも出来ない。
楽しい思い出が増えるほど泣く理由が増えてしまう。
小桃様を慰めるオレも、小桃様を置いて逝くから。
〜〜〜
…周りが暗い。
暗い中、小桃様が泣いている。
泣かないでくれ!
オレが代わりに泣くから
笑ってくれ!
オレが何か、何か面白いことを考えるから
ーー泣き続ける少女にオレの声が届かない。
〜〜〜
目を開けると、小桃様がオレの手を握って微笑んでいた。
小桃様の後ろには大勢の村人たちがいる。
ーーそうか、その時が来たのか
「村長さん。今日もちゃんと笑っていられたね。
明日もまた楽しい日が来ます。
今日が終わるまでのほんのちょっとの間、村長さんが見ていた”世界”を私に教えてください」
小桃様が微笑んでくれている。
ーー違う!オレが見たいのは笑顔だ!
そんな"泣き顔"じゃないんだ
「…小桃様。…2人で、話がしたいです」
オレの声が聞こえたのか村人たちは部屋を出て行き、2人きりになった。
「…オレが初めて見たとき、その少女は泣いていた。
…怖くて少ししか見れなかったが、その姿は、今でも覚えている…」
「はい」
「少女は村で過ごすようになった。
子供たちと一緒に走り回り、
大人たちと一緒に汗水垂らして、
毎日楽しそうにしていた」
「はい」
「少女が笑うのを見るのが嬉しかった。
…でも長く過ごすうちに、少女は笑うことよりも、泣くことが増えた」
「……はい」
「…思いを告げたが、断られて良かった。
受け入れられてたら…いま、もっと苦しんだだろうな…」
「…誰か決めて結婚すればよかったのに…」
「…オレには小桃様しかいなかった。
小桃様のそばにいられれば…それで、それだけで良かったんだ」
小桃様が泣いている。
何とかしたい。笑って欲しい。
「…オレのことは忘れてくれ…」
「!?…どうしてそんなこと言うんですか…」
「小桃様には笑っていて欲しいんだ。
オレを思い出して泣かれるのは、嫌だ」
「…覚えるのは私の勝手です」
「…なら…"花が咲いてた"って覚えてくれ。
花を見れば笑顔になってくれるだろ…」
「花は喋りません!トウヤさんとのやりとり…絶対!忘れませんから!
…うっ、…く…」
どうすればいい。
ただ、笑ってほしいのに。
「…小桃様…貴女を、愛しています」
「!?……私を…愛してくれて…ありがとう!……っ…うっ……!!!…」
部屋に響いた小桃様の泣き声が、
次第に遠ざかっていった。
目も、話してる途中から見えなくなっていた。
ーーああ、やっぱりダメだったか
初めて見たのも、最期に見たのも泣き顔なんて。
人生、うまくいかねえな……
ーー神様。
今まで信じちゃいなかった。
信じたってどうせ何もしてくれねえしな。
だから神頼みなんてする意味がなかった。
そんなオレがお願いなんて虫が良すぎるのはわかってる。
わかってるが、頼む。
あの少女が笑顔で過ごせるように、
ーー奇跡を起こしてくれ。
本当に一生に一度のお願いなんだ。
頼む。




