09話:小桃の1日
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<朝>
わたしが小桃を別世界に送ってから40年が経った。
通常の人間であれば、40歳を超えたら様々な経験を経て落ち着いた行動をとる年齢である。
どれ、どんな1日を過ごしているのか、
様子を見てみ「あーーー!これっ!これを待ってたの!キミ!走って行ってリオナからハサミと針と糸借りてきて!貴方達は2人で枯れ草集めて!いっぱいね!他の子は長い枯れ草を握れる程度に束ねて!4本ね!」
お、落ち着いた行d「これで!これで世界が変わる!私は神となるのだ!」
いや、神は私だが。
一体何をやってるんだか…。
「小桃さーん、ハサミと針と糸持ってきたよー」
「ありがとー…ってなんでリオナもいるの?」
「小桃様がこういう呼び方するときって面白いことするときでしょ。
今日の仕事は少なめだから様子を見に来たんです」
「まぁそのつもりなんだけどね。
あっ!リオナはお裁縫得意だよね。
もう!世界が私の望むとおりに動いてるわ!」
小桃の手元にあるのは…沢山の布か?
一番上に『魔女さんへ』と書かれたメモが挟んでいるということは、
商人からの荷物らしいな。
「えっと、細長い半月っぽいのをいっぱい作って、と…。
あ、枯れ草集まったら広げて干しておいてね。
リオナ、この布を重ねて縫い合わせてね」
…なるほど、"アレ"を作るのか。
確かに子供たちと遊ぶにはちょうどいいな。
「最後の1枚は縫わないでね。みんなは広げた枯れ草集めてね」
「なにつくるのー?」
「もうちょっとで出来るよー。
枯れ草と、布の切れ端も詰めちゃえ」
「小桃様、すごくパンパンだよ?」
「その方がいいんだよ。
リオナ、最後はキツいけど頑張って縫い合わせて」
「小桃さまー。枯れ草束ねたよー」
「ありがとう。根本は広げて、立つようにしてね」
「はーい」
子供たちみんな言われた通りによく動く。
小桃は随分懐かれているようだ。
「…出来た!
ジャジャ…コホン、これは『ボール』って言います!みんな言ってみて!せーのっ」
「ジャ「ボール」」
「誰!?ジャって聞こえたよ!?
みんなが揃うまで先生やめませんからね!せーのっ」
「ボール!」
「そう、これは『ボール』。
無限の可能性を秘めた神の道具なのです」
使わんが?
「小桃様。これはどう使うんですか?」
「大事なのはこれじゃなくて、"決まり事"なの。
それによっていろんな遊び方ができるんだよ」
「きまりごと…むずかしそう…」
「簡単な決まり事だから大丈夫。さっき作った枯れ草の束、こっちと向こうに2本ずつ離して立ててね」
「……立てたよー」
「向こうと幅を合わせて、と。
よし、リオナは向こうの束の間に立って。少し手前にね」
「はーい」
「最初は私とリオナがやるから、みんなは見ててね。
決まり事は、手を使わないこと」
ほう、サッカーか。
細かいルールを省けば子供でもすぐ遊べるな。
「本物のボールと比べたら弾みにくいけど、何とかなるはず。
リオナいくよー。束の間をボールが通ったら負けだからね。それっ!」
「…よいしょ。あ、結構楽しいかも」
「………なんで初手で膝トラップ出来るの??」
「小桃様いきますよー。…あ、村長!」
「え?村長さん!?………いないじゃない、あ」
「ボール、束の間を通りましたよ。
小桃様の負けですね?」
「謀ったなリオナ!」
小桃よ。一体いつからーーこれがフェアなゲームだと錯覚していた?
「なん……か聞こえたけど気のせい?」
「小桃様は引っ掛かりやすいですねー」
「まさかリオナが私を騙すなんて…
二度目はなくってよ!それっ!」
………小桃よ。経験の有無は分からないが
少なくとも知識はあったはずだ。
リオナのフェイントに引っ掛かりまくって若干不憫に思えるが…
逆に考えれば素直と言うことだな。
「小桃様、もうお疲れですか?」
「くっ、ガッツが足りない…
リオナって40超えてなかった?
なんでまだ元気なのよ…
み、みんな、こんな感じでやるの…
遊んでみて…」
「「「わーい」」」
「はぁはぁ…、みんな楽しそう、
作って良かった…」
うむ、小桃よ。午後もあるから体力は温存するべきだ。
あと、普段からもう少し運動した方がいい「それ前にも聞いたから!……??」
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<昼>
たしか、普段であれば小桃は午後から大人たちと一緒に農作業をするはずだ。
「…ということがあったんです!」
「おいみんな!急いで作業を終わらせるぞ!
小桃様!オレたちにも教えてくれ!オレたちは何を集めればいい?」
「は、はい」
ふむ。リオナは随分と楽しそうだったからな。
午前の楽しかった出来事を村長に話すのは当然だが、
それを聞いていた村人たちが色めき立っている。
娯楽がない村だ、それも必然だろう。
「おいお前!商人が出発してあまり時間が経ってない、追いかけて布を買い占めてこい!
婆さんたちは藁で縄作りだ!
あとは何だった…詰め物?
籾殻でやってみるか。
残り全員で畑仕事だ!1時間で終わらせるぞ!」
「「「おーーー!」」」
「………すごいなぁ」
うむ、わかるぞ小桃。
一瞬で村人全員が"同じ方向に進む"様子は見ていて気持ちの良いものだからな。
「わ、私は何をすれば…?」
「小桃様は畑の草むしりをお願いします!」
「わかりました!がんばります!」
小桃よ。
作業する村人の必死さに当てられてがんばっているが、
大変なのはこの後ではないのか。
…いや、これを言うのは不粋というものだな。
お、遊びの材料が集まったようだ。
何を始めるのか楽しみだな。
〜〜〜
「小桃様教えてくれ!
この"儀式のしきたり"はなんですか!」
「うん、村長さん。若干物々しい言い方はやめましょうね。
子供たちとやったのとは違う遊びをします。
決まり事は少し難しいですけど、すぐ覚えられると思います」
「みんな!心して聞くように!」
「「「はいっ!」」」
「やだこの人たちこわい…
1つ目、遊びが始まったらボールを"持たない"こと。
2つ目、相手の土地にボールを渡すときはこの縄の上を越すこと。
3つ目、自分たちの土地にボールが落ちたら負け。
まずはこの3つでやってみましょうね」
「みんなわかったな!ボールを地面に落とすのは我が子を地面に落とすと思え!」
「「「はいっ!」」」
「うん、その心意気は素晴らしいです。
それを躊躇なくスパイクするのはどうかと思いますが…
一通りの動作を教えますね」
〜〜〜
「バカタレ!トスはボールの真下に入れ言うとるだろうが!
罰じゃ、川に行って水汲んでこい。
…お前はなんでスパイク打てんで掠るんじゃ!」
「違う!今のは…今のは狙ったんだ!
敢えてブロックを避けるために…」
「ほう、面白いこと考えとるな。
もういっぺんやってみろ、出来んかったら山行ってシソ摘んでこい」
「…摘んできます」
小桃が一通りの基本動作を教えて30分後の光景がこれか。
なんというか、凄まじいな。
「……きっと疲れたんだろうな。
腰が伸びないって言ってたお婆ちゃん、Cクイックのトス上げてるように見えるし…」
楽しそうだな小桃よ。
今年の収穫祭は間違いなく"球技大会"になるだろう。
数年後には"村対抗の球技大会"に発展、
——そして数十年後、"小桃杯"の大会が開かれるのもあり得るぞ。
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<夜>
そろそろ日が落ちそうな頃。
小桃は身体を拭いて食事を取り、
暗くなると同時にベッドに入って毛布に包まる。
灯りはあるがそもそも夜更かしする理由がない。
今日一日あったことを母親に話しかけながら眠りにつくのである
「お母さん、今日聞いちゃったの。サッカーで2番目に得点多かった女の子、隣の家のお兄さんが好きなんだって。
いいなぁ、可愛いなぁ。
……あれ?あのお兄さんって隣の村の人とお付き合いし始めたんじゃ…ヤダ、恋愛相談とかされても私ムリだよ……昼ドラみたいに…なっちゃうかな……この泥棒猫…って……………」
こうして小桃の1日は静かに終わ「この世界に猫っているのっ!?いるのかな!?」
・・・・・
「…もう遅いし聞けないか…猫いいなぁ…ウチじゃ飼えなかったし…いいなぁ…モフりたいなぁ……欲しいなぁ……もふもふ………」
こうして小桃の1日は終わる。
たぶん。。。
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<???>
「小桃様!小桃様!」
呼び声に目を覚ましベッドから飛び出る。
真っ暗な部屋の中を走り入口の戸を開けると
外には息を切らせた村人が立っていた。
小桃は静かに頷き、近くに掛けてあった薄い布を羽織って村人と共に走る。
「おじいさん、小桃様が来てくれたよ」
意識が朦朧としているのか視線を向けようともしない老人の元に駆け寄り、小桃は両手で老人の手を優しく包み込む。
「おじいさん。今日もちゃんと笑っていられたね。
明日もまた楽しい日が来ます。
今日が終わるまでのほんのちょっとの間、おじいさんが見ていた”世界”を私に教えてください」
いつからか、村では誰かが”そろそろだ”と感じたとき、小桃を呼ぶのが習わしになっていた。
小桃もそれを断ったことはなかった。
それは彼女にとって、”生きていた証”を聞く時間だったのかもしれない。
部屋の中に聞こえるのは老人と小桃の話し声だけ。
静かに続くその話し声は、
誰にも遮ることの出来ない、優しくも神聖なものだった。
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