08話: 罪の影
「小桃様!」
柔らかな陽射しの下、畑を耕していた私のところへ、慌てた様子の村人が駆け寄ってくる。
「こんにちは。どうかしたんですか?」
「すみません。子供が怪我をしてしまって。たいしたことないんですが、そばに誰かいてほしいって……お願いできますか?」
「はい、大丈夫ですよ。場所を教えてください」
言われた通りの場所へ急ぐと、小さな子が一人、木陰でしゃがんでいた。
膝を擦りむいているらしく、細い脚から小さな血がにじんでいる。
「痛かったね。……でも、えらいね、一人で頑張ってて」
傷口を水で優しく洗い、持ってきた薬を静かに塗った。
「もう少しだけしみるけど……大丈夫。すぐに治るから。ね、死んだりしないよ」
「うん、死んだらお母さん悲しむし、神様に怒られるもん」
「……っ」
その言葉が、胸に刺さった。
「そうだね……お母さん、悲しむね」
そのあとは何を話したか、あまり覚えていない。
子供はすぐに元気を取り戻し、ありがとうと手を振って走っていった。
残されたのは、胸に残る、重く小さな棘だった。
〜〜〜
帰宅してすぐ、家の前で身を沈めるように膝を抱えた。
さっきからずっと、頭の中で子供の声が繰り返されている。
「――死んだら、お母さんが悲しむ」
自分でも理由がわからない。
ただ、それがずっと、胸の奥でくり返し響いてくる。
悲しませた――?
「……そんな、わけ……」
喉の奥に、苦い熱が溜まっていく。
「私は……死んでない。今もこうして……悲しませてなんか……」
でも――
あの時、神様はなんて言った?
なんで私はこの世界にいる?
「……帰らなかった。ずっと、帰らなかった」
お母さんは、私が帰ってこないことをどれだけ悲しんだだろう。
どれだけ泣いたのだろう。
「……お母さん、私……!」
ふいに、崩れた。
「――ごめんなさい……っ、ごめんなさい……!」
震える声が夜の静けさに溶けていく。
月も星もない曇り空の下で、私は声を殺して泣き続けた。
涙が零れ、頬を伝い、手を濡らし、ようやく届いた。
――ああ、私は、母を悲しませていたんだ。
だから私は、いま、こうして泣いているんだ。




