06話②:告白②
「………」
「………」
オレが"女性よりも木が好きな上級者"ではないことは分かってもらえた。
分かってもらえたが、
「えっ?木が好きなんじゃないんですか?」と呟いたときのあの表情はなんだったんだ?
まるで"SSRと思って喜んだらCOMMONだった"みたいな表情。
いやオレも何を言ってるのか分からないが。
それよりも!
「オレが好きなのは木じゃない!小桃様です!」
誤解を解くためにあれこれ言っていたら
…そのまま言ってしまった。
そして今、二人して無言になっている。
『こういうのはムードが大事』って村の女たちが言ってたな。
うん、オレもそう思う。
こうなった原因は前村長だ。文句はそっちに言ってくれ。
「…あ、あの…」
「はっ!はひ!」
緊張しすぎて変な声が出た。恥ずかしい…
でも、小桃様が何か喋ってくれる。
オレはその言葉を待つしかない。
「…ありがとう、ございます」
お礼が聞けたことに安心した。
…いや、"声が聞けたこと"に安心した?
ここに来る途中、いつものように笑顔で沢山話してくれた。
それが"いつもの普通"だった。
…小桃様が話をしてくれないとこんなに不安になるなんて、知らなかった。
「…少しお話があります。家に入ってもらえませんか?」
小桃様が家の戸を開いて招いてくれる。
オレが頷いて家の中に入るとき、横目に見えた。
戸を押さえている小桃様の手、なんで震えているんだ?
〜〜〜
テーブルに着いて待っていると小桃様がオレの前に湯呑みを置いた。
「実は正面で向かい合うのって苦手なんです。すみません」
そう言うと小桃様は椅子をずらし、オレの斜め前に座った。
「うまく話せるか分からないですけど…"ちゃんと"話しますから、どうか聞いてください」
「分かった」
オレが頷くと、静かに話し始めた。
「私は"不老"です。最初は信じられなかったですけど、
20年経っても身体が変わらないなら、本当だと思います」
「うん。そうだな」
「みんなは歳を重ねて…リオナは大きくなって結婚しちゃったし…
村長さん、このあとどうなっていくか分かりますか?」
「………」
「私が結婚して、子供も産んで、…多分産めると思うけど…
そのあと、どうなると思いますか?」
「!?」
「…間違いなく、夫と子供を看取るんです。
好きになった人と、大事に育てた子供を」
「………」
「隣村の村長さんから昔話を聞きました。私みたいな人がいたって。
お話を聞いた感じだと、多分、
私の"不老"は子供には継がれません」
小桃様が湯呑みを持ち上げるが、口をつけずに元に戻す。
「結婚して、楽しい家庭で…夫と子供の笑顔を見て…私が我慢をすれば…
でも…でも嫌なんです!悲しい思いをしたくない!楽しく過ごしたい!
…っ、ごめんなさい!う…っ、想いに、応えられなくてっ!……ごめんなさい!っあああああ……」
泣き声ではなく魂が引き裂かれる音が聞こえ、弾かれたように小桃様の手を両手で包む。
オレは何を考えていた。
楽しい家庭を持つこと。
ーーその先は…?
この"少女"が抱えることになる苦悩に全く気づかなかった。
オレだけか?村の住人は気づいているのか?
少女の謝罪と泣き声が部屋の中に響く。
オレは何も出来ず、かける言葉も見つからず、少女の泣き声にただ打ちのめされていた。
〜〜〜
「……ぐすっ…す、すみませんでした…」
「いや、謝らないでくれ」
時間が経ち、ようやく落ち着いて声を掛けてくれた。
部屋は暗くなっている。おそらく日が沈んだのだろう。
遅くまでいるのも良くない。帰る旨を伝えると入り口まで来てくれた。
「小桃様。オレの気持ちは変わらない。
貴女が好きです。
でも、貴女を困らせたくないんだ。
オレのことは気にしないでくれ」
「で、でも…」
「いいんだ。
小桃様が笑ってくれて、話してくれる。
それだけでオレは嬉しいんだ」
「…はい……すみません」
…小桃様の顔には、もう涙も笑みもなかった。
まるで全てを使い果たしたかのように、ただぼんやりとオレを見つめていた。
「ほら、オレには失恋を慰めてくれる優しい娘がいるから」
外の大きく育った木を指差すと、そんな彼女が、ほんの少しだけ口元を緩めてくれた。
ーーやっと笑ってくれた
オレは別れを告げて、村へと歩き始めた。
……あのとき、村長は小桃様の頭を撫でていた。
今の自分は、どこか…あの姿に似ているのかもしれない。
道端の岩に腰掛けて項垂れる。
「村長…あなたは、小桃様がこうなるって、気づいてたんだな…」
前村長が旅立つときに遺した言葉を思い出し、1人で呟いた。
告白を断られたのは残念だが、それはもうどうでもよかった。
これからの小桃様を考えたら涙が止まらない。
ーーオレは何が出来るのか
小桃様に笑ってもらうために、何が出来るのか
顔を上げると、空には綺麗な満月が佇んでいた。
涙が頬をつたってこぼれ落ちる。
「オレは!どうすれば…!」
満月はただ黙って、遠くからこちらを見つめていた。
何も言わず、それでもどこか、オレと一緒に泣いてくれているようだった。




