05話⑨:隣村の村長②
「こちら、どうぞ」
「ありがとう。本当は『お構いなく』って言うところですが、いただきますね」
テーブルに着いた男性にお茶を出し、
私もお茶を持って向かいに座る。
「わたしも"小桃様"って呼んでいいのかな?
それとも"魔女さん"かな?」
「最近みんなが"小桃様"って呼ぶんです。
前は呼び捨てだったのに。
やめてって言っても変えてくれないんです」
「はっはっはっ、みんな大事に思っているんですよ。
じゃぁわたしは"小桃さん"と呼ばせてもらいますね」
「はい、よろしくお願いします。
……それで、お話というのは?」
緊張しながら本題に入る。
「私の村にもね、いたんですよ。……"魔女さん"が」
「……えっ!?」
「いや、いたらしいって言うのが正しいか。
私は祖父から聞いたが、その祖父も『いたらしい』と言ってたしな。
村に古くから伝わる昔話みたいなものですよ」
「昔話…」
「はい。それは、"何年も姿が変わらない女がいた"というものです」
ーー私と同じ"不老"!?
「その女の見た目は二十代半ばくらい。
綺麗な女だったらしくて、大勢の男に言い寄られ、その中の1人と結婚したそうだ」
「ふんふん!それで?それでどうなったの?」
「小桃さん、恋愛話に興奮しないようにね。
…仲の良い夫婦で、子供は1人生まれた」
「良い家庭を持てたんですね。いいなぁ」
「……何年経っても綺麗な奥さん。夫も嬉しかったでしょうね。
そうして嬉しい気持ちのまま、夫は寿命で亡くなった」
「寿命!?…そっか、年月が経てばそうですよね」
「そして、その女は若い姿のまま、…子供も寿命で亡くなった」
「………」
「夫だけでなく子供を、病気や事故じゃなく"寿命"で看取った。
その後まもなく、その女は自分で命を絶った。
…これが、私の村に伝わる昔話です」
自分で…命を……
「大事に育てた子供を失うのは、親であれば深く悲しむものです。
それを"寿命"で看取り、自分の姿はずっと変わらない。
…どれほどの悲しみかは、想像もつきません」
「………」
「暗い話になってしまってすみません。
小桃さんのことを前の村長から聞いて思ったんです。
もしかしたら昔話の女は小桃さんと同じだったんじゃないかと。
小桃さんも昔話の女のようになってしまうんじゃないか…と。
イヤな気持ちにさせるかもしれないが、絶対に伝えなければいけない。
そう思って、今回お訪ねしました」
「…はい。ありがとうございます…」
「今すぐ何かしなければならないってものではないです。
ゆっくりと時間をかけて、小桃さんの答えを探せばいいと思いますよ」
「………」
何をどう考えればいいのか全く分からない。
俯く私に、それまで静かに語っていた男性が明るく話し始めた。
「そうそう。この前村に来た商人から預かり物をしてるんですよ」
手荷物から取り出したそれは、
様々な色で塗り潰された紙の束だった。
一番上には"魔女さんへ"と書かれた小さい紙が挟んである。
預かり物を手渡すと男性は立ち上がった。
そろそろ帰るのだろう。
私も見送るために席を立つ。
入り口で男性が振り返る。
「小桃さん。貴女の周りにはみんながいます。
今日会ったばかりですが私もいます。少し離れてますがね。
それをどうか忘れないでください」
「…はい。ありがとうございました」
男性が気を遣う程の暗い話だった。
だが、聞くべき話だったと思う。
心からのお礼を言うと、男性は手を振って去っていった。
…私も結婚したら……子供ができたら……
昔話の女のことをずっと考えていた。
商人からの荷物は子供たちと遊ぶためのもの。
これがあれば子供たちの笑顔が見れる、素晴らしいもの。
しかし、その荷物に触れていても心は晴れず、
ずっと黒く塗り潰されたまま。
温もりを求めて握った湯飲みのお茶は
すっかり冷え切っていた。




