05話⑦:村長の旅立ち
私がこの村に来てから10年経った。
村に雪が降り始めたある日、村人が私を呼びに来た。
どうやら村長が私を呼んでいるらしい。
ここ数日、村長は体調が悪くずっと床に臥せっていた。
今までに感じたことのない不安を胸にしながら、村人と一緒に村へと向かった。
村長の家の奥まで入ると村長がベッドに横たわっていた。
少し離れたところに村人たちも座っている。
ベッドに駆け寄り、座り込んで村長の右手を両手で包み込む。
「……小桃…か」
「はい。村長さん」
私に気づいてくれたのか、目を開けて村長が応えてくれた。
「…ずっと姿が変わらん。本当に"不老"じゃったな…」
「村長さんも……初めて会ったときと変わらず、ずっと面白いおじいちゃんですよ」
「…ははは……
歳には勝てん。こればかりは、どうにもならんな」
村長はゆっくり左手を上げ、その手を私の頭に置いた。
「お前はツライ思いをするかもしれん。
ワシらには、どうすることもできん。
……小桃や。どうか、笑顔でおってくれ。
お前が笑うと…みんな嬉しいからな」
涙をこぼしながら、私は頷いた。
私がこの世界に来て初めて会ったのがこの人だった。
冗談を言いながら手当てをしてくれて、
村で過ごすことを許してくれて、
今ここにいられるのは全てこの人のおかげだ。
その人がいなくなってしまう。
会えない。話ができない。
この後どうすればいいのか分からない。
何か言いたいのに、喉が詰まって言葉が出ない。
涙が止まらないまま、私は村長を見ていた。
村長は微笑むと、私の後ろにいる村人たちに視線を向けた。
「…みんな…頼むぞ…
……ワシらができるのは…“この村に生きてよかった”と…そう思ってもらうことだけじゃ……
頼んだからな…」
村人たち全員が頷く。
村長は私を見て、言葉を続けた。
「…小桃にも、みんなにも、言いたいことは言った。
…さぁ、大事な時間じゃ。婆さんと話させてくれ」
「…ぐすっ……本当に、ありがとう…ございました…」
私は包んでいた手を額に当て、喉から絞り出してお礼を言うと、静かに手を戻して後ろに下がった。
入れ替わるように村長の奥さんが近づき、
ベッドに腰を下ろして村長の手を握る。
部屋の空気が変わった。
どこかあたたかく、静かで、誰にも邪魔できない時間がそこにあった。
二人で何を話しているか聞こえないが、きっと楽しい話だ。
二人とも、優しい笑顔で言葉を交わしているから。
しばらくして、村長が旅立った。
私が初めて経験する"親しい人との死別"を、
止まらない涙と悲しみの重さで感じていた。
外は冷え込み、静かに降っていた雪が村を少しずつ白く染めていく。
家の中にいる私の心にも、それは静かに降り積もっていった。




