04話③:春の訪れ
私がこの村に来てから6か月経った。
冬の寒さは収まり、暖かい日差しと気持ちの良い風にさらされて春が来たことを身体で感じる。
…あと1時間もすれば、だが。
昨日、村長さんから「明日は日の出前から作業を始める。ウチに泊まれ」と言われ、泊めてもらった。
そして、まだ日が昇らず薄暗い広場には村人が集まり始めていた。
「ももねえおはよう!」
「おはよう、リオナ」
この村では、私のことを「小桃さん」と呼ぶ人が多い。
でも、リオナだけは「ももねえ」って呼んでくれる。
少しくすぐったいけど、なんだか嬉しくて――私はこの呼ばれ方が好きだった。
「ちゃんと早起き出来たんだね」
「うん!大事なお仕事だもん!
ももねえ、来年はウチに泊まってね!」
「ありがとう。そうさせてもらうね」
村人が全員集まったのか、村長が前に出てきた。
「みんな集まったようじゃな。全員で苗を運んだら水田と畑に分かれて作業じゃ。頼んだぞ」
苗?水田??
みんなと一緒に歩きながら、近くの村人に作業のことを聞いてみた。
「今日はこれから田植えだ。その前に苗を採るんだが、これは日の出前にやらないとダメなんだ」
ーー田植え!聞いたことある!
世間がGWで浮かれる中、農家さんはその作業で連休が潰れるっていう、あの田植え!?
「この村は川が近いから米が作れる。それほど多くは作ってないけどな」
「えっ…お米って作れるんですか?」
「………ももねえ?」
「小桃、お前まさか"山に生えてる"とでも思ったか?」
「やめて!喋らせないで!喋ると泥沼にハマりそう」
「はっはっはっ。まぁこのあと泥にハマるんだけどな。お、着いたぞ」
リオナからジト目を浴びつつ前を見ると、
小さい池と大きい池が見えてきた。
小さい池の方には何かがビッシリと生えている。
…これが、苗?
「小桃は初めてだからな、束ねたものをカゴに入れてくれ。
優しく入れてくれよ」
村人たちが小さい池に入り、生えているものを静かに抜いて束ねていく。
よく見ると池の深さは殆どなく、薄く水面が張っている程度だった。
私は苗の束を受け取ってカゴに入れていく。
「ももねえも束ねる?」「ここがいいです」
苗を優しくカゴに詰めるのが楽しいです
束ねるのが苦手だからじゃないです
「よし、採り終わったな。カゴを運んだら分かれよう。
……小桃は苗を触るのが楽しそうだからここに残ってろ」
全員で大きい池の近くにカゴを運び終わると10人ほどがその場に残り、
他の人は別の場所に向かって行った。
次は何をするのかと思っていると、
村人が2人、長いものを担いで来た。
ーー何あれ?
それは見たことのない、木の道具だった。
断面が六角形になっていて、そしてすごく長い。
2メートル以上ありそうだ。
面ごとに交差する木枠が組まれ、まるで格子模様の柱のような作りだった。
「これはな、田植えの目印をつける道具なんだ」
そう言いながら村人はそれを水田に入れ、向きを整えた。
軽く上から押さえつけ、前に一面分転がす。
また押さえつけて、前に転がす。
村人はそれを繰り返し、水田の中をどんどん前に進んでいく。
気になって水田の中を見てみると、
底の泥にマス目のような跡が残っていた。
「このマス目の交わったところを目印にして苗を植えるんだ」
ーーすごい!
シンプルだけど、なんかすごい!
道具と使い方と結果が、考え抜いて編み出されたもののように思えて感動する。
「さぁ植えよう。難しくないから小桃もやってみろ。真ん中に入れ」
カゴを腰に縛り付けた村人が2人、
マス目の付いた列の両脇に立ち、水田に入っていく。
私も同じようにカゴを付け、水田に足を入れた。
思ったほど冷たくない。
ただ、足が泥に沈んで歩きにくい。
これってもし倒れたら…いや、考えないようにしよう。
両脇の2人に植え方を教えてもらい、カゴから苗の束を取り出して植えていく。
これ、すごく大変だ…
中腰で手の届く範囲を植えたら
泥から足を引き抜いて前へ。
まだ始まったばかりだが確信する。
…明日は筋肉痛だ。
泣き言を言ってもしょうがない。
頑張って植えなくちゃ。
両隣の2人は手際よく進んでいく。
初めてなので遅いのは当たり前だが、
どんどん差が開いていくことにプレッシャーを感じる。
あれ…?
私の正面の4列を植えていた筈なのに、両脇の2列が既に植えられている?
前を見ると、両隣の2人が1列ずつ追加して植えてくれている。
「頑張って追いついてこーい」
「はーい、ありがとうー」
ーーすごく嬉しい!
頑張ろうって気になる!
「おーい!リオナー」
「わかったー」
再び前を見ると、先行していた1人が手を挙げている。
そしてリオナがあぜ道を走っていく。
なんだろう。何かあったの?
「いくよー、せーのっ!」
リオナがアンダースローで投げたのは、苗の束。
弧を描いて飛んでいったそれを、手を挙げていた人がキレイにキャッチ。
そっか!手持ちが無くなって補充してるんだ!
楽しそうと思っていたらリオナと目が合った。
「ももねえも欲しい?」
「うん!欲しい!」
先行の2人より遅く、更に植える列が減っているので手持ちはまだあるが、受け取ってみたい!
「いくよー、せーのっ!…あっ、ダメ!」
「えっ?」
パシャン!
弧を描いてきたそれは、私の少し手前に落下。
そして跳ね上がる水しぶき!
「ぷはっ…やったなー」
「あはははは、ごめんなさいごめんなさい」
笑いながら次の束を放り投げてきたが、
今度はちゃんとキャッチ出来た。
「足りなくなったら言ってねー」
「うん。ありがとうー」
「リオナー。何か歌えー」
「えー…うんっ!」
田植えをしている村人のリクエストに応え、リオナが元気な声で歌い始めた。
澄んだ歌声が水田に響き、春の空に溶けていく。
身体に堪える作業だが、
楽しく田植えを続けていった。
〜〜〜
もうすぐお昼になる頃、水田に苗が植え終わった。
あぜ道に上がって背伸びをし、
自分のやった成果を見ようとして振り返り、言葉に詰まった。
暖かい日差しと気持ちの良い風にさらされて、
苗たちが"手を振っている"。
その光景を、私は愛おしく眺めていた。




