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主人公には程遠い  作者: 利乃-Rino-
第零章 第三者の主人公
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0-0 過去×未来

「以上が、今回の事件の顛末と、それを基に分析した私の考察だ」


 そう言って締めくくられた、半日以上をかけて語られた考察とやら。それはどう聞いても、小説を朗読しているようにしか聞こえなかったが、まあ、本人がそう言うならそれでいいんだろう。 

 ニッと口角をあげる目の前の友人に対して、青年は呆れたように溜息を吐く。

 長ったらしい考察もどきに対してではない。友人のことを理解しきれていなかった自分の不甲斐なさに対してだ。


「題名をつけるとすれば『椿壺と完全犯罪者』と言ったところか。いや『暴かれた道化の考察』の方がいいか?」

「そんなのはどっちだっていい。それより、その異能(ちから)、ずっと隠してたのか」


 飄々としている友人に青年が詰め寄れば、友人はどこか困ったような笑みを浮かべる。


「なに、君ほどじゃないさ」

「あのなぁ……」


 言外に、お前に言われたくない。そう言われた気がするが、気にしないでおく。

 友人は意図して異能を隠していたのに対し、青年は自分の持つ異能にまったく気が付いていなかったのだから、そもそもからして違うだろう。

 と言っても、そう反論したところで、口の上手い友人に言い負かされるのは目に見えているし、無駄に神経を使う必要もない。どうせ友人は、青年をからかいたいだけなのだ。


 だが、このままからかわれ続けるのも癪だと、青年は話を逸らす。

 とりあえず傍にあった紙の束……いや、塔を指差す。青年たちが今いる部屋中に、所狭しと置かれたそれら。

 この部屋が紙に溢れているのはいつものことだが、今回は流石に、いつもと比較にならない量だ。この紙全部が今回の事件に関する資料かと思うと、頭が痛い。しかも青年の些細な言動まで記されているときた。


「これ、どうするよ」


 そう青年が聞けば、友人はなんとも言えないような顔を見せる。

 付き合いの長さ故か、その表情から馬鹿にされていることはよくわかった。わかりたくなかった。


「話題を逸らすのはいいが、もう少しわかりにくくしたまえ、下手くそ」

「うるさい!」


 罵倒。溜息と一緒に吐かれた毒。

 やれやれと言わんばかりに頭を振る友人に返せたのは、あまりにも子供じみた罵声だけ。

 苛立ちと恥ずかしさを感じながら、それを隠すように傍にあった紙に目を通すと、そこにはつい数週間前に起きた事件の詳細がこと細かに綴られている。

 自身も知らなかった内容に惹かれて次々と流し読みしていけば、部屋の入り口近くにある紙ほど最近のものだと気が付いた。じゃあ奥の方に置いてある紙は、いったい何年前のものだ?


「自分が憎いかい?」

「(こいつ、資料の位置を覚えているのかよ)」


 流石と言うべきか、友人は青年がどの資料を見ているのかわかっているらしい。

 今手にしている紙には、十四年前に起きた事件について書かれている。今なお消えないその記憶に、懐かしさや後悔が綯い交ぜになったような感情が湧いてくる。


「……そう、だな」


 青年の心を代弁するかのように、弱弱しい掠れた声が出た。

 目を閉じれば、なんて言葉じゃ生温い。目を開けていようと、あの日のすべてが思い出せる。あの時の光景が蘇る。あの瞬間に戻ったような錯覚すら起こさせる。


「結局俺は、誰も助けられなかった。あの人も──」


 史上最悪とも呼ばれた今回の事件だけじゃない。十四年前に起きた事件にも、青年は深く関わっている。むしろ、どちらも当事者と言っても差し支えない位には、事件の渦中にいた。

 始まりは、千年以上に渡って続く因縁。

 そんな厄介事に、血の繋がりがあるわけでもなく、因縁があるわけでもない青年がなぜ巻き込まれなければならなかったのか。答えは聞いているとはいえ、すべてが終わった今でも納得はいっていない。いや、納得したくないのだ。あまりにも、後味の悪すぎる終わりだったから。


「確かに、君は誰も助けられなかった。だが、君の存在に救われた者はいたはずだ。少なくとも、『霧雨』はそうだろう?」

「そんな所まで観ていたのか」

「そんな所? なにを言っているんだ、私が観ていたのは」


 にぃ、と上げられた口角に、背中を寒気が襲う。


裏霧(りきり)のすべてさ」

「──っ!」


 心臓が嫌な音を立てる。

 知らず知らずのうちに息を止めていたのか、酷く息苦しかった。




******




 人間とは無知で排他的。いつまで経っても理解するということを理解しない生き物だと思わないか?


 鈍い灰色のコンクリートのような壁に囲まれた、物一つ置かれていない六畳ほどの広さの部屋。天井に設置されている三本の蛍光灯。窓もなければ扉もない、出入りなど到底不可能な密室。そこで青年は、小柄な少年と向き合っていた。

 年は十二歳くらいだろうか。この幼い少年が一連の事件の首謀者だと言われても、普通なら腑に落ちないだろうが、彼の異能を知っている身としては納得しかない。


 自分と少し違う力を持った人間には、それは個性だと受け入れ『人』として認知する。

 自分より大きな力を持った人間には、それは才能だと受け入れ『英雄』だと崇める。

 しかし、自分と遥かに違う異質な力を持った人間には、それは凶器だと拒絶し『化け物』と嫌忌する。

 違う力は認知され、ある力は崇められ、ありすぎる力は嫌忌され。その嫌忌する力を知ろうともせずに、異質な力というだけで化け物だと罵り続けた。誰一人として理解しようとしない。知らぬということが恐怖を生むというのにな。


 目の前の彼は、歪な笑みを浮かべながら語りかけてきた。


「ふざけんな。無知は罪だと、あんたはそう言いたいのかよ」


 あんまりな言い分に腹が立ち、思わず睨みつけてしまったが、相手は気にも留めていない。

 姿こそ変わらないが、態度や口調が先ほどまでとは一変した青年に驚くこともなく、全部知っていますと言わんばかりの素振り。

 もしこの場に普段の青年を知っているものがいれば、その豹変ぶりに目を疑っただろう。


「おいおい、感情的になるなよ」


 視線からか、言動からか、青年が苛立っているのを彼も感じ取ったらしい。彼は肩を竦めて、おどけたように、茶化すように笑いかけてくる。

 挑発だとわかっていても、その態度に腹立たしさは増す一方だ。彼が元凶だと理解しているからか、普段のように感情のコントロールが利かない。


「いつもお前が被ってる化け物の皮、どうした?」


 一歩、また一歩と近づく距離。歪な笑みをさらに深めながら、覗き込むように青年を見上げてきた彼の赤い目が、濁って不気味な色をしていた。


「(まるで、血の色だ)」


 何気なく思いついてしまった言葉に、背筋が寒くなる。彼の濁った目など見慣れているはずだ。少年の姿を見たのは今が初めてでも、彼とは何度も会っているのだから、今更恐怖する必要なんてない。

 恐怖などおくびにも出さず、その目を見返す。


「無視するなよな」


 青年が問いかけに対し一切反応しなかったのが不満だったのか、彼は不機嫌そうに言いながら、くるりと背を向けて歩き出す。だが、わずかに見えたその顔には、不機嫌そうな声色とはまったく違う、あの歪な笑みを浮かべたままだ。


「まあ、お前が化け物の皮脱いだところで、中身かって化け物だ。変わらんわな」


 足を止めて顔だけ振り向いた彼は、馬鹿にするように、蔑むように、はっきりと言う。しかし、その顔は無だ。浮かんでいた歪な笑みも、その目の奥に含まれていたからかいの色も、削ぎ落されたかのようになにもない。そして告げる。


「所詮お前も化け物さ。人間の皮を被らなきゃ生きていけん。だがな、被った皮が化け物じゃ意味ねぇぞ、糞餓鬼」




******




「──ぃ! おい!」

「……ぁ、おれ……」

「まったく、思い出に浸るのはいいが、意識を飛ばしてくれるなよ」


 呆れたように溜息を吐く友人の姿を見て、青年は自分がなにをしていたのかを思い出した。

 目の前に広がるのは、さっきまで見えていた灰色の部屋ではなく、紙だらけの部屋。手に持っている紙の感触が、ここが現実だと知らしめる。


「まるで呪いだな」


 呆然としたままの青年に向けて、友人はどこか悲しそうに笑いかけてきた。


「ソレは、お前を永遠に過去に縛り付ける」

「そんなこと」

「ない、とは言わせんよ」


 青年の言葉に被せるように言われた言葉。確かに、友人の言うことも間違ってはいないんだろう。

 赤色を見るたびに、息苦しさを感じるたびに、少しでも共通点があるたびに、この記憶は蘇る。永遠に忘れることすらできず。だけどこの記憶は、忘れてはいけないものだ。

 彼の生き様を知り、あの人の願いが叶った時。なにより、青年がある決意をした瞬間なのだから。


「それでも、別にいい」

「決して良い記憶ではないだろうに、別にいいとはよく言ったものだな。君とて死にかけたというのに」


 あの密室には青年と彼しかいなかったのだが、なぜそこで起きたことを友人が知っているのか。

 青年は誰にも話しておらず、彼が死んだ今、あの出来事を知っている人物はいないはず。まあ知られていても困ることではないが。

 その答えはすぐに思い当たった。友人の異能だ。


「でも、ある意味、始まりの日だからな」

「随分と悲しい始まりだな。どうせ、君しか憶えていなくなるというのに」

「構わないさ。それは俺が望んだことだ」

 

 それに、記憶を共有することはできなくても、記録を共有できる人はいるのだ。青年だけが憶えているわけじゃない。

 そしてそれは、友人とて知っていること。


「君は見ていて哀れになるよ。せっかくだ、同情ついでにこれをあげよう」


 友人から投げるように渡されたのは、机の上に置かれていた一冊の本。それなりの厚みと重さのある本だが、黒色の表紙にはなにも書かれていない。


「これは?」

「本さ」


 そんなことは見ればわかる。


「君はうだうだ考えるから切り替えるのが下手なんだ。その記憶も纏められて形として残っていれば、少しは吹っ切れるだろう」


 じゃあこの本は、友人が書いたというのか? まさか俺の為に?

 そんな考えが青年の頭に浮かんだ。


「君の望む答えがすべて書いてある」


 友人が見ている前で、とりあえず表紙を開く。


「あぁ、そうか。そうだったんだな」


 一行目で、書かれていることがわかってしまった。

 そうか、すべてが始まったのは、あの日だったのか。

 こみ上げてくる涙をこらえながら、青年は綴られている文字を追い始めた。


 物語の始まりは────

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