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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ミステリショートショートシリーズ

日本一の補習

掲載日:2025/03/06

A棟、A棟。

大体、アサギが教員の口から聞く棟の名前は、「A」だ。

補習授業は大体、そこで行われる。

アサギは、それ以外の棟とか空間、プレネール高校の、に呼ばれたことがない。


一方、


「例の通りで」


と言われた連中は、A棟ではない場所へ行っているはず。である。


「例の通りで」


と言うだけで、教員その人の口から具体的な棟の名前は、出て来ない。


アサギのような、放課後を補習のために過ごす生徒というのは。

回数も結構通っているし。

周知の部分が多かった。


周知でないのは、「例の通り」から表現されるであろう、行先。

どこのことなのか。







大抵、弱いために大会にも呼ばれない。

夏以外は、暇な水泳部。

運動部よりも、プレネールという高校、大学も併設している、は文化系の方が強かった。


「放課後の講義というか、むしろ。そっちの方が時間。長くなってない?」


同じ水泳部の、ヒロユキが言う。


今日は高校近くの屋内プールに、集まっての練習。

すでに、18時を回っているため。


「メインは夜間」


とヒロユキ。


「夜間?」


「授業は午前中の、暇つぶしみたいなもんだろう。最近のメインなんて、もっぱら補習と部活だろ」


「あとテストな」


とアサギ。


部活仲間が次々に飛び込む中、順番を待っている。


「メインはむしろA棟だから、俺らの教室はそっちに、持って行ききゃあいいのにな」


言って、アサギは飛び込んだ。







隣席のやつは、全く違った。

アサギの前の席は、フクハラという眼鏡女子。

しょっちゅう廊下に名前が出る、有名人。良い意味で。


「中学から高校にかけての伸び。それは、情緒に左右される所が大きい」


フクハラが、他の女子数人を相手に言っていたフレーズ。


「勉強だけじゃないのよ。技術面もね」


事実、フクハラは抜群に成績がよかった。

廊下に名前が出るのは、それだ。

テストの成績でも、模試でも、学年トップクラス。


「A棟には行かねえよなあ、フクハラさん」


ヒロユキがある時、ボソッと言った。


「『例の通り』ってやつ?」


「そうだろう、たぶん」


とアサギ。


「技術」と言うだけあって、フクハラには確かに勉強以外の「技術面」があった。

彼女は美術部だ。

一度、アサギとヒロユキは、おずおずとしながら。

見せてもらったことがある。


ただただ、何もないキャンバスの白地。

そこから、作業工程。

筆が動いていって、倍速。早回し。絵が出来上がっていく。


「宣伝用なのよ」


とフクハラ。


「宣伝。何のですか?」


ヒロユキは、フクハラには何故か。敬語しか使わない。


「部活の。大会に出るため、というのもあるし。まだ見ぬ、部員たちへの宣伝」


「まだ見ぬ」


とアサギ。


SNS。


いつだったか。A棟に呼ばれるだけの、アサギでも。これだけは記憶に残っていた。

SNSと承認欲求の関係。

心理学者の書籍を、授業中に引用したのである。

引用した教員が誰だったか、アサギはとうに忘れたが。


「ほんとに誰か見てんの?」


とアサギ。


フクハラは一瞬、むっとする。


「見てるわよ。実際、結構インプレッションが付くし」


「それってノルマとかあるの? 部活内で」


「ない。でも、インプレッション数は多いほうがいい」


ただただ、精密で精巧な絵が、出来上がっていく。

その様子だけの動画だ。

そういうのが、バズるらしい。


そこに、メッセージ性はあるのか?

という質問は、アサギの口からフクハラに対して出たことは、一度もない。

出す機会もない。







「要するに、時間ないってことだろ。フクハラさんには」


とヒロユキ。


アサギ。


「ないと思う。あれだけ成績上位のくせに、部活で、大会に出て。しかも。あれだけ精巧な絵を描くのに、どれだけ時間掛かると思う?」


「知らねーよ」


「時間ないのに勉強出来るってのは、絶対なんかある」


「なんもないって」


「じゃあ、『例の通り』ってのは?」


「……」


補習があるなら、逆もしかり。

頭のいいやつが集まる場があっても、おかしくないという。

アサギの単純な予想だ。







補習があるなら、逆もあるだろう。

特別な生徒のための、特別な講義。

で、


「例の通りってこと?」


とヒロユキ。


この見解に至ったのは、フクハラのSNSを、アサギとヒロユキが見たあとだったが。

口には出さないものの、他の連中もアサギが「特別講義」と表現した補習ではない、何かがあると。

確信しているやつが居たようで。


「勉強の出来る特別な生徒」は、どこに集められているか?

誰が呼ばれているのか、というのも、分からないのである。


「廊下に、成績上位の名前は。貼り出すのにな」


とヒロユキ。


「うちの学園、変じゃない?」


「うん。箝口令が多い気がする」


とアサギ。


よく、勉強の出来るやつが「私何もしていないよー」と言うアレ。

その学園版なのかもしれなかった。







何回か、A棟によく行く連中が、成績上位の連中の後を。

つけていったことがあるらしい。

だが未だに、「例の通りで」の場所まで、追うことの出来た者は、居ないという。


もしかして、大学の校舎とかなのだろうか?

とアサギは考えた。


だが、あっちは学生と教員一人ごとにIDが配られているから、おいそれと高校のやつが入ることは、出来ないはずだし……。

と考えていると、急に宙へ浮いた感覚になった。


今は放課後だが、アサギは一人だ。

ヒロユキはいない。


宙に浮いて、浮いて、ものすごい音。

アサギは尻から、もろに落下した。

エレベーターである。落ちた。どこに?

ロープが切れた?


幸い、かすり傷一つなく済んだ。

当然ながら、照明も落ちている。

真っ暗で、寒い。

床が冷たい。


ロープが切れた時点で、電気系統は駄目だったろう。

それにしても、ロープが切れるとは……。

エレベーター自体が脆い? 管理も甘いだろうこれは。


視界は暗黒だが、アサギは手探りで。

床、壁と手を這わせた。

今の持ち物は、バッグだけだ。


手ごたえがあった、固い物。金属。

それで、隙間から漏れる光の筋を頼りに、固い物の先端を引っ掛けた。

力任せに引っ張る。

一箇所だけ変に陥没した。

そこから手を入れて、手前に押す。

胸のほうへ引く。


少しずつ開いたドアから見えて来たのは、大きなスクリーンだった。

数百メートルくらい先にある、スクリーン。


アサギはこじ開けて出来た穴へ、更に体を入れる。

そして、無理矢理にその間隔を広げていった。


数百メートル先のスクリーンに映っているのは、暴力的なシーン。

泣き叫ぶ声がする。


「やめてください!」


ただ、泣く声も聞こえる。

男子、女子……?


生徒たちが集まって、スクリーン前に固まっている。

捻じ込んだ体、制服が少し千切れた。そして体が外へ出る。

壊れたエレベーターではない、床へ転がったアサギの眼に映ったのは、殴られ蹴られるフクハラの姿だった。

スクリーンに。映っている。


「やめて……!」


血を流している、映像のフクハラ。

と、アサギが床にへばっている所へ、駆け寄って来た女子が居た。

フクハラだった。

どこも怪我していない。


「何、これ」


アサギは唖然として尋ねる。


フクハラは顔を伏せ、床に手をついている。

顔を上げもしないで言った。


「特別講義。先生が『例の通り』っていうやつよ」


「フクハ」


まで言って、アサギはやめた。


フクハラは顔を上げず、むせび泣いている。

アサギが誰なのかも、分かっていない様子だ。

空間は暗い。

スクリーンだけが、妙に白く光っている。


「講義なの……?」


アサギは言った。

どう見ても、フクハラへの暴行映像にしか見えない。


やがて、別の生徒に切り替わる。

殴られ、蹴られ。


「これ、本当の……」


「違う。たぶん合成。でもね、少しでもノルマが足りないって思われると、先生から見せつけられるのよ。ここで」


「いつもここなの?」


「毎回場所は違う」


A棟のようではなくて。

毎回場所が変わる?


エレベーターが墜落した、ここ。

校舎内であることに、変わりはないが。


「もっと、成績上げないと。インプレッション上げないと。殺されるかもしれない」


フクハラはそう言った。


中学から高校に掛けての伸びが、情緒に左右されるって言うんなら。

「暴力映像を見せつける」というのは、理にかなった講義なのかもしれない。


表に永遠に公表されない、「例の通り」。


数、インプレッション。


アサギは、自分はずっとA棟通いでいいと思った。


ひとまずは、フクハラに出口を訊くことにしよう。とも思った。


「補習とA棟のほうがいいよ。フクハラ」


とも、アサギは言った。

  

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