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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ミステリショートショートシリーズ

日本一の補習

A棟、A棟。

大体、アサギが教員の口から聞く棟の名前は、「A」だ。

補習授業は大体、そこで行われる。

アサギは、それ以外の棟とか空間、プレネール高校の、に呼ばれたことがない。


一方、


「例の通りで」


と言われた連中は、A棟ではない場所へ行っているはず。である。


「例の通りで」


と言うだけで、教員その人の口から具体的な棟の名前は、出て来ない。


アサギのような、放課後を補習のために過ごす生徒というのは。

回数も結構通っているし。

周知の部分が多かった。


周知でないのは、「例の通り」から表現されるであろう、行先。

どこのことなのか。







大抵、弱いために大会にも呼ばれない。

夏以外は、暇な水泳部。

運動部よりも、プレネールという高校、大学も併設している、は文化系の方が強かった。


「放課後の講義というか、むしろ。そっちの方が時間。長くなってない?」


同じ水泳部の、ヒロユキが言う。


今日は高校近くの屋内プールに、集まっての練習。

すでに、18時を回っているため。


「メインは夜間」


とヒロユキ。


「夜間?」


「授業は午前中の、暇つぶしみたいなもんだろう。最近のメインなんて、もっぱら補習と部活だろ」


「あとテストな」


とアサギ。


部活仲間が次々に飛び込む中、順番を待っている。


「メインはむしろA棟だから、俺らの教室はそっちに、持って行ききゃあいいのにな」


言って、アサギは飛び込んだ。







隣席のやつは、全く違った。

アサギの前の席は、フクハラという眼鏡女子。

しょっちゅう廊下に名前が出る、有名人。良い意味で。


「中学から高校にかけての伸び。それは、情緒に左右される所が大きい」


フクハラが、他の女子数人を相手に言っていたフレーズ。


「勉強だけじゃないのよ。技術面もね」


事実、フクハラは抜群に成績がよかった。

廊下に名前が出るのは、それだ。

テストの成績でも、模試でも、学年トップクラス。


「A棟には行かねえよなあ、フクハラさん」


ヒロユキがある時、ボソッと言った。


「『例の通り』ってやつ?」


「そうだろう、たぶん」


とアサギ。


「技術」と言うだけあって、フクハラには確かに勉強以外の「技術面」があった。

彼女は美術部だ。

一度、アサギとヒロユキは、おずおずとしながら。

見せてもらったことがある。


ただただ、何もないキャンバスの白地。

そこから、作業工程。

筆が動いていって、倍速。早回し。絵が出来上がっていく。


「宣伝用なのよ」


とフクハラ。


「宣伝。何のですか?」


ヒロユキは、フクハラには何故か。敬語しか使わない。


「部活の。大会に出るため、というのもあるし。まだ見ぬ、部員たちへの宣伝」


「まだ見ぬ」


とアサギ。


SNS。


いつだったか。A棟に呼ばれるだけの、アサギでも。これだけは記憶に残っていた。

SNSと承認欲求の関係。

心理学者の書籍を、授業中に引用したのである。

引用した教員が誰だったか、アサギはとうに忘れたが。


「ほんとに誰か見てんの?」


とアサギ。


フクハラは一瞬、むっとする。


「見てるわよ。実際、結構インプレッションが付くし」


「それってノルマとかあるの? 部活内で」


「ない。でも、インプレッション数は多いほうがいい」


ただただ、精密で精巧な絵が、出来上がっていく。

その様子だけの動画だ。

そういうのが、バズるらしい。


そこに、メッセージ性はあるのか?

という質問は、アサギの口からフクハラに対して出たことは、一度もない。

出す機会もない。







「要するに、時間ないってことだろ。フクハラさんには」


とヒロユキ。


アサギ。


「ないと思う。あれだけ成績上位のくせに、部活で、大会に出て。しかも。あれだけ精巧な絵を描くのに、どれだけ時間掛かると思う?」


「知らねーよ」


「時間ないのに勉強出来るってのは、絶対なんかある」


「なんもないって」


「じゃあ、『例の通り』ってのは?」


「……」


補習があるなら、逆もしかり。

頭のいいやつが集まる場があっても、おかしくないという。

アサギの単純な予想だ。







補習があるなら、逆もあるだろう。

特別な生徒のための、特別な講義。

で、


「例の通りってこと?」


とヒロユキ。


この見解に至ったのは、フクハラのSNSを、アサギとヒロユキが見たあとだったが。

口には出さないものの、他の連中もアサギが「特別講義」と表現した補習ではない、何かがあると。

確信しているやつが居たようで。


「勉強の出来る特別な生徒」は、どこに集められているか?

誰が呼ばれているのか、というのも、分からないのである。


「廊下に、成績上位の名前は。貼り出すのにな」


とヒロユキ。


「うちの学園、変じゃない?」


「うん。箝口令が多い気がする」


とアサギ。


よく、勉強の出来るやつが「私何もしていないよー」と言うアレ。

その学園版なのかもしれなかった。







何回か、A棟によく行く連中が、成績上位の連中の後を。

つけていったことがあるらしい。

だが未だに、「例の通りで」の場所まで、追うことの出来た者は、居ないという。


もしかして、大学の校舎とかなのだろうか?

とアサギは考えた。


だが、あっちは学生と教員一人ごとにIDが配られているから、おいそれと高校のやつが入ることは、出来ないはずだし……。

と考えていると、急に宙へ浮いた感覚になった。


今は放課後だが、アサギは一人だ。

ヒロユキはいない。


宙に浮いて、浮いて、ものすごい音。

アサギは尻から、もろに落下した。

エレベーターである。落ちた。どこに?

ロープが切れた?


幸い、かすり傷一つなく済んだ。

当然ながら、照明も落ちている。

真っ暗で、寒い。

床が冷たい。


ロープが切れた時点で、電気系統は駄目だったろう。

それにしても、ロープが切れるとは……。

エレベーター自体が脆い? 管理も甘いだろうこれは。


視界は暗黒だが、アサギは手探りで。

床、壁と手を這わせた。

今の持ち物は、バッグだけだ。


手ごたえがあった、固い物。金属。

それで、隙間から漏れる光の筋を頼りに、固い物の先端を引っ掛けた。

力任せに引っ張る。

一箇所だけ変に陥没した。

そこから手を入れて、手前に押す。

胸のほうへ引く。


少しずつ開いたドアから見えて来たのは、大きなスクリーンだった。

数百メートルくらい先にある、スクリーン。


アサギはこじ開けて出来た穴へ、更に体を入れる。

そして、無理矢理にその間隔を広げていった。


数百メートル先のスクリーンに映っているのは、暴力的なシーン。

泣き叫ぶ声がする。


「やめてください!」


ただ、泣く声も聞こえる。

男子、女子……?


生徒たちが集まって、スクリーン前に固まっている。

捻じ込んだ体、制服が少し千切れた。そして体が外へ出る。

壊れたエレベーターではない、床へ転がったアサギの眼に映ったのは、殴られ蹴られるフクハラの姿だった。

スクリーンに。映っている。


「やめて……!」


血を流している、映像のフクハラ。

と、アサギが床にへばっている所へ、駆け寄って来た女子が居た。

フクハラだった。

どこも怪我していない。


「何、これ」


アサギは唖然として尋ねる。


フクハラは顔を伏せ、床に手をついている。

顔を上げもしないで言った。


「特別講義。先生が『例の通り』っていうやつよ」


「フクハ」


まで言って、アサギはやめた。


フクハラは顔を上げず、むせび泣いている。

アサギが誰なのかも、分かっていない様子だ。

空間は暗い。

スクリーンだけが、妙に白く光っている。


「講義なの……?」


アサギは言った。

どう見ても、フクハラへの暴行映像にしか見えない。


やがて、別の生徒に切り替わる。

殴られ、蹴られ。


「これ、本当の……」


「違う。たぶん合成。でもね、少しでもノルマが足りないって思われると、先生から見せつけられるのよ。ここで」


「いつもここなの?」


「毎回場所は違う」


A棟のようではなくて。

毎回場所が変わる?


エレベーターが墜落した、ここ。

校舎内であることに、変わりはないが。


「もっと、成績上げないと。インプレッション上げないと。殺されるかもしれない」


フクハラはそう言った。


中学から高校に掛けての伸びが、情緒に左右されるって言うんなら。

「暴力映像を見せつける」というのは、理にかなった講義なのかもしれない。


表に永遠に公表されない、「例の通り」。


数、インプレッション。


アサギは、自分はずっとA棟通いでいいと思った。


ひとまずは、フクハラに出口を訊くことにしよう。とも思った。


「補習とA棟のほうがいいよ。フクハラ」


とも、アサギは言った。

  

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