【ダーク】指先一つで狂う歴史
今、私は世界に存在しない。
そう自分に言い聞かせる。
月明かりすら届かない暗闇の中、ただジッ……と、“その瞬間”を待ちながら。
自分の行為にどんな意味があるのか、どんな見返りがあるのか。
そんなものに興味はない。
やるべきことはただ一つ。
世界の秩序を一瞬で混沌へと陥れる。それだけだ。
どんな政治家にも、どんな軍師にも成し得なかった政変を指一本で巻き起こす。
それが私に与えられた天命。
しかし、己の名が歴史書に記されることは未来永劫あり得ないだろう。
いや、あってはならない。
私は世界に存在しないのだから。
「………………来た」
目当ての人物が姿を表し、拍手喝采が響き渡る。
歴史的な凱旋パレードを一目見ようと、観衆が押し寄せているのだろう。
しかし、それが失敗で終わることを世界でたった二人、私と雇い主だけが知っている。
さぁ、仕事の時間だ。
思考を断ち切る。油断は1ミリも許されない。
今、視線の先にいる人物は、数多の戦果を挙げて天下を手中に収めた有史以来最高と謳われる英雄ではない。
ただの“的”だ。
距離800m、北東風2.1m/s。
呼吸を止め、照準という名の十字架をピッタリと合わせて、
指先一つ、歴史を変える引き金を引いた。
【お題:月、見返り テーマ:スナイパー 文字数:500字】