2.能力の真実
朝焼けの光が鍛冶場に差し込む。昨日の能力の儀で「金属変形」の力を得たカナトは、胸を高鳴らせながら親方の鍛冶場へと向かっていた。
「おはようございます!」
鍛冶場の扉を勢いよく開けると、親方のガルスと兄弟子のレオンが既に作業を始めていた。
「おう、カナト。いよいよ自分の能力を試す時だな」
「昨日はおめでとう、カナト! 俺たちの仲間として、これからバリバリ鍛冶を学んでいこうぜ!」
レオンが笑顔で肩を叩く。カナトは嬉しさを噛み締めながら頷いた。
「はい! 俺、頑張ります!」
作業台に向かい、用意された鉄の塊を前に深呼吸する。右手をそっと鉄に触れ、「剣になれ」と心で強く念じた。
すると、鉄の塊がゆっくりと変形し始めた。液体のように波打ちながら、その形はみるみるうちに剣へと変わっていく。
「……すごい!」
カナトは息を飲んだ。鍛冶槌を振るうことなく、自分の力だけで美しい剣が生まれたのだ。
「すごいじゃないか、カナト!」
「これなら鍛冶の修行も楽勝だな!」
レオンも興奮気味に言う。しかし、親方のガルスは腕を組み、じっとその剣を見つめていた。
「親方?」
「ちょっと見せてみろ」
カナトは嬉しそうに自分の作った剣を見せた。ガルスはその剣を慎重に観察すると、棚から鑑定用の魔道具を取り出した。
「鑑定開始……」
魔道具が光を放ち、剣の詳細な情報が浮かび上がる。次の瞬間、ガルスの眉がピクリと動いた。
「……なんだ、これは?」
「え?」
カナトがのぞき込むと、そこに表示されていたのは――
《鉱石(鉄)》
――剣ではなく、ただの素材としての表示だった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺、ちゃんと剣の形にしましたよ!」
「確かに形は剣だ。だが、これはただの鉄の塊と変わらん……いや、むしろ悪い」
ガルスの声は重かった。そして、カナトが手を離すと――
剣の形をしていた鉄が、元の塊へと戻っていった。
「なっ……?」
カナトの体が震えた。
「お前の能力は、触れている間だけ金属を変形させるものらしいな。だが、それは形を変えただけで、鍛冶で生み出される『剣』とは違う。これでは武器にはならない」
ガルスの言葉は、カナトにとって信じたくないものだった。
「そ……そんな……俺の能力は……鍛冶に向いてないってことですか……?」
「少なくとも、このままでは実用にはならん」
頭が真っ白になった。これから鍛冶師として生きていくはずだったのに、能力があればもっと素晴らしい鍛冶師になれると思っていたのに――
「そんな……嫌だ……」
レオンも言葉を失い、ガルスも目を伏せた。
「で、でも普通に剣を打つのも上手いじゃん!普通に鍛冶師になればいいんじゃない。」
レオンの言葉に気を取り直す。
そうだ、普通に鍛冶師になるんでもいいんだ。
そう思い直して涙を堪えるために作業を始めようとする。その瞬間、
「なに!?」
槌で打つより先に金属が変形する。そして、手を離すとやはりただの金属の塊に戻ってしまう。
「俺が…何したっていうんだ!」
耐えられなかった。鍛冶場を飛び出し、街の外れへと走った。目に映る景色が滲む。悔しい、情けない、どうしようもない。
「俺、どうすれば……?」
膝をつき、地面に拳を打ち付ける。
その時――
「おい、どうした?」
優しく、それでいて力強い声がした。顔を上げると、そこには白い髪をした男、冒険者のバルさんが立っていた。
「バ、バルさん……」
「お前、確か鍛冶屋の坊主だったよな。何があった?」
カナトは涙を拭いながら、震える声で話した。
「俺……能力を手に入れたんです……でも、それが……鍛冶に向いてなくて……」
「なるほどな……」
バルは腕を組み、空を見上げる。
「それで絶望して泣いてるのか?」
「……!」
カナトは息をのんだ。
「いいか、カナト。世の中、自分の思い通りにならねぇことなんて山ほどある。でもな、それで終わりにするかどうかは、自分で決めることだ」
「……でも、俺の能力じゃ鍛冶は……」
「だからどうした?」
バルはカナトの肩をがっしりと掴んだ。
「お前の能力が普通の鍛冶には向いてない? だったら、お前にしかできない鍛冶を探せばいいだけだろ?」
「……俺にしか、できない……?」
「お前はもう能力を手に入れた。なら、それをどう活かすかはお前次第だ。決めるのは、お前自身だ」
バルの言葉が、カナトの胸に突き刺さる。
俺にしかできない、鍛冶……?
涙を拭い、カナトは立ち上がった。まだ絶望は消えない。でも、バルの言葉が、小さな光を灯していた。
「……ありがとう、バルさん」
バルは笑い、カナトの背中を軽く叩いた。
「これからどうするかは、お前次第だぜ」
カナトは拳を握りしめる。
「俺……まだ諦めたくない……!」