どんなに強力なものでも当たらなければ意味がない
もう一度少しだけ時間を巻き戻し、見る場所を変える。チルアとベンケーの対面だ。
チルアは紫色に光る双剣を改めて強く握る。ベンケーは、武器を振る速さで負けている以上、後手に回らざるを得ないのでチルアの動きを注視する。
「[蟲毒:倦怠]」
スキルを唱えると、紫と黒めの紫がマーブルになっている液が薄い膜のように刃を覆う。纏われている毒の種類を相手のSTRとAGIを低下させる毒へと変更したのだ。
スキルを唱えたことでベンケーはチルアがどう動くか、より警戒を強める。
「[ヴェノムカッター]!」
チルアがスキルを唱え、空を切るようにその場で2回、両手に持っている短剣を振る。その動きに沿った三日月の形をした毒がベンケーの元へ、少しだけ飛沫を散らしながら飛んでいく。
ベンケーはチルアの叫んだスキル名からデバフを与えるだろう毒と予想し、大柄な体を動かし回避する。最初から避けるように立ち回ればいいのだが、彼は大柄であることから、回避に徹しすぎると逆に攻撃を当てやすくなってしまうということをVRを長らくプレイして理解しているので、その場その場の最適な選択をとっている。
「ハァッ!!」
回避した後にチルアが走ってきたので動きに合わせて片手で薙刀を振るう。チルアは走りながら薙刀の動きに合わせてしゃがむ。走った慣性のまま膝をついてスライディングし薙刀の下を進み、懐に入る。
「[蟲毒:即効]」
スキルを唱えてさっきと同じような紫と黒めマーブルの液体を纏い、致死性の猛毒に変更する。
「[毒の鉤爪!!]」
しゃがんだ低い姿勢から頭上高く届く刃のように鋭くした毒の液体を6つ、双剣を素早く振って伸ばす。ベンケーはスキルを唱えた言葉からどのような攻撃が来るかを今までの戦闘で覚えた知識を用い最低限の動きで小さく跳躍し回避する。
回避しながらチルアがスキルを使用し止まった場所目掛けて薙刀を振る。即座にチルアは反応し、両手の双剣で薙刀の刃を止める。キリキリとぶつかり合う刃が音を鳴らしながらチルアは力負けしているのか少しずつ薙刀の軌道と同じように進んで行く。ただ、ベンケーが牽制程度に攻撃したのでその状態は長く続かずベンケーが着地すると同時に薙刀の刃はぶつかり合うのをやめる。
「フム……今の動きと毒スキルを主体としているところ、STR低めのAGIとTP振りといったところだな……」
ベンケーは片手を顎に当てながらチルアのステータスを考察する。
実際チルアのステータスはおおよそ彼の言った通りだが、考察したところで別に勝ちが決まったわけでも、チルアが戦闘スタイルを変えるわけでもない。
「分かっていようがいまいが、私は毒を撒き散らすだけよ。[蟲毒:浸食]」
スキルを唱える前に右手に持っている短剣を地面に突き刺す。スキルを唱えると、刺さった短剣を中心に濃い紫のエリアが少しずつ、じわじわと広がっていく。直径5メートル程で広がるのは止まったが、チルアは続けざまにスキルを唱え、
「[毒の泉]」
濃い紫のエリアを液状化させ彼女は流砂にはまったかのように少しずつ、そのエリアで沈んでいく。
ベンケーはチルアの動きが制限されていると見たのか、薙刀を再度振ったが、チルアは姿勢を低くすることで回避し、紫のエリアへと完全に沈む。
ベンケーは無言のまま薙刀を構え、いつどこから来ても対応できるよう感覚を研ぎ澄ます。
すると、紫のエリアから突如チルアが飛び出す。
ベンケーはここだと薙刀を振ったが、チルアに当たるほんの数センチの距離で寸止めして、後ろに1歩下がる。
チルアだと思っていたものは、毒の塊だった。最初は本物に見えたものの、動きがないせいで飛び出した動きが不自然に見えてしまったのと、形こそ保っているものの、スライムのようなドロッとした液状だけでは完璧に形を保てず、途中で形が崩れていることに気付かれてしまった。
毒の塊はベンケーにも、薙刀にも当たらず地面に強く当たり、シュウゥゥという、熱された鉄を水の中に入れるような音が弾ける。毒が当たった地面は表面が溶け、少しだけ煙を吹かしながら茶色の土が露出している。
「ダメだったかー……」
紫のエリアから浮かんでくるようにチルアが現れる。すると効果時間が切れたのか、紫のエリアが縮小し、無くなってしまう。
「それなら、連撃するまで!![蟲毒:崩落]」
チルアはさっきにも使った相手に攻撃し、傷口から崩壊させていき効果的なダメージを与える毒を双剣に纏わせ、ベンケーとの距離を詰める。
チルアは、ベンケーが自分の動きを見て行動を予測していると考えたため、ベンケーを死角にしてしまうような、回転して攻撃する行動などを避けて連撃を行う。
その考えは良かったようで、ベンケーは攻撃できず、薙刀の持ち手で攻撃を防いでいる。ただ、彼が攻撃できないだけであって、チルアが攻撃できているわけではない。
「厄介!![毒狂化]」
チルアはスキルを唱え身体能力を強化する。ただ、普通の強化スキルと違うのか、ダメージを受けた時に弾けるエフェクトが口から少しだけ漏れる。
「自傷による強化か。攻撃が当てられていない以上最善手ではあるが……小童よ、あまり浅はかな行動を取るでないぞ。[弁慶の一振り]」
攻撃速度が上がり、さっきよりも隙が減ったというのに、ベンケーはスキル名の詠唱時間も見計らい、ほんの一瞬のタイミングを狙ってスキルを放つ。
おおよそ人の動きではない、カーズやツリアよりも速く薙刀を横に一振り。辛うじてしゃがんで攻撃を避けたチルアだったが、確実にキルしに来るような殺気が体中にのしかかり、一筋の冷や汗を垂らす。
「ヤッベェ……」
そんな緊迫した状況に興奮したのか、チルアは下を向いて少しだけ笑みを浮かべる。
だがしかし。劣勢なことに変わりなかったのか、
「チルア、少し苦戦してるな。当たらないんだろ。それなら雑魚を任せたいんだが……」
ヒズミに声をかけられてしまう。少しだけ悩んだが、結局小さくため息を吐き
「はーい。当たらない以上、相性ってのがあるからねぇ~……んじゃ。よろしく。」
ベンケーに手を振る。「また戦えたらその時は全力で戦おう」の意味を込めて振ったつもりだが、ベンケーは今戦えないことに不満でもあるのか、少し顔をしかめる。
「まぁ、作戦の内と考えればよいか。ヒズミ。今回はどう戦ってくれるんだ?」
薙刀を再度構え、ヒズミに話しかける。
「知らねぇよ。そんなこと話して勝てる相手じゃねぇのは分かってるんだからな。[リセット]」
ヒズミは持っている狙撃銃を元の状態である拳銃の形へと戻す。拳銃を片手に持ち、もう片方の手にさっきも持っていたナイフを持ち、即座に対応できるよう構える。
「……それもそうだな。」
ベンケーはヒズミの言葉に頷きながら深呼吸する。インベントリから手拭いと水を取り出し、顔を拭き、水分を補給する。
「飲むか?」
「いらね……いや、もらっておくか。」
嵐の前の静けさとでもいうのだろうか。ほんの少しだけ戦闘とはかけ離れた空間が出来る。が、
水を飲み終わり、空の容器をお互いが投げる。消耗品である容器がエフェクトに吞まれ消えた時。
「「ハァァッ!!」」
お互いが踏み出し間合いを詰める。




