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トドのつまり

「本当に枯れてる。大丈夫か?」

 数ヶ月前、せっせとタケノコを掘った竹林は、すっかり色彩を失っていた。次の代は地中にいる。いつ出てくるかはわからないらしい。

「大丈夫です。司さんのおかげです」

 本体からのエネルギーの供給が止まっても、“精”を補充することで分かれたミコトは保つことができた。これからも保ち続けるためには、司ががんばらなければいけないわけだが。

「地面の中に、次の代がいます。その子たちが竹林になれば、そこからまたエネルギーをもらえます。連れてきてくれて、ありがとうございました」

「確認できてよかった。それまでは、できるだけがんばる。嫌なわけじゃないんだ。ただ、義務感がつきまとうと、嫌になる瞬間っていうのはどうしても出てくる。食事である程度はまかなえるんだよな? どういう食材なら多いとかあるのか?」

「コストを考えると、卵ですかね」

 荷物持ちとして珠代について買い物に行っているミコトは、ある程度の金銭感覚まで身に着けていた。何から何まで大家夫妻には頭が上がらない。

「魚卵とかでもいいのか?」

「えぇ。そんなにいろいろ食べたことはないんですけど、明太子はそうでしたね。他もおそらく。卵で言うと、あの小さいの、何でしたっけ? それの方が濃いです」

 指先でつまむように、これくらいと大きさをしめしてくれた。

「うずらの卵? なにか違うのか? 後で調べるか。よし。せっかくだからこのあと回転寿司いって魚卵類も食べ比べてみるか。明太子以外にもいろいろ確認できる。他にも見つかるかもしれない。あとは……細かいことを考えるのは得意じゃないんだけどな……。帰ったら改めて勝さんと珠代さんに挨拶に行くか。ちゃんと二人で暮らすなら、ワンルームはさすがにな」

「すみません、ぼくのために」

「気にすんな。ちゃんと、ミコトは俺の恋人だから弟たちの事協力したんだって、これから二人で住むからって、言っていいよな?」

「こいっ!? は、はい」

「ちょっと駅からは遠いけど、安くて品揃えのいいスーパーがあるのはよかったな。あと、結構防音効いてるし」

「珠代さんも勝さんも、よくしてくださったのに、ぼく……」

「部屋を探すのはこれからだけど、ちゃんとお礼を言おう。俺もたくさん世話になったから」

「はい、そうですね……」


「それなら、住み込みで働かない?」

「え?」

 ちょうど在宅していたので、珠代と勝に、そのうち引っ越すことになると事情込みで伝えたのだ。その返答が、それである。

「このアパートは、まあ道楽でやっているようなものでね、あんまり儲けなくてもいいのよ」

「あぁ、はい。おかげで安く住まわせてもらっています」

「でも、もうわたしたちもおじいちゃんおばあちゃんだから、この数年、思うように身体が動かなくなってねえ。ミコトちゃんが手伝ってくれて、すごく助かったのよ。司くんのおとなりもね、八月いっぱいで出ていく予定だから、それまで待ってもらわないといけないけど、貸してあげられるわ」

「本当にいいんですか?」

「司くんもミコトくんも、いい子だってもう知っておるからなぁ」

 勝は言いながらうんうんうなずく。

「二人とも大事な店子さんだもの」

 誰に許してもらおうとも思っていなかったが、思いの外あっさり受け入れられて肩透かしされた気分である。難色を示されても仕方ないとは思っていたが、夫妻がそういう顔をすると考えていたことが失礼だったかもしれない。

「でも、そうよね。ミコトちゃん、ずっと司くんのことばかり話すものね。好きなのねと思っていたけど、好きなのねぇ」

「えっ!? それは……司さんのことは大好きですけど、ぼく、ほんとに物を知らなくて……話題がなくて、共通の話題が司さんのことしかなくて……」

「そういうのもあるけど、お料理しているときなんか、司くんが喜んでくれたっていう話をしてくれるじゃない」

「司くんとどこにいって楽しかったっていう話もしてくれたな。そういう話は山程聞いておるよ」

「ひゃわぁ……」

 悲鳴のような声を漏らしながら、ミコトは顔を手で覆ってしまった。頬どころでなく、耳まで赤くなっていて、隠せていなかった。司は司で口元をニヤけるのを全力で抑えていた。

「あまりこういう話はしたくないのだけど、ミコトちゃんは悪い意味で箱入りだったってことでしょう? 今は何の心配もしないで、楽しく過ごしてほしいの。これからのことはゆっくり考えていけばいいわ。司くんも、いっしょに考えてくれるわよね?」

「は、はい! もちろん!」

 親から虐待を受けていたという設定が活かされてしまった。ミコトが世間知らずで浮世離れしている理由としてちょうどよかったのである。とはいえ、夫妻との関わりも深くなってきた。いずれ正体を明かすことになるかもしれないが、大丈夫だろうと楽観的な答えしか浮かばなかった。

「ぼく、優しい方ばかりに恵まれて、今、すごく楽しくて幸せです」

 微笑むミコトのその言葉に嘘はないだろう。本心であってほしいと思う司の気持ちもあるのだが。

 これから考えなければいけないことはたくさんあるが、どうとでもなる。なにはともあれ、今は“めでたしめでたし”の場面なのである。


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