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オボコの話

 様々な工芸品となり、時に腹を満たしてくれる竹。恩恵のみかというと、そこまで都合のいいことはない。成長がめちゃくちゃ早く、土の下でガンガン勢力を広げるため、管理を怠るとひどいことになるらしい。

 この竹林は管理がされているから、こうしてタケノコ掘りに勤しむことができるのだろう。花田司はなだ つかさは無心で何本目かのタケノコを引っこ抜くべく、土をかき分けていた。

「司くん! こっちにもちょうどいい大きさのがありそうだぞ!」

「はーい。こっち、もうちょっとで掘り起こせるから、待ってて!」

 鍬を入れ、ミシミシとタケノコを地面から引き剥がす。タケノコ掘りは素人だが、いくらか慣れてきた。

「あぁ、勝さんはやらなくていいから。そのための俺でしょ。腰、大事! 勝さんが見つけるのに集中してくれるから、俺も集中して掘れてるんだって。役割分担、適材適所」

「そうですよ、お父さん。また腰痛めたら、運んでくれるの誰だと思ってるんですか。司くんはあとでちゃんとバイト代出すんですから、任せておきなさい」

 司がタケノコを掘っていることに深い理由はない。頼まれた、ただそれだけだ。

 勝・珠代夫妻は、司が住んでいるアパートの大家だ。ことさら駅が近いわけでもない、不便も便利も兼ね備えた少し古いアパートに司は住んでいる。家賃は手渡しとまではいかないが、大家が管理人用の部屋に住んでいた。よくも悪くも、アットホームなアパートなのである。何事においても雑な自覚のある司は、あまり気にせずそのアパートに住んでいた。

 そう、雑な自覚はある。だから司も今は細心の注意を払って筍を掘っている。上っ面の細心なので、時々やらかしているが。売り物じゃないから大丈夫とのことだ。

 休憩を挟みつつ、黙々と勝の見つけたタケノコを掘る。そんなにどうするんだという量を掘った。ご近所に配るらしい。司もどうかと聞かれたので、下処理済みか調理済みならと条件をつけておいた。珠代の料理はおいしいので、調理済みならありがたい。下処理済みなら、めんつゆで煮れば食べられる。根菜はだいたいめんつゆで煮ればおいしいのだ。自覚はあるが、司は味覚も雑だった。


 車に積み込み、さて終わりだとなったところで、

「いてっ」

 怪我防止につけていた軍手を外した途端、子どもほどの身長まで育っているタケノコの皮の尖った箇所に指をかすめてしまった。ぷくりと赤い球が浮き上がってくる。

「あらー、大丈夫? ちょっと待ってね。これ、まだ口をつけてないお水。洗って。絆創膏、あるから」

「たいしたことないよ」

「ダメよ。ハンドル汚れるでしょ」

「はーい……」

 傷を洗い、絆創膏を貼った。少し血は出たが、最初だけだったらしい。絆創膏に血はにじんでこなかった。

「血なんて吸わせてごめんな。タケノコありがと。おいしくいただくよ」

 竹をなで、

「いたっ」

「あら、また?」

「ちがうちがう。ピリッとした。静電気かな?」

「そう? それならいいけど」

 タケノコ掘りはそうして終わったのだった。


 アパートに戻り、珠代は早速処理をしたらしい。とりあえず、水煮状態のものをもらった。今までの経験上、明日にはおいしく炊かれたものが届くだろう。めんつゆで煮てもそれっぽいものになるが、タケノコの煮物は明日の楽しみにしておこう。今夜のそれは、ごま油で焼いて塩と醤油をかけながら食べた。酒が捗った。

 そしてその日は肉体労働による疲労とともに気持ちよく寝たのだった。


******


 日曜の朝の惰眠は至福である。その日もダラダラ布団の中で“なにもしない”を堪能していた。起きているとも寝ているとも言えない状態でふわふわしていたが、“起きている”の方に寄って、ふと気づいた。

 腕の中に、何かいる。

「っ!?」

 意識が急激に浮き上がる。

 飛び起きるように掛け布団をめくる。

 人間だ。子どもだ。素っ裸の。

「えぇ~?」

 昨夜は酒が捗ったが、前後不覚になるほど飲んではいない。戸締まりもしている。窓が割られるといった強引な痕跡もない。どこからか湧いたようにしか思えないのである。

 改めて見る。素っ裸だ。本当に足の先まで何も身に着けていなかった。かわいそうなので毛布をかけ直してやる。

「ねえ、君、誰? ぼくー??」

 揺さぶり、問いかける。どこの誰ともしれない少年が家にいるなど、下手しなくても事案である。司に心当たりはまったくない。濡れ衣である。

 ゆさぶると、それで目が覚めたらしく、少年はのっそり起き上がった。かけた毛布が落ちる。素っ裸である。なんとなく少年と思っていたが、ちゃんとついているので少年(確定)である。毛布をかけ直した。

「ぼく、お名前は? てか、誰?」

 もう一度問う。出勤時に見かける幼稚園児とだいたい同じくらいに見えるので、五歳前後だろうか。意思疎通できる年齢であってほしい。

「ぼくは竹です。竹林からきました」

「は?」

 思ったより流暢にしゃべった。おかげで単語の意味はわかったが、支離滅裂だった。これを意思疎通と言っていいのだろうか。

「ぼくは、竹です」

「あぁ、聞こえなかったわけじゃない。植物の竹?」

「はい、その竹です!」

「お前のどこに植物要素があるんだ」

「それは……ぼくにもよくわからなくて……」

「俺はもっとわからないんだが?」

「ご、ごめんなさい」

 しょんぼり涙目の全裸少年。司は何もしていないが、完全にアウトだった。

 でっかいため息が出る。

「何もよくないけど、お前がわからないっていってる以上、どうにもならないから、まあいい。今は。なにか食えるのか? 食べられないものはないか? アレルギーとか、好き嫌いとか」

「たぶん、何でも大丈夫です」

「たぶんって……知らないからな」

 販促用にもらったが司にはサイズが合わず着ていなかったTシャツを引っ張り出して着せておく。穿かせられる下着はないので、しかたなくそのままだ。シャツで隠れているのでよしとする。立たせた際に自分と比べたが、やはり通勤時にすれちがう幼稚園児と同じくらいだ。推定五歳としておこう。

 食パンを焼いただけの朝食。自分はコーヒーを、竹少年(仮)には牛乳を。ジャムを塗ったが、圧倒的に野菜もタンパク質も足りない。今日中に食べればいいのでよしとする。

 竹少年は、最初はおっかなびっくり、すぐに目を輝かせ、ぺろり平らげていた。

「ちょっと買い物行ってくるが、留守番はできるか? トイレくらいはいいけど、できるだけ動くな。人がきても居留守しろ」

「はい、わかりました」

 いやに物わかりがよくてかえって不安になるが、一秒でも早く必要なものを買い揃えなければいけない。文字通りTシャツ一枚の少年を連れ回すわけにはいかない。

 というわけで、竹少年の衣類と食料品の買い込みRTAを行う羽目になったのだった。


 人前に出せる格好にはなった。わざわざ出す気はないが。警察につれていくのが正解だろうか。ともかく、やっと人心地付いた気がする。怠惰な日曜日が溶けていく。

「で、けっきょくタケノコは何で、どうしてここにいるんだ?」

「はい、タケノコです! ぼくにもわからないことばかりで何ですけど、ここに、司さんのところにいる理由はわかります。縁ができたからです」

「縁? 俺は手伝いで竹林にいっただけで、縁なんてもん作った憶えはないぞ。勝さん珠代さん、それかあの竹林の持ち主が妥当なんじゃないか?」

「それは、人間のきまりごとの上での縁です。昨日一緒にいたおじいさんおばあさんと司さんとでは、司さんから血をもらって声をかけてもらったので、より強く縁ができたんです」

「血って……たしかにそうだけど。竹林の植物は竹だけじゃないだろ」

 切り傷を作ってしまい、洗い流したので、かすかではあるが血をあげたともいえるだろう。だが、竹林とはいっても、生えている植物は竹だけではない。細かいことを言えば、土壌の微生物など、いくらでもいる。竹だけがこうやって人の形をとって現れる理由には弱い。

「いくつか理由はあります。まず、竹はかぐや姫が広く知れ渡っているため、不思議な力を溜め込みやすいんです」

「知れ渡ってたら、何だって?」

「そういうものだという共通認識があると、影響されるものなんです。世界は、生命の認識が折り重なってできています。多くの人がそうだと思っているなら、竹は不思議な力を溜め込めるんです」

「なるほど、わからん。人が……というかかぐや姫知ってるなら、日本人なら、だな。日本人が竹に思い入れがあるから、オカルト的なパワーを持った、と?」

「はい、そういうことです。そして、ぼくは今年、花が咲くんです。それで、司さんのいうオカルト的なパワーが高まっていたところに、人の血が紛れ込んで、溢れたんです。それがぼくです」

「ふーん。やっぱりわからん。それで、タケノコはどうするんだ? どうしたいんだ?」

「わからないです……。ただ、人の営みには興味があります! 悔いが残らないようにっていう思し召しかもしれません」

「ふわふわだな」

「す、すみません」

 司は詳しくないが、おぼろげながら、竹の花が咲くのは百年に一度とかいう珍しいことだということは知っていた。なにか不思議なことが起きそうな気はする。それが竹少年を生み出した(かもしれない)。

「人の生活に興味があるっていうのは、人みたいな生活をしてみたいってことであってるか?」

「はい! トーストも牛乳も、おいしかったです!」

「そのコストは俺が持つことになるんだが?」

「はい! ……あ、そうですね」

 竹少年はしょんぼりしてしまった。

 人間、生きているだけでコストがかかる。衣食住のために社会人はせっせと働かねばならぬのだ。

 朝食と言うには遅かった朝食は、一枚あたり一杯あたり数十円ていどだったが、毎日毎食となると積み重なっていく。買ってきた衣類も、ワンシーズン持てばいいという安物ではあるが、一式揃えたので数千円は財布から出ていった。それくらいの金額で文句をいうほどしみったれてはいないが、続くとなれば文句の一つも出る。勝手にできた縁に、そこまでつきあわされるいわれはないのだから。

「そんなに長く居座るつもりはないです。僕もできることはしますから、しばらく置いてもらえませんか?」

「しばらくって、どれくらいだ?」

「二ヶ月くらいです」

 小さい身体をさらに小さくするようにしながら竹少年は言う。絵面が完全に子どもを詰める大人である。巻き込まれた側だというのに、こちらが悪役だ。

 沈黙──は、長く続かなかった。

 来客を知らせるチャイムが響く。

 インターホンに出ると、向こうにいたのは珠代だった。

『タケノコの煮物、持ってきたんだけど、もらってくれるかしら?』

 珠代は時々手の込んだ料理を分けてくれる。多く作ったほうが作りやすくて美味しいからとのこと。他人の手料理を嫌厭する者もいるだろうが、司は細かいことは気にせず受け取っている。珠代の料理はうまいのだ。タケノコを受け取るため、司は反射的にドアを開けていた。

 司の住んでいるアパートは、築年数としては古い部類に入るが、一度リフォームが入り、使い勝手のいい洋間ワンルームへと生まれ変わった。隅から隅までとはいわないが、玄関からそれなりに中が伺えた。

 まだ温かいタケノコの入ったタッパーウェアを受け取ると、珠代が『あら?』と声を漏らした。

「あっ……」

 司も声を漏らし、振り返った。竹少年がこちらを伺っていた。

「えーっと、知り合いの子どもで、ちょっと預かることになったんで。静かにできる子だから、うるさくさせないから」

「それはいいんだけど、司くん、明日普通にお仕事じゃないの? 幼稚園くらいかしら? 大丈夫?」

「それは……」

 渡りに船である。竹少年がここにとどまりたい理由は、人の営みへの興味だ。司と、珠代(と勝)の生活は異なる。竹少年にはどちらも未知であるはずだ。珠代には手間をかけさせるが、そもそも司が竹少年のすべてを負ういわれもないのである。

「お言葉に甘えさせてもらうかもしれないから、ちょっとこい、タケ……」

 いや、タケノコはダメだろう。先ほど確認したが、竹少年にとくに固有の名前はないのだとか。タケノコと呼んでいたが、事情を知らない者の前でそう呼ぶわけにはいかない。

「タケ、ルって名前」

 秒で考えた。

「この人は珠代さん。旦那さんと、このアパートの大家さんをしている。俺はずっとうちにいるわけにはいかないから、そういうときに困ったら頼っていいそうだ」

 竹少年は出てきたものの、頷いて司の後ろに隠れてしまった。

「あとでどうするか、あらためて言うんで」

「えぇ、何でも言ってね」

「ありがとうございます」

「今日は大体いると思うから。うちのお父さんにも言っておくわ」


 まだ温かいタケノコの煮物のタッパウェアは、すぐには食べないので冷蔵庫に突っ込んでおいた。

「珠代さんのところなら安泰だぞ、ここよりずっと。むこうに助けてもらえよ。向こうのほうが絶対手厚い」

 平日日中いない雑な性格の男より、日中でもヒマのある悠々自適な生活をしている珠代のほうがずっといい。やりすぎない程度に(※司基準)世話焼きだ。さきほど進んで申し出てくれた程度には。

「司さんがいいんです。ダメですか?」

「何を言うのも勝手だ。ダメではない。それを突っぱねるのも俺の勝手だ」

 竹少年は目に見えてしょんぼりしてしまった。

 竹少年は、少年(五歳程度と推測)の姿形をしているが、中身までそうかというと、それは疑問がある。五歳児とじっくり話をしたということはないが、すっかり時の彼方の幼稚園児の自分を思い出せば、ここまでしっかりしたやりとりができたとは思えない。丁寧語ていどではあるが、敬語も使えている。それはかえって庇護欲が削がれる。司が竹少年の面倒を見なければいけない理由は何もないのだ。

「ダメですか? ぼく、司さんがいいです」

 控えめにいじらしく裾を掴まれた。

 ところで、小さくてかわいそうなものを、かわいいと思って保護したくなるのは本能らしい。小さくて弱いものを保護することは、種の存続につながるため。

「あー、もう! 二ヶ月って言ったな! それ以上は知らんからな!」

 繰り返すが、小さくかわいそうなものをかわいいと思うのは本能なのである。|司の聞きかじり知識だが《知らんけど》。

「ありがとうございます!」

 飛び跳ねんばかりの喜びようだ。

「言ってたとおり、平日日中はいないから、その時間帯は珠代さんと勝さんのところに世話になれよ。つっても、二ヶ月毎日ってわけにもいかないから、基本的にはここで過ごして、時々世話になれ。それでいいか?」

「はい!」

 未知の生活がよっぽど楽しみらしい。目をキラキラさせている。

「じゃあ、部屋の中破壊しないかぎりは適当に使ってくれていい。決まり事はいくつか作らせてもらうぞ。そういえば、お前の身体は人間っぽいけど、どうなってんだ? 呼吸とか。植物なら光合成じゃないのか?」

「この身体は人の身体を真似ています。だいたいの機能はそろっています。ただ、司さんのいう“オカルト的なもの”ではあるので、人の科学や言葉で表しきれないものでもあります。光合成ができたら、そのほうがいいんでしょうか?」

「前にドラマでみたことがあるんだけど、二酸化炭素の濃度が上がると不調起こすし、最悪死ぬ。酸素濃度が高すぎるのも身体に悪いらしい。観葉植物おいといたところでそんなことにはならないから大丈夫だと思うけど、どうなんだ?」

「二酸化炭素……酸素の濃度……? だだだ大丈夫、ですよ?」

 大丈夫ではないかもしれない。司は思った。


 アラサー独身男性の家に一時的に五歳児がいる不自然さができるだけ軽減されるように考えた結果、“虐待が発覚してしまって、今は親から離れるために手続きをしている”という不自然な案しか出てこなかった。人前にあまり出られず、詳しいことも言えないという理由を付け加えるために、そういうことになった。

 改めて挨拶にいった珠代と勝は信じてくれた。迫真の演技をしたつもりはなかったが、案外演技派だったのだろうか。『まあ、タケルちゃんにそんなことが……。いつでもおじいちゃんおばあちゃんを頼ってね!』とのこと。秒で考えた名前だが、一度口にしてしまった以上変更もできず、竹少年の名前は“タケル”ということになった。安直かと思うのだが、本人(本竹?)は気に入っているようなので、そのままにしておいた。


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