第92話:これしかないんだ
ルイスからの連絡の後、すぐにファイディンへ報告を行った。
「して、今も通信はまだ繋がらないのか?」
「はい。連絡は続けているのですが.....」
「うーむ.....」
Sari今も連絡しているか?
『もちろんです。しかし、現状通信が制限されている状態にあるとのことです。結界かと.....』
面倒だな.....
「陛下、ルイスらを救出する隊を出すことはできないのでしょうか?」
「うーむ.....それは不可能に近いな.....」
ファイディンは考えながらもそう話す。
そういえば、まだファイディンにはミルと付き合っていることを伝えていない。
最近は停戦協定を結ぶので忙しく、そんな余裕はなかった。
『最も、その間ミルとだいぶイチャイチャしていたので勘付かれた可能性はありますが.....』
うるせえ!
と頭の中でSariと会話する間にもファイディンの話は続く。
「現状、ジャック王国とは停戦協定を結んだばかりだ。それを破って公式な国の軍を派遣するとなると.....」
『周辺国、及び世界中の国からの風当たりは強くなるでしょう。』
言葉の最後は頭の中でSariが補完した。
「難しい問題ですね.....」
「ああ.....それにルイスはかなりの実力者だ。それを超える戦力などそうそう遅れまい。」
ルイスの強さは俺も知っている。
俺をシュガーたちから守ってくれた。
あの実力の者に勝てるのはかなりの手練れだ。
『アーレウスの話していた十超新星の一人、魔神聖が関わっている可能性があります。この世界でトップクラスの実力者です。倒すことのできる者はたかか知れています。』
救出でも難しいか?
『生き残って帰ることのできる確率は低いでしょう。』
そうか.....それでも助けるしかない.....
ルイスは殺されていないと信じるしかない。
助けに行きたい。
一度俺の窮地を救ってくれた人だからこそ、今度は俺が助けたい。
かと言って、国としての救出隊は出せないだろう。
なら答えは一つだ。
辛く、苦しい選択だ。
だけど、今俺に残る選択はこれしかない。
「国王陛下、俺は宮廷魔法使いを辞めさせて頂きます。」
「.....そうか。いつでも帰ってくるが良い。我らはそれを待っている。」
「はい。」
俺はルイスの救出へ向かう。
一人でだ。
確かに仲間の大切さは知っている。
だが、今回は危険度が桁違いだ。
俺一人で行くしかない。
「では、もう出ますので。これにて失礼致します。」
そう告げて俺はファイディンと話していた部屋を出た。
ーーー
王宮を出て、街を見る。
破壊された街だ。
それでも、復興の兆しがもう出てきている。
ぐちゃぐちゃな街を直す。
ぐちゃぐちゃになった自分の感情を直す。
きっとどれも同じだ。
怖い。
震えが止まらない。
「ふぅ.....」
息を吐いて目を瞑る。
音が聞こえる。
ジェットとミルと旅して楽しかった。
ミルを好きになってこの世界に希望をまた持てた。
生きる理由を取り戻すことができた。
でも.....俺は今日それを手放す。
「Sari、ミルに俺の情報をロードリングで一切調べられないようにしてくれ。」
『了解。実行中.....実行しました。』
よし、これで追ってこられるかとはあるまい。
きっと、これはただの言い訳に過ぎないことなのだけれど.....
俺はミルに悲しい思いをさせたくない。
俺が今、目の前からいきなり消えることよりも、俺が死ぬことの方がよっぽど辛い。
悲しい。
好きな人が目の前にいないことより、この世に存在しないと知ってしまうことの方がよっぽど苦しい。
俺はそれを知っている。
俺はミルと別れなんて告げない。
告げられない。
ごめん、ミル。
そう心の中で呟き、俺は目を開ける。
「おいっ!」
背中に衝撃を感じた。
「なんですか、ジェット.....」
「そんな不安そうな顔して.....俺も連れて行け。」
「聞いたんですか.....??」
「ああ、国王陛下からな。」
この人は一歩間違えれば自分の身が危うくなるようなことをする.....
「.....死ぬぞ。」
「.....ええ、分かってます。でもそう簡単に死にませんよ。」
死ぬ可能性が高いことなど分かりきっている。
それでも行かなければならない。
元々、カリストの街にまで行ったのは俺の失敗が原因でもある。
俺が危険を犯さないで、誰が彼らを助けられるのだろうか。
「行きましょうか。」
「待て。ミルは連れて行かないのか?」
「私は好きな人を死地に送る様なことしません。」
ジェットの声に食いつき気味に答える。
辛い。
ミルともっと一緒にいたい。
その感情が俺の中で燻って、止まらない。
「それじゃ、行きましょうか。」
「待って!ラーファルト!」
後方からミルがそう叫ぶ声が聞こえてきた。
「.....」
俺はミルの声に応えない。
「ラーファルト.....おい.....」
ジェットもそう言うが、俺は振り向かない。
振り向いたら辛いから。
辛すぎて今の気持ちを変えてしまいそうだから。
「ラーファルト!私も連れて行って!」
ミルはそう俺に声をかける。
「.....調停の技」
俺は何も言わず、技を発動させようとする。
「ラーファルト!待って!ラーファルト!」
その声に技は途中で止まってしまう。
待って、と言われたら待ってしまう。
その位、苦しい。
「ラーファルト.....私はそんなに.....弱いの。」
「.....弱くないよ。」
「ならっ.....」
「でも、ミルではこの戦いに勝てない。」
「そんなのラーファルトも.....」
「.....」
知っている。
これは勝てる戦いなんかじゃない。
それでも行くしかないんだ。
「調停の技.....」
「ラーファルトぉぉぉ.....!!」
ミルがそう叫びながら俺の方へ走ってきているのを感じる。
あの日.....ミルが俺を救ってくれた日を思い出す。
その場を離れようとした俺に彼女は追いついてくれた。
でも今度は必ず捕まらない。
捕まったらまた、ただ彼女に甘えてしまうから。
恩を仇で返すような形になってしまって本当に申し訳ない。
それでもこれしかないんだ.....
「ごめん、ミル.....」
この呟きはミルの耳には届かない。
「ラーファルト!必ずまた!戻って.....」
《霹空》
ミルの声を聞きながら俺は技を発動した。
もし、生きて帰ってこれたら.....必ず.....
そう思いながら.....
【人魔暦9年】ラーファルト・エレニアとミル・ルインドが別れた。
ーーー
目を開いた時には荒野が広がっていた。
「う.....ううう.....」
閉まっておいた物が溢れ出してくる。
目の前にはカリストの街の入口が広がっていた。
その様子は以前ここに来た時と変わっていない。
ポンとジェットが俺の背中を叩いた。
「.....行きましょう。」
溢れる思いを拭って、俺は街の方向へ歩き始めた。




