第78話:守りたかったもの
「まだ。まだ、その時ではない。」
『Sari。プライベート保護モードを解除。及び、アップグレードします。』
ーーー
「うっ.....」
「あ、起きた。ラーファルトってすぐ倒れるよね。」
う.....確かに。
「なんか慣れちゃったよ。」
「すみません。精進します。」
「.....記憶。戻ったんのね。」
記憶。
「.....はい。」
記憶のない俺が知りたかったこと。
『お久しぶりです。マスター。』
ん?Sari?
てかマスターってなんだ?
『ラーファルト・エレニアのことです。』
いや、そういうことじゃないて、まず、記憶無かった時は喋ってなかったようだけど.....
『記憶喪失によってマスターのプライバシー情報保護の為に一時的に機能を停止しておりました。』
なるほど、で、なんでマスターって呼んでるんだ?
『私がアップグレードしたからです。今回の件によって、ラーファルト・エレニアの実力は特別視する必要となり、それに伴い、Sariもアップグレードされました。』
アップグレード?どんなことが?
『簡単に言えば、演算能力と思考の柔軟性があがり.....』
うん、簡単じゃないね!
あとは任せた!
『承知しました。』
「ちょっと!ラーファルト!聞いてるの!」
「あ、ごめん。全く聞いてなかった。」
それにしてもSariがアップグレードか。
そういえば、見た目も変化している。
前は、灰色だったのが、少し輝いてシルバーって感じに.....
あ、危ない、危ない。またミルの話を....
「聞いてないでしょ。」
「あ、はい。いてっ。」
流れるように叩かれた。
「その、大丈夫なの?」
え?
「大丈夫とは?」
「いや、いつもは倒れたら大丈夫だよーって感じだけど、なんか今回は顔色が悪いっていうか.....」
え——
「なんか、体は大丈夫でも、精神的にって感じで。」
「そんな、心配してくれてるんですか?」
「べ、べべべ、別に!そんなんじゃないけど!」
あ、そうだった。
この人ツンデレだったわ。
「おい、ルーナが呼んでいるぞ。」
「あ、はい。ミル、行きましょう。」
「え、ええ。」
「お前がラーファルト・エレニアか。」
「いや、前からそうですが。」
「記憶のないときの記憶ってあるのか?」
「あ、はい。一応。」
なんか変な質問が.....面白い。
記憶喪失とか滅多にないしな。
俺も階段から落ちて頭を打ったときに記憶が消えていたことぐらいしか覚えてない。
『普通の人でも中々ない経験です。一生に一回あればいい方でしょう。』
え、そんなもんなんだ。
でもまぁ、今回は記憶を忘れていたわけではない。
「じゃあ、裂け目の中でのことを教えてもらおうか。」
「.....はい。」
ーーー
「.....」
「.....」
俺は覚えていることを一つ残らず話す。
全員が耳を傾け、考え込んだ。
「神.....何の神なのかは不明。なるほど、これ程の規模、芸当。確かに神でなければ解決出来ない問題な気もする。」
裂け目の中にいたあれは異質だった。
全てを見透かしている。
まるで、俺の全てを知っているかのような.....
いや、記憶を持っていればそれも当然と言った感じか.....
「それにしても、神の精神世界か.....ラーファルト。お前、なんで生きてるんだ?」
「それは、そうなんですよね。なんか隙をつけたというか.....」
『敵は全力で戦っていませんでした。力の1割さえ、使っていません。理由は不明です。』
「まぁ、何かしらの理由で手加減されていたってことですよ。」
「随分、都合がいいねぇ。まあ、生きてることがその証拠か。」
ーーー
「それで、どうする?この森はもう出るのだろう。」
「ええ、ミルを送らないといけませんので。」
「ふっ。面白いな。」
ルーナがそう言って笑った。
「確かに。」
何故かライオも笑っている。
「昨日まで守られる側だったのに.....」
「なっ!ちょっと!」
ひどい。それはそうだけど!
記憶!なかったし!
「確かにそうね。守ってあげてたわ。」
「ああ、案外子守りが得意そうだ。」
「ミル!?ジェット!?」
森には終戦の気配が漂っていた。
ーーー
「.....」
「ん〜!ラーファルト!守られる気分はどうだ!」
相変わらず寝ている夢は謎のようで.....
「調停の技」
《霹空》
その技で俺は森の東側へ向かう。
あの、焼けた村のある場所へ。
「.....やっぱりそうか.....」
『ブユレ村ですね。』
「ああ、俺の故郷だ。」
焼けている。
シュガーの話は本当だったのか。
サナ.....モルガン.....エミリア.....
「くっ.....!!ああああああああ.....!!」
俺は、何の為に。
何の為に宮廷魔術師になった.....
守りたかった。
でも守れなかった。
これでは経験になんて意味は.....
「こんなの.....あんまりだ.....」
『.....』
Sariは黙っている。
かける言葉も見つからないと言ったところだろう。
いつもは口うるさい人工知能の癖に。
誰かに声をかけてほしい。
助けてほしい。
この孤独感は.....
「どうして.....ブユレ村が.....」
俯き、問う。
こんなにも世界が残酷なのは何故なのだろうか。
こんなにも試練が、壁が、あるのだろうか。
前世でもそうだ。
壁にぶつかり、越えられない。
一人で戦って、戦って、戦い続けて。
折れる。
折られる。
へし折られる。
俺はただ、目の前の幸せが好きで、大好きで。
これからも一生続いて欲しかった。
だから、数年だけ、守る為に手放した。
自由が欲しかった。
その結果がこれだ。
「どうして.....!!こんな.....!!」
希望も夢もそんなものはない。
それが人というものの宿命なのだろう。
受け入れて.....進むしかないのか.....
前へ進めない。
記憶が戻った時、怖くなった。
覇闘級水魔術「雷砲」
アリエルを一瞬で消し炭にした。
俺の大切な日常もこんな風に消えると、思ってしまった。
今、自分に同じものを撃ち込んだら.....
楽になれるかな.....??
「はは。俺、変だな。」
「そんなこと.....ないよ。」
「——えっ.....」
振り向く。
その声がサナの声に重なった気がした。
「ミル.....」
彼女がそこに立っていた。