表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/139

第6話:互いに尊敬と感謝を胸に

 俺の誕生日から3日が経った。今日からは中段の魔術の特訓だ。


 しかし、中段の魔術からは「風」と「火」しかフィックス先生は使えないのだという。


 初段以降の魔術は人への殺傷能力が極端に上がるため許可が出ない限り詠唱の本への記載は禁止されている。


 大きな書庫みたいなら所になら大体あるとのことだ。


 フィックス先生から習得できないのはかなりの痛手と言えるだろう。


 しかし、できないものを言っても仕方がない。


 「それでは今日も授業を始めます。」

ああ、この授業開始のルーティーンはあと何回できるのだろう。


 「はいっ!よろしくお願いします!」


 いつものようにフィックス先生が笑って授業を開始した。



 今日は火と風の中級魔術の習得を目指すらしい。


 ただし、中級魔術となるとこの家の庭で授業できない。


 威力が大幅に上昇するためだ。


 だから、私は外へ出なければならない。



 そうだ。外へでなければならないのだ。


 俺はこの世界でまだ一度も庭から外へ出たことがない。


 

 俺の心が外へ出ることを拒絶していた。


 理由は明白である。俺は前世で殺されてこの世界に来たのだ。その恐怖心が俺の心を支配しているのである。


 もう殺されたくない。今でもあの痛みの感触は体に残っている。


 外へ出ればまた何かに襲われるのではないか。立ち向かう勇気が俺にはなかった。


 それが家庭教師を選んだ理由でもあるのだ。


 「あの、家で今までのように行うことは出来ないのですか.......」


自然とそんな言葉を口にした。


「おや、ラーフ。あなたは外が怖いのですか?」


 心を見透かされたような発言をされた。

 

「いえ。そういうわけでは......」


 これが意地になるということなのだろう。

 元大人としてのプライドだ。


「では、問題ないでしょう。そして、そんな心配は無用です。この村の人々は優しいですから。」


 フィックス先生からそういわれたとしても俺はまだ戸惑ってしまっていた。

 

「行きますよ。」

それでも、俺の足は動かない。


 そんな俺を見てフィックス先生はこう言った。


「案外年相応の気持ちも持っているのですね。あなたは優秀だから忘れていました。ほら。」


 まるで、天からの贈り物のように、笑顔で手を差し出してくれた。


 足は動かずとも手は動いた。


 俺はその手を握った。


 こうして俺は初めて外へ出た。


 初めて出た外の世界は悪いところなどなかった。


 まるで俺のいた日本の普段の様子を再現したようだ。


 すれ違う人は子供を見ると喋りかけてくれる。


 フィックスは出かけることもあったのですれ違う村の人々と親密に話していた。


 それと同時に俺とのコミュニケーションも欠かされなかった。


 なんていい世界なのだろう。


 田舎の日本、または昔の日本に近いと言える。


 田園風景が広がっていて自然豊かな様子が見られる。


「ここはルインド王国の中でも田舎ですからこんなにも自然が残っているのですよ。都市部ににいくとこんな風景は全く見られません。」


 俺も田舎の日本と言ったが、本当に田舎といわれると何か悔しい気持ちになってしまう。


 だが、やはり素晴らしい世界だ。


 そうとしか言えなかった。


 俺が危惧していた不安要素などなかった。


「今日からはあの丘で授業しますからね。」


 そんなことを考えいる俺にフィックス先生は丘は田園からだいぶ離れた丘を指差した。


 丘についてからフィックス先生がこう言った。


「改めて、それでは今日も授業を始めます。」


 そうだ。俺がフィックス先生と過ごすことのできる時間はもうわずかだ。


 それが現実であり、仕方のないことである。


 もちろん寂しい気持ちや悲しい気持ちもある。


 だけど、もういいじゃないか。


 先生には先生の人生がある。


 俺にも俺の人生がある。


 それぞれが自由を求めるために別れる。


 何か不都合があるだろうか。


 いや、あるはずがない。


 あってはならない。


 もう彼からは数えきれない知識を貰った。


 経験を貰った。


 外の世界へ連れて行ってくれた。


 十分だ。


 「はいっ!よろしくお願いします!」

 前向きな気持ちで俺もいつも通りの返事をした。



ーーー



フィックス視点


 その日のラーフは調子が良かった。


 一日で中段魔術2つと上段魔術1つを習得した。


 今日の予定は中段魔術のみの授業だったが上段魔術さえも習得するだなんて凄い子だと実感させられる。


 本来、中段2つと上段1つの魔術を発動すると魔力切れが心配になるが、私よりも魔力量の多い、彼には無用な心配だ。


 恐れ多いな。


 だが、その影響もあり、この日が近づいてしまったと言えるだろう。


 「ラーフ。明日は「技巧級火魔術師試験」を行います。これに合格すればあなたは私と並びます。いえ、無詠唱魔術を使えるので私以上の魔術師となります。」


「分かりました。絶対に合格します!」

「頑張りましょう。ラーフ。」


 今日で私がこの家に滞在するのは最後だろう。


 教えることのなくなった私はこの家を出ていく。


 もちろん、一度で成功するとは限らない。


 技巧級魔術は私が55歳で宮廷魔術師を引退する直前にやっとの思いで成功させた。


 私の人生の集大成をたった一度で成功させられるなど悔しさがにじみ出てしまう。


 だが、ラーフなら成し遂げられるだろう。


 彼は「自由になりたい」という一筋で明確な目標に向かって努力できる子なのだから。




ーーー



 ラーフ視点


 「頑張りましょう。ラーフ。」

 そういったフィックス師匠の表情は笑顔なのに暗く見えた。


 おそらくこの家を明日出ていくのだろう。だが、俺は全力で臨む。  


 

 それが最大限の敬意だ。



 翌日、ラーフとフィックスは丘に立っていた。


「それでは授業を始めます。」

「はいっ!よろしくお願いします。」


 これが最後かもしれないと考えると感慨深いものがこみあげてくる。


 「いいですかラーフ。この魔術をよく見ておいて下さいね。」


 そんなことを知ってか知らずか笑顔でいつものようにフィックス先生は授業を進める。


 俺は危険だからということで水の防壁の中に入れられている。


 「大地から湧き出る大河となる熱よ。その聖霊よ。我が手にその熱をもたらし、相手の手札を溶かすほどの強大な力を分け与えん!熱よ!相手の防御を打ち砕く、最大の鉾となれ!ああ、神よ。その熱を線として、放出し、世界の敵を溶かし尽くせ!!!」


《マグウィップ!》



 その技はマグマの鞭が何本も高速で色々な物をを壊した。


 人里離れた場所で行うのも理解ができる。


 だが、それは同時に綺麗であった。


 まるで線香花火のように火花があちこちで落ちている。


 そしてその火花と彼の笑顔が同時に見えた。


 「次はあなたがやってください。これを5分継続しましょう。」


 俺にできるのか?技巧級の魔術なんて。


 前世では落ちこぼれだった。


 何も成し遂げられなかった。


 ただただ不自由に周りの言いなりになるだけの人生を送ってきた。


 そんな俺が、魔術の上から4番目。


 限られたものにしかたどり着けない技を成功させることができるのか?


 そんな不安が俺の心でうごめいている。


 自然と手が、足が震えてしまう。


 その時だった。フィックス先生が話しかけてくれた。


「大丈夫ですよ。ラーフ。あなたは私の教え子なんですから。」


 その言葉にはっとした。

 

 そうだ。俺はフィックス先生の教え子なのだ。


 なにも、この地位まで一人で到達したわけではない。


 俺自身がすべて頑張ってきたわけではないのだ。


 俺の才能じゃない。フィックス先生の才能だ。


 俺は先生を尊敬している。


 なら、その先生を信じよう。


 あなたをもっと尊敬される人にする為に俺も頑張ろう。


 やってやろうじゃないか。


「はいっ!頑張ります!」


「大地から湧き出る大河となる熱よ。その聖霊よ。我が手にその熱をもたらし、相手の手札を溶かすほどの強大な力を分け与えん!熱よ!相手の防御を打ち砕く、最大の鉾となれ!ああ、神よ。その熱を線として、放出し、世界の敵を溶かし尽くせ!!!」


《マグウィップ!》


 そうして、発動した魔術はフィックスよりも威力も、範囲も強く、綺麗だった。


 そして同時に残酷だった。


「おめでとうございます!これであなたは技巧級火魔術師です。」


 そう話すフィックスはどこか別のことを考えているように見えた。


【記録:人魔暦5年】ラーファルトが5歳にして技巧級火魔術師となり、フィックスと彼が別れた。


 その日、フィックスは家を去ることになった。

「フィックス。まだ、家にいてくれたって、いいんだぞ。」

「そうよ。せめてあと一日いても......」


「いえ、もうお別れのパーティーはお昼ご飯でしてもらいましたし。本当にお世話になりました。」


「いえ、お世話になったのはこちらです。本当にありがとうございました。」

 泣きそうになりながらもそれをこらえてお礼を言う。


 「ラーフは本当にいい子ですね。あなたはきっといい魔術師になれます。そして、「自由になりたい」という夢もきっと叶えられます。」


 「これを持っておいてください。」


 そうして渡したのはいつもフィックスが身に着けていた指輪だった。


 「これは、私の師匠から貰ったものです。あなたに差し上げます。」


 「ありがとうございます!大切にします!」


 間髪入れずにお礼を言った。


「そうしてください。それではそろそろ。」


 そうして、フィックス先生は歩き出した。だんだんと彼の背中が遠くなる。



 いやだ。


 やっぱり嫌だ。


 このまま彼と別れたくない。


 フィックス先生と別れたくない。


「せんせええ!!!!!」


 そういいながら彼の後ろを走って追いかける。


 「先生も自由に生きてください!!!!いつか、また、あった時に師匠と呼ばせて下さい。本当にありがとうございましたあああ!!!!!!」


 そういうとフィックス師匠は手を挙げて彼に応えた。


 決して振り返りはしなかった。


 あなたのおかげで俺はここまで成長できた。


 変化したこの世界で、俺は自由に———


 俺は先生への尊敬と感謝を胸に生きていく。


 この先ずっと———


【フィックス視点】


別れ。何でもない、ただの別れだ。


「それではそろそろ。」

 いつも通りの別れ。今までも経験してきた教え子との別れ。


 彼が優秀であるだけだ。


 そうして、歩き出した。


「せんせええ!!!!!」

すると、彼が後ろを走って追いかけてきた。


「ラーファルト・エレニア」


「自由に生きたい」という明確な目標を持っている男。


 自由に生きるか.....


 私は自由など忘れていた。


 宮廷魔術師。

 かつて師匠も宮廷魔術師だったからと誘いが来た時に迷わず受けた。


 私はそれに自由を奪われた。もう自分に自由に生きる権利などなくなった。


 今の私はもう年だ。


もう自由に生きられる年齢ではないだろう。


 「先生も自由に生きてください!!!!いつか、また、あった時に師匠と呼ばせて下さい。本当にありがとうございましたあああ!!!!!!」

ラーフがそう叫んだ。


 その瞬間フィックスの考えは変わった。


 私も自由に生きてみよう。


 もう、何年生きられるかもわからない。何が自由なのかも分からない。

 

 だが、自由に生きなければ私が生まれた意味は何なのだろう。


 私だって、いや俺だって自由に生きたい。

 

 いつからだろうか。一人称を私にして取り繕うようになったのは。


 ラーファルト・エレニア。俺だって自由に生きていく。


 生きてやろうではないか。


 君に師匠と言わせられるような、尊敬できる者になろう。


 本当にありがとう。

 

 その感謝は俺がするものだ。


「ありがとう、君はやっぱり尊敬できる人だ。」


 涙を隠すため、決して俺は振り返らない。


ラーファルト・エレニア


俺は君への尊敬と感謝を胸に生きていく。

この先ずっと———

これにて、第一章終了です!


第7話からは第2章開始!!!!


ブックマークをして待っていて頂けると幸いです!


これから、この小説を読んで下さる皆さんの心を掴み、揺らし、涙を流させるような展開を執筆出来るように精進して参ります!


ご期待のほど、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 誰々視点っていうのをきっちり書いて話を進めるやり方が独特だなと思いました! 俺はこういうスタイル好きです! [気になる点] 誰々視点スタイル、気に入らないって人もいるかも知れません!! […
[良い点] プロローグで主人公の思いがすごく伝わってきました。 ラーファルトが異世界で目にするもの触れるものに対する感情が丁寧に描かれていて良かったです。 続きが楽しみです! [一言] ありがとうござ…
[良い点] 一章まで読みました! 拙者おじいちゃんキャラ大好き侍、若さを取り戻す展開に涙流して候 根幹となる魔術の説明と師との別れ。二章以降の期待感ぶち上げるラストでとてもよかったです! [一言] あ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ