第5話:嫉妬と尊敬と期待
フィックス先生がこの家に来て2週間が経った。
先生によると俺の魔力総量は信じられないほど多いらしい。
少なくとも常人の千倍にはなるとのことだ。
あと、フィックス先生自身よりもはるかに多いとのことだ。
これからもっと増えるのだろうか。
まぁ、多分増えるだろう。
やばい量だな.....
とは言っても技術はまだまだだ。
技術向上のために今日も授業をやっていくとしよう。
よし、がんばるぞ.....!!
「それでは、今日も授業を始めます。」
「はい!よろしくお願いします!」
「うむ。」
良い返事が聞けて先生も嬉しそうだ。このまま続けて気に入られよう。
ふへへへ。
じゃなくて、集中だ.....!!
「今日は魔法の早打ちについて学ぶぞ。」
「早打ちですか?詠唱を早口で言うという感じでしょうか?」
詠唱を早口で言えれば魔術の射出は短くはなるよな。
それならこれでも可能な筈だ。
「それでもできなくはないですがそうではありません。」
「まず、魔術の発生までの流れを確認しましょう。」
そういえば、先生の授業は分かりやすいんだよなぁ。
前世の塾講師より断然分かりやすい。
もちろん、俺が魔術に興味があり、真剣に聞いているからという理由もあるだろうがそれでも上手と言い切れる。
フィックス先生の1番の良い点は順序をはっきりさせることだ。
「まず」「次に」「そして」「最後に」
このような接続詞を巧みに用いて説明している。
これは流石熟練の家庭教師という証拠だろう。
「ラーフ。ちゃんと聞いているのですか。」
やばい。先生が怒っている。
「はい、すみません!さっき言われた魔術の早打ちについて考えてボーっとしてました。」
「うむ。気をつけるように。」
ふぅ〜。全然考えてないこと言ったな。俺の1番の才能は言い訳に今この瞬間決定した!
そして、先生からの好感度も落ちなかったはずだ!
よかったぁー!
そう考えているとまた先生が説明を始めた。
やばい!今度はちゃんと聞かないと!
「では初めから魔術の説明を始めます。はじめに、魔術を使用するまでの流れをおさらいしましょう。ちゃんと聞いて下さいね。」
「はいっ!」
「まず、詠唱を行います。すると、自身の魔力が変動と移動を行います。最後に魔力が変換されて魔術となるのです。それ以降は任意のタイミングで発射が行われます。理解できましたか?」
「はいっ!理解できました!」
そうだ。理解はできるのだ。
だが、少し自分の感覚と違う点がある。魔力の変動と移動、そして変換の部分だ。
俺の場合これは詠唱と同時に行われているような感覚がある。
しかし、魔術の発動のタイミングは変わらないのだから言われていることと結果は同じだ。
そう思っていた。
ある日いつものように授業をしているとフィックス先生が突然真剣な顔で話しかけてきた。
「ラーフは普通の人より魔術の発動が早いですね。」
「そんなに早いんですか?」
「ワンテンポ早いです。違いは今のところ殆どないでしょう。」
なーんだ。それじゃあ他の魔術師と戦っても変わりはないということだ。
だが、そんな俺の考えは次の瞬間完全否定された。
「この速度。無詠唱魔術の才能があるかもしれませんね。」
「無詠唱魔術」
詳しい研究は進んでいない。無詠唱で魔術を扱うことができる。世界で五十人にも満たない人数にしか扱えない。禁忌魔術でこれが使われていたことは一切ない。ただし、詠唱を元から必要としない禁忌魔術は存在する。2つの魔術を同時発動し、混同魔術を使用できる者はさらに才能のある者のみである。
こんなすごい技を使うことができるのか?この俺が?なんで?
俺は特別な才能なんて持ったことがなかった。だから14浪したのだ。
小さい頃は周りがちやほやしてくれて。先生が親が医者だからと媚びを売ってくれた。当時の俺は俺の頭が良くて優秀だからこんな生活を送れているのだと思っていた。
だが、それは違った。俺に特別な才能なんて、頭なんて、なかったのだ。
医学部14浪がそれを証明してる。
今回も同じではないだろうか。勝手に期待され勘違いさせられた後で悲しむ。
俺は前世と同じことを繰り返したくない。
「それでは今日も授業を始めますよ。」
そんなことを考えていると次の日の授業を迎えていた。
時の流れが早い。
「はいっ!先生!よろしくお願いします。」
そうして俺が返事をすると先生は笑いながら授業を始める。いつも通りの授業だ。
だが、内容はいつもと違う。
「今日は無詠唱魔術を練習してみましょう。」
先生のカリキュラムにない授業だ。
「先生!質問していいですか?」
「良いですよ。」
「先生は無詠唱魔術を使えるのですか?」
そう聞くと少しい複雑な表情になった。
「使えませんよ。私ができるのは詠唱の短縮です。」
「では、どのように無詠唱魔術のコツとか教えていただけるのでしょうか?」
「それは、君の感覚だね。君は魔力の動きを感じることができるだろう?」
「はいっ。なんとなくですが。」
「それ自体感じることのできない人も多数存在するのですよ。」
なるほど。
少し察しがついてしまった。
俺は異世界から来たから魔力の動きに敏感なのだ。
前の世界ではなかった感覚だ。違和感を持って当然なのだろう。
「この魔力の動きを感じることができる者はいずれ詠唱短縮ができる方が多いです。」
「なるほど。でもそれだけでは無詠唱魔術の才能があるとは言えませんよね?」
「そうですね。そこでラーフの魔術と私の詠唱短縮魔術を比べてみましょう。」
「比べるって魔術の出る速度のことですか?」
「いえ、違います。魔術の形成される過程です。」
「まず私の魔術。そうですねウォーターガンで考えましょう。詠唱はわかりますね?」
「はい。水の精霊を味方につけ、目の前の敵を打ち砕かんですよね。」
「その通りです。この魔術は主に4つに分けられるのです。
まず「水の精霊を味方につけ」の部分ですね。この部分で魔力が変動します。
次に「目の前の敵を」の部分です。ここで魔力の移動が起こります。
そして「打ち砕かん」の部分です。この部分で魔術を形成します。
最後に詠唱後として魔術の発動をするのです。」
俺はこの説明に驚いた。フィックスから見た俺は目を見開いていただろう。
全く俺の感覚と異なっているのだ。
「私は魔術の形成のみを自分の設定したタイミングで好きな秒数で行えます。だからその部分は短縮するんです。それではラーフの発動の仕方を教えてください。」
「俺はすべての作業を同時に行っています。」
「それが無詠唱魔術を使える証拠です。詠唱をせずに魔力を変換するイメージから始めましょう。いいですか、自身で魔力の変換の手順を構築し、どのくらい、どのような魔術を使うのか設定するのです。自分で色々な設定を行えるので魔術の改良も可能ですね。」
そうやって俺に無詠唱魔術を教えるフィックス先生は楽しそうで興奮気味で、でも少しつらそうな、そんな表情をしていた。
【記録:人魔暦3年】ラーファルトが無詠唱魔術を習得した。
俺は一週間で無詠唱魔術を完全に習得した。感覚としてはそこまで難しくない。魔力の動きが特殊なため分かりやすいからだ。
だが、この世界にいる人からすればそれは染みついた感覚なので特に気に留めていなかったのだろう。
俺は才能があったわけじゃない。
これは、幼いとは到底思えない知識量や魔力量と同じだ。
転生者のアドバンテージでしかない。
俺に、俺自身に特別な才能はない。
だが、そんな才能のない俺と違ってフィックス先生は尊敬できる。
先生は教育の才能を持っているだろう。
分からないことを一つ一つ丁寧に、俺が認識しやすいように教えてくれる。
時には他の事項との関連を指摘し、幅広い知識を俺に授けてくれるのだ。
俺はそんなフィックス先生を尊敬する。本当なら師匠と呼ばせてほしいぐらいだ。
だが、本人は嫌がっている。ならば先生で譲歩しておかなければならない。
呼び方程度で彼への尊敬がなくなるわけではないのだから。
【フィックス視点】
「フィックス・レート」
私の今滞在する家のある「ルインド王国」の隣国である「ジャック王国」でかつて宮廷魔法使いをしていた。
自慢じゃないがその中でもトップクラスの実力を誇っていた。
魔術は転移は使えないが、治癒と解毒、解呪は上級まで、その他は初段まで使うことができ、「風」は中段まで使用可能。「火」は技巧まで使用可能である。
私の名をジャック王国で知らない者はほとんどいない。
だが、そんな私を嫉妬させる人間が現れた。
「ラーファルト・エレニア」
彼は私を優に超える才能の持ち主だ。
5歳である彼の魔力総量は7歳で魔術を始めた私をゆうに上回っている。
詠唱短縮できる私と比べて彼は無詠唱魔術。
二つの魔術を同時に操る混魔術も使用可能。
技術は指摘したところをすぐに直す修正力。
そして知識の吸収力も異次元のスピードである。
「天才」
まさに彼はそう呼ぶにふさわしい者であった。
それだけではない。彼は私の心の内を見透かしたような言動さえもする。まるで、成人した大人と話しているような感覚に陥る。
そして、恐らく彼は.....
いや、憶測だな。やめておこう。
彼との授業は楽しい。この言葉に偽りはない。だが、だからこそ授業はどんどんと進んでいく。
彼は私が習得に10年はかけた魔術の「火」「水」「土」「風」を初段まで使える。また、治癒も上級であり、私と同じレベルなのだ。
禁忌魔術、解毒魔術、解呪魔術、そして元から使えないが、転移魔術は本を読む以外の方法での習得が禁止されているため私に関係のない分野である。
だから私が教えることもこの家にいることができるのはもう僅かな時間だけだ。
そんなことを考えてしまう今日は彼の誕生日なのだ。
【ラーファルト視点】
「目を開けていいわよ。ラーフ。」
エミリアが同時に俺の目から手を離した。
俺の目の前には丸焼きの動物がいた。なぜこんなパーティーを開いているのだろうか。
今までの4年間はこんなことは行われてこなかった。
「おめでとう」「おめでとう!ラーフ」「おめでとうございます」
拍手をされながら祝われた俺はなんだかいい気分になる。
これが誕生日パーティーなのか。
前世の家では誕生日パーティーなど行われてこなかった。親戚は皆忙しかったからだ。
いかん。涙が出てきそうだ。いや、耐えろ!耐えるんだ!
俺は大人なんだ!前世では!
話を戻そう。この家はそんなに忙しそうではない。しかし、そういう文化はないのだと思っていた。
なぜ、今頃誕生日パーティーが行われるのだろうか。
「ふふん。なんでパーティーをするのかって顔をしているな。ラーフ。」
そんなことを考えながら喜んでいるとモルガンが話しかけてきた。
「そんな顔していますか?」
「ああ、しているとも。それはな、お前が誕生日だからだ!」
「はい。知ってます。」
自信満々に言ったモルガンに俺がそう答えると白目になってしまった。
モルガンの持ちネタか何かなのだろうか。
いや、でもそれを俺が知っている必要もあるからな.....
うーん。よくわからない。
「はははははは。パーティーが行われる度にモルガンさんは白目になりますなあ。」
そうして笑うフィックス先生を見て俺たちもまた笑った。
「それでラーフは何が疑問だったの?」
一通り笑い終わってからエミリアが聞いてきた。
「あ、今まで行われなかったから、なんで5歳の今なのかなと思いまして。」
本当ならこの質問にはモルガンが答えるのだろうがいまだに白目を剝いている。意識はあるらしいがなぜ喋らないのだろう。やっぱり持ちネタだからなのだろうか。
早く直せばいいのに.....
そんなモルガンを横目にミアが代わりに答えた。
「五年に一度祝うんですよ。この五年間生きていてくれてありがとう。次の五年もたくましく生きようという願いをもってパーティーを開くんです。」
「ですが、お父さん達はパーティーを開きませんでしたよ。」
この質問にはフィックス先生が答えてくれた。
「それは、ラーフが生まれて来てくれたからですよ。子供を五年育てるまでは油断してはならない。だからあなたたちのパーティーはありません。という感じでね。最もあなたにそんな心配は無用そうでしたが。」
「なるほど。」
最近はこの世界の文化がどのようなものであるのかが分かるようになった。
例えば、この世界の宗教についてだ。
この世界には宗教という概念が存在しない。
魔術が使えることから神のような存在はどこにでもいる。
そういう考え方のため、崇める対象なのではなく、傍にいる友人のような感覚であるのだ。
「よーし。それじゃあパーティーを始めようか。」
やっと白目が治ったモルガンがそういってパーティーが始まった。
俺たちは談笑して過ごした。大いに笑いあえた最高の一時だった。
そういえば、雇われた者が雇い主と同じ食卓につく家庭は珍しいらしい。
ミアとフィックス先生が
「そのぐらい、モルガンさんとエミリアさんは寛大な方です。見習わなければなりません。」
というような内容を言っていた。
二人は他人から見たとしても立派な人物なのである。
持ちネタは白目だけど、尊敬はできるのだ。
いや、本当に持ちネタなのだろうか.....??
「よし、プレゼントの時間だ。」
モルガンのその発言によりプレゼント贈呈の時間が始まった。
ラーファルトにとってその初めての誕生日プレゼントはかけがえのない宝物である。
【フィックス視点】
誕生日プレゼント贈呈の時間が始まった。
モルガンさんは剣を渡した。彼は魔術と並行して剣も習っている。そちらは魔術ほどの上達速度ではないそうだ。
それでも年齢の割に優秀であるということだ。
「お前は五歳になって責任が伴ってくる。この剣に誓って責任を果たすんだぞ。」
「はいっ!ありがとうございます!!頑張ります!」
五歳とは思えない会話だ。普通五歳に責任は伴わない。
「いやそいうのは10歳か15歳で言いなさい。」
とエミリアさんも突っ込んでいたので私の反応は正しいだろう。
そのように突っ込んだエミリアさんは
「この筆を使って勉強しなさい。書きながら記憶することで覚えがよくなるわよ。あなたなら世界一の知識を持つものになれるわ。」
と言っていた。
これも5歳とは思えない会話だ。しかし、それができそうなのには嫉妬してしまう。
そして、私の前にミアさんの誕生日プレゼントだ。
「私からはこれを。家を出て旅に出てから使う機会が増えるでしょう」
そうして差し出したのは禁忌魔術の施され、魔道具となっている地図だ。
地図の詳細から全体図まで魔力で操作することで確認することが可能である。
実用性はある。だが、旅には五歳で出ないだろと突っ込みたい。
「旅は出ないだろ。」
案の定モルガンがそう突っ込んだ。
「ラーフは俺たちと離れたくないだろうしな。だから学校断って家庭教師だもんな。」
想像していた理由では全くなかった.....普通は危険とかを想定するのだが、まあラーフはここら辺の土地では余裕で生き抜くことが可能だろう。
最後に私からのプレゼントである。
「私からは杖を送ります。」
そうして渡した杖をラーフはまじまじと見つめている。
「杖って何の意味があるんですか?」
ラーフは勉強熱心だ。
ありがとうや、大切にしますなどの感想ではなく、疑問を口にするところがラーフらしい。
明日説明しようと思っていたがまあいいだろう。
「杖には魔術に使用する魔力を少なくする役割があります。正確には、魔術に変換されずに放出された無駄な魔力を魔術師に返還する役割を持ちます。この無駄な魔力は階級が上がるごとに増加するのでもうそろそろ渡さないとと思っていたんですよ。」
そう説明すると
「なるほど、階級があがるほど必須ってことですね。ありがとうございます!」
と一瞬で理解したようだ。
純粋にすごい。
「これから中段の授業ですからね。もうそろそろ、使わないといけませんから。あと少しで私の教えることはなくなります。」
何気ない私の発言でみんなが黙ってうつむいてしまった。
こんな雰囲気にしてしまった。凄く申し訳ない。
「ラーフ。頑張りましょうね。」
「はいっ!先生!」
私は3人の会話に5歳とする話ではないと言ったが、これも同じなのだろう。
結局私たちがおかしいのではない。
ラーフが天才なのだ。
私は彼に嫉妬してしまっている。彼のとびぬけた才能に。
次の瞬間ラーフが私に話しかけてきた。
「フィックス先生。」
「どうしましたか?」
「僕はフィックス先生のことすごくすごく尊敬していますから。」
それも何気ない一言だった。弟子ならば誕生日でも、そんな日でなくとも言うだろう。
だけどラーフは天才だ。
私では比べられない程である。
天才が私を尊敬している。
もちろん今は技術も経験も私のほうが勝っている。
だが、今だけだ。すぐに追い抜かれるだろう。
追い抜かれている要素もあるほどだ。
そんな感情を抱く私の感情を見透かしたのだろうか。
以前も同じような状況になった気がする。
嬉しくて、悲しくて、どこか驚いてしまう。
子供の無邪気な発言でなく、大人としての対等な立場での発言のような感覚に陥る。
私に彼は.....ラーフは「尊敬している」と言ってくれたのだ。
私は勘違いをしていた。この感情は嫉妬じゃない。
この感覚は私の師匠への思いに近い。
私は5歳の弟子を「尊敬」しているのだ。
そして同時に期待している。
彼が「自由に生きる」という目標を達成できるように
全力で取り組むことを———