第4話:心からの
「フィックス・レート」
14歳にして冒険者となり、25歳にして宮廷魔術師に抜擢される。35歳ではその中でもトップクラスの実力を誇るようになり、55歳でその職を引退した。その後は住み込みで家庭教師の活動をするようになっていた。その後.....
ーーー
「こんにちは。以後、この家で家庭教師として働かせていただきます。フィックス・レートと申します。」
この老人が家庭教師らしい。確かに魔術師っぽい格好をしている。
白い髭と眉毛が顎から首の根本あたりにまで伸びている。
帽子も特徴的だ。本当なら先の尖った三角帽と言う感じだが、その先の方が折れ曲がっている。
これがまた魔術師という雰囲気を醸し出している。
しかし、こんなお爺さんが家庭教師なのか。俺の家庭教師のイメージは綺麗なお姉さんというような感じだったのだが.....
「モルガン・エレニアです。こちらは妻のエミリア、そして息子のラーファルト。ラーフって呼んでるよ。あと、こいつがメイドのミアだ。」
ほお、モルガンは意外とできる親なんだな。紹介の仕方が完璧に近い。
「エレニア様、よろしくお願い致します。」
「ああ、そんなに畏まらなくていいよ。これから共同生活していく身ですし。」
しっかり雰囲気作りもしている。素晴らしい。
と、上から目線に評価している俺にはできるか分からない。
恐らく出来ない。自慢じゃないぞ!
「わかりました。ではこの中で私の授業を受けるのは誰なのでしょうか?」
あ、俺だ。第一印象が大事だからな。礼儀を重んじた態度で.....
「あ、はい!僕です。よろしくお願いします。」
「ほお。礼儀正しい子ですなあ。さぞ、育て方がお上手なのでしょう。」
お、なんか褒めてくれた。嬉しいなあ。
「そんな、お世辞はいいですよ。」
おい、モルガン!お世辞とか言うなよ!素直に受け取らせてくれ。
「いえいえ、本心ですよ。ですが、このような子供に魔術を教えてもよろしいのですか?」
「構わないがどうしてだ?」
「いえ、幼少であればあるほど魔力量は上昇するとはいえ、このような年で特訓をするものなど見たことがありませんから。あと2、3年は早いと思うほどです。魔術を乱発する可能性も捨てきれません。」
いやいや、俺は1年も魔術を使ってきたんだ。今更乱発しないから。
なあ、モルガン。
「確かになぁ。」
いや、おい、モルガン!?何を迷ってるの!?
すると、初めてエミリアが口を開いた。
「大丈夫よ。うちの子賢いし、もう初級魔術を使えるのだから。」
「もう初級魔術を使えるのですか!?」
ナイスだエミリア!
「初級魔術が使えるならばおそらく問題ないでしょう。それにしてもこの歳で初級とは.....ほお、すごいとしか言いようがないですなぁ.....!!」
「そうでしょ。うちの子すごいのよ。」
エミリアは俺が褒められて上機嫌のようだ。こっちが恥ずかしくなってしまうなぁ。
へへ、へへへへ。
ん?なんだよ!フィックスくん!何やってんだみたいに俺を見るな!
き、キモくないぞ!!
フィックスが荷物をまとめ終わると、初授業が開始された。
「それでは、今から初授業を開始します。」
よし、ここでは尊敬感を出して.....
「はいっ!フィックス師匠!」
「師匠という呼び名はやめて下さい。私はそんな尊敬される人間ではありません。」
えっ?
幾度も家庭教師をしてきたフィックスは尊敬できると思うが、本人が望んでいないのなら仕方がないか.....
「では、なんと呼べば...」
「そうですねぇ。先生にしましょう。」
「わかりました!フィックス先生!」
「良い返事です。早速ですが今からテストを行います。」
「テスト?何をするのですか?」
「本来、詠唱をして初級魔術を一回で使えるかを確認するテストなのですが、使えるとのことですので何回初級魔術を打てるかをテストしましょう。」
「何の魔術を使えばよろしいのですか?」
「そうですねぇ。初級水魔術のウォーターガンにしましょう。」
なるほどあの魔術は魔力消費が少なかった気がするぞ。
できるだけ多く打って欲しいのだろうか。
「水の精霊を味方につけ、目の前の敵を打ち砕かん!」
《ウォーターガン!》
「ほぉ、悪くないでしょう。」
「ありがとうございます!」
お礼を言ったらもう一度詠唱だ。
「水の精霊を味方につけ、目の前の敵を打ち砕かん」
《ウォーターガン!》
「水の精霊を味方につけ、目の前の敵を打ち砕かん」
《ウォーターガン!》
「うむ。やはりいい魔術の使い方だ。射出が早い。キレがよいな。」
「ありがとうございます!!」
その日、何度魔術を打っても魔力は枯渇しなかった。
「魔力切れはまだ起きないのか!?」
というように、フィックス先生は全く枯渇しない俺の魔力量に興奮していた。
しかし、時間が経つにつれて暇であるという態度が見え見えになっていた。
「ふわぁ.....」
あくびしてるし.....
「ラーファルトくん。テストは終了だ。」
痺れを切らしたフィックス先生がそう言ってテストは終わった。
魔力とは全く関係なく疲れた.....
と長い長いテスト後にフィックス先生と話すことになった。
「ラーファルトくん。君は素晴らしい才能を持っているよ。」
またまた、そんなご冗談を。そりゃ転生してきたのだからそう見えるだろう。だが、中身は14浪した凡人だ。
「先生、気を遣わないでください。あとラーフで大丈夫です。」
「では、ラーフ。私はあなたを無理に褒めようとして言った訳ではないですよ。現にあなたは膨大な魔力量をで持っているのですから自信を持って下さい。」
フィックス先生がそうやって答えた。
だが、俺の考えは変わらない。
「でも、魔力量だけです。技術はまだまだですから。」
「当たり前です。それを教えるために私がきたのですから。」
「それはそうですが.....」
そう言われると自身の悪い所も細かくわからない俺は何も言えなくなる。
それを見て微笑みながら先生はこう言った。
「私から見れば今のあなたはまだまだ未熟者です。しかし、あなたは私を超えるポテンシャルを持っていますよ。」
俺の顔が少し赤くなった。
それを見た先生は更に笑顔になってこう聞いた。
「時に、ラーフ。君の夢はなんだい。もっとも3歳の君にはまだ......」
「自由に生きたい。」
そう答えるとフィックス先生が黙った。
いや、呆然とした。
そんな彼を俺は真っ直ぐな眼差しで見続けた。
やがて彼は口を開いた。
「君は本当に凄い子供ですね。3歳でそんなこと言うなんて聞いたことないです。」
「えっ。あ、いや、まあ。」
しどろもどろになってしまう。前世の年齢を含めれば3歳ではないのだから。
「君はこの家に不満を持っているのかい?」
「いえ、全く抱いてません。」
間髪入れずにそう答えた。
「では、どうしてそう思うんだい?」
今の彼からは少し笑顔が消えていた。
「それは......」
少し考えてから話始めた。
「今、この生活を維持したいと考えているからです。そのためにはやっぱり自由が大切なのではないかと思いまして。自由でないと何もできませんから。」
本当は前世で自由に生きることなど到底できなかったからだが、そんな事は言えないため黙っておかなければならない。
でも、今の生活を守りたいのも事実だ。どっちも叶える。
その為に自由は必要不可欠だ。
「いい理由だね。その言葉を忘れることがないようしなさい。私もかつてはラーフのようなことを考えていました。年齢は今のあなたより重ねた頃ですがね。」
「今はそう考えないのですか?」
思わずそう聞いた。
フィックス先生が少し寂しそうな表情をしている。
しかし、すぐに誤魔化して、
「社会に出るとそうするしかないんですよ。不自由に囚われるしかないのです。」
俺は何と答えれば良いのだろう。
少し迷って、考えてからこう言った。
「僕は自由ってまだ何か分かりません。形のある自由、言論的な自由、概念的な自由。自由とは何か知りたいって思います。同時にそれは一生知ることのできないもので自由なんて手に入れられないのではないかとも思うんです。でも、自由がいらないのならば私たちの知能は何の意味をなすのでしょうか?」
そして、一瞬の空白を置いて聞いた。
「先生は本当に不自由でしたか?」
少し失礼なことを言ったかもしれないと思ったがそれは杞憂だった。
フィックス先生は驚いているような、また、何かに気が付いたような表情をしていた。
そして、また笑った。
「そうですね。私にも分かりません。」
ーーー
その夜フィックス先生の歓迎会が開かれた。
料理はミアが中心となって準備をしている。前世の料理には劣るが不味くはない。
そういえばミアの話をしていない気がする。
彼女は俺の妊娠が分かってから雇ったらしい。それまではエミリアが全ての家事を行なっていたそうだ。
そんなこともあり我が家での家事は手際が良い。
ミアについて知らないこともまだ沢山あるがいずれまた何か分かるだろう。
いつになったら軽蔑した視線がなくなるのだろうか.....
さて、そんなことを考えていたらもう料理ができあがった。
今日はフィックス先生の歓迎パーティーだからな。何を食べるんのだろうか。
待っていると想像と違う料理が出てきた。
豚....ではない。牛.....でもない。
変な動物の肉の丸焼きだった。
魔物か何かなのだろうか。
「あの...父さん。」
モルガンに何という動物か聞こうと思って話しかけた。
「ああ、勿論ルーフが言いたいことが分かるぞ。父だからな。」
はて、質問の内容を当てられるのだろうか。
「では、何のことだと思いますか?」
「ふっ!なぜ肉の丸焼きを食うのかということだ!それはな、パーティーの時は肉の丸焼きを食う。それがこの世の常識なのだ。うむ。ためになったな。」
「違ういますが、有意義な話でした。」
そう答えるとモルガンは白目をむいてショックを受けていた。
だいぶ面白い。そのとき———
「ふはははははは。」
笑った人がいた。フィックス先生だ。
「いやあ。この家族は愉快ですなあ。本当に見ていて楽しいですよ。」
「そう言っていただいて嬉しいです。」
エミリアが笑いながらそう答える。
モルガンはまだ白目をむいている。
ミアは微笑みながら家事をしている。
フィックス先生はまだ笑っている。
そして、俺も4人の雰囲気にのって自然と笑う。
フィックス先生はすぐに俺たち家族に溶け込めるだろう。
こんな世界が楽しい。
自然と笑える世界。
これは自由な世界なのだろうか。
たとえ、これが自由でなくとも
こんな世界がずっと続くことを.........
心から................